第二章【完全トーティエント数】7

「それがどうかしたのか?」


「その数字の持つ意味は知っているか」


「意味? 意味なんて有るのか?」


「有る。何事も全てには意味が有るのだ、良くも悪くも」


 どうも歯切れが悪い。彼は一体、何が言いたいのだろうか。疑問に思い、隣を歩く――正しくは地面近くを浮いて移動している――彼に視線を注いでみた所で、彼が此方を見上げることは無かったし、その真意もまた分からなかった。


 彼が幾度となく繰り返す、振り返れという言葉にしてもそうだが、彼は肝心な所を言わない傾向にあるようだ。それが意図的であることは、私にもだんだん分かりつつある。自分で答えに辿り着けということなのだろうか。何処か試されているようであまり気分は良くないが、相手がそういう意思を持っている以上、私にはどうとも出来ない。


 人間は得てしてそういうものだ。誰も必ず、思考に基づいて行動を決め、行動している。他者からでは想像も付かない程、何本もの糸が絡み合って、それは生まれている。其処に本人以外が容易く口を出すべきでは無いのだ。出せるものでは無いとも思う。


 この場合、彼は人間では無く猫のような不可思議な生き物であるわけだが、人の言葉を話し、こうして私と会話をしているのだから、当たり前にきっと彼にも思考が存在する筈だ。彼が私に対し、そうしたいと思ったのならそうすれば良い。


 だが、気にならないわけでは無いので、私は再び彼の言について思考を開始する。最小の完全トーティエント数、二番目に小さな素数、三という数字の持つ意味。


 完全トーティエント数について私は知らないのだが、流れから察するに、最小の完全トーティエント数というものも三を指すのかもしれない。その三が持つ意味を彼は私に尋ねた。そして、それを私が知らないと分かるや否や、口を閉ざしてしまった。今も彼は私の隣、感情の読み取り難い雰囲気を抱えて沈黙を守り、並んでいる。


「三つ巴とか言うよな。三度目の正直とか」


「ああ」


「あとは、三人寄れば文殊の知恵とか」


「ああ」


「慣用表現に三が使われているものは多いのかもしれないな、こうして考えてみると」


「そうだな」


 話を聞いていないわけでは無いのだろうが、彼から返って来るものは単調な同意の言葉ばかりだった。それが私の疑問をますます大きくさせて行く。彼は今、何を考えているのだろう。私に何を気付かせたいのだろうか。


 頭上に広がる紅緋べにひの空は、ゆっくりと夜を迎えようとしている。遠くの空の彼方から色を変えようとしているのが見えた。


 消されて行く赤が、どうしてだろう、私を焦らせる。答えの見付からない彼の問いにも焦燥が募る。やがて家の前に着いても、私に解が得られることは無かった。私の心の内を察したのか、彼は音もなく振り向き、ごく静かに告げた。


「明日の数字を考えると良い」


 それだけを言って彼は家の中に入る。


 辺りはしんとしていて誰の姿も見えない。私はもう一度、空を見上げた。僅かの間にそれは半分以上が墨と藍色の混じり合うものに変化していた。ところどころの隙間から覗く紅が、やはり私の頭の中に入り込んで来る。何故か、不意にそれは目のように感じられた。そして、まるで誰かに見られているような気がした。


 私は何とも言い難い心情に押し包まれ、家に入った。

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