11-2 無益な闘いに魔力を消費したくはないもんだ。
ビオラとエイミーを地下室に残し、銀狼シルバをその入り口に待機させ、俺はすぐに屋根裏に向かった。
ここにある窓は丁度、襲撃を受けた店側と反対側に位置している。
そっと外を
物音を立てないように窓を開け、外に身を乗り出すと派手な爆音と振動が体に伝わってきた。
見上げれば、この丘全体を覆うように展開された師匠の防御壁が、まるでステンドグラスのように輝いている。店の周りにも同じような光の壁が張り巡らされ、黒服たちの銃撃を受けるたびにキラキラと輝いていた。
これなら、少しくらいの物音はかき消されそうだ。
「詠唱も聞こえないだろうな」
ぼそっと言いながら反対側を覗くが、誰も上なんて気にしていない。
黒服たちが持っているのは、エイミーが持っていた拳銃と同じようだ。生憎、俺は軍人に知り合いがいないし、拳銃には興味がないからその名前は分からないが、エイミーのものと同じなら、弾数は七発ってとこだろう。
この角度からでは、師匠の姿は確認できない。だが、男の一人が銃の弾倉を入れ替えているってことは、複数人がかりでも近づけていない状態ってことか。
杖を握りしめ、息を深く吸い込んだ。
今、師匠は建物と丘一帯の防御魔法に集中しているのだろう。
「深き大地、深淵に眠る影」
屋根に手をつき、静かに詠唱を口ずさんだ。
「その姿、我が手足となれ──
静かに号令をかけると、男達の足元の影が空に向かって伸びあがり、ぶわりと広がった。まるでそれは大きな掌だ。
男達にしてみれば、唐突に上から襲ってきた掌は魔物の様に映ったのだろう。
空に向かって、次々に銃声が鳴り響いた。
だが、いくら黒い影を撃ち抜いてもそれにダメージなんて与えられやしない。影はいくらでも形を変えるからな。
さらに、空に広がる魔法壁を撃ち抜くことも叶わず、展開した真っ赤な魔法陣は、まるで花火のように青空を彩った。
「その
そう屋根から言ったところで、男達に俺の声は届いていない。
俺の意思を理解した影は、その指で男達の手を掴むと握られる銃を奪った。全ての銃が影に飲まれるを黙視し、俺は屋根から飛び降りた。
吹き上げた風が髪を揺らし、シャツの裾を翻す。
地面に足がつく直前、一瞬だが、身体がふわりと浮き、俺は音もなく地面に降り立った。
男達の顔が驚愕に歪んだ。
「ずいぶん、懐かしい魔法を使ったな、ラス」
「
「はははっ。広範囲の防御展開は、さすがに疲れてな。朝飯もまだで、やる気も出ないし。いやぁ、助かった」
「やる気がないのは、いつものことでしょうが」
「そんなことはないぞ」
そこにただ立っていた師匠は笑って言うと、影に囚われてもがく男達を
ずぞぞっと動いた影の一部が、俺の前に奪った拳銃を差し出す。俺にこれは扱えないが、まぁ、魔術師
「さて、もう一度お聞きしますが、何用でしょうか?」
いつも穏やかな師匠の声が、いくらか温度を下げたようだった。
口を開きかけた四十路くらいに見える眼鏡の男が、悔しそうに唇を噛んだ。師匠が怒っていることは伝わっているようだ。
空に展開していた防御壁が、まるで割れたガラスのようにキラキラと光を反射しながら降ってきた。それは光の粒子となって、風にそよぎ、消えていく。この争いが終わりだと告げるように。
「まだ、
師匠の右手が突き出され、その指に輝く赤い石が光を放った。
男達の頭上に真っ赤な魔法陣が展開する。
「まずは、
穏やかさの中に、
俺が杖を地面に叩きつけると影は元の形の戻り、男達は無様に地面に尻もちをつく。そして、眼鏡男が悔しげに顔を歪ませて「引くぞ」と言い放つと、彼らは乗ってきた黒塗りの車で去っていった。
「やれやれ、朝から一仕事して疲れたね」
「……お疲れ様です」
「お? 珍しく素直な反応だな」
「そりゃまぁ……広範囲魔法の魔力消費を考えれば」
「そうかそうか。労をねぎらってくれるか!」
「いや、そんなこと一言も言ってないし」
「じゃあ、町までちょっとばかり、お遣いに行ってもらおうかね!」
「聞いてねぇし……って、お遣い?」
店に入って、回収した拳銃を空き箱に入れていると、師匠は笑顔でそう言った。
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