10-4 マージョリー・ノエルテンペストの私室

 薄暗い部屋は埃をかぶっていたが、荒らされた形跡もなく綺麗なものだった。

 ここは応接間だろうか。


 塵の積もった調度品は、椅子に掛けられる刺繍やレースのカバーを見ても分かるが、実に手の込んだ仕様だ。壁際に置かれる花瓶が飾られる木の台は精巧な彫刻が施されているし、枯れた花を残す花瓶もまた美しい仕上がりだ。

 ここにあるもの全てが、五百年前のものなんだよな。ジョリーが見たら泣いて喜びそうな骨董品ばかりだろう。これだけ状態が良いってことは、五百年、ここに入った者はいなかったということでもある。

 絵画も外された様子はなく、かかったままだ。城の描かれたものに、当時の町の賑わいを描いたもの、それに一人の女。

 

「それが師匠じゃ」

「……これが、マージョリー・ノエルテンペスト」


 黒いドレスの上に真っ赤なローブを纏い、精巧な彫刻が施された杖を持ち、豪華な椅子に座っている。その前に立つのは、今より少し成長した少女時代のビオラのようだ。


「師匠と共に城に招かれた頃のものじゃの」

「この魔女らしい三角の帽子をかぶったのが、お前って訳だな」

「そうじゃ。昔はこれが正装の一つだったからの」

「ずいぶん若い頃から、魔女だったんだな」

「城に入る前は、師匠の手伝いをしながら店を切り盛りしていたのじゃ」

「店?」

「ラスの店と同じようなものじゃ」


 懐かしそうに笑うビオラは、一つの扉を指さした。


「あそこが、師匠の部屋じゃ」

「お前の部屋は?」

「あっちじゃが、そこは後で良かろう。まずは、師匠の残したものを探すのじゃ」

「まぁ、そうだな」


 ビオラの部屋をちらりと見る。ひっそりとした扉の向こうに、彼女の思い出が眠っているのだろう。それもついでに回収してやりたいが、やはり優先はマージョリー・ノエルテンペストの手記だな。

 ビオラも同じ思いなのだろう。マージョリーの私室に通じる扉の前に立ち、蔦に侵食されている扉をじっと見ていた。


「よくもまぁ、ここまで生い茂ったものじゃ」

「扉の隙間から入り込んで、天井を伝ってきたみたいだな」

「恐れ入る生命力じゃの」


 蔦に手をかけ引き千切りながら、ビオラは笑っていた。

 この先にマージョリー・ノエルテンペストはいない。それでも、長年共に生きてきた師匠の思い出がそこにあると思えば、心が落ち着かないものかもしれない。

 引き千切られた蔦が床に散らばっていくと、再び絢爛豪華けんらんごうかな扉が現れた。それはビオラの記憶の中で見た扉とよく似ている。この奥に豪華なベッドがあったはずだ。

 ビオラが扉を開くと、俺が見た彼女の記憶と変わらぬ光景が広がった。


怠惰たいだな師匠は、このベッドで過ごすことが多くての」


 ベッドの上に広がるの埃を被った赤いドレスを手にしたビオラは、ほっと安堵のため息をついた。

 

「そのドレスは、マージョリーのものか?」

「うむ。妾とお揃いで、師匠のお気に入りじゃった」

「逃げ出すのに、お気に入りのものを持ち出す余裕はなかったてことか」

「そうじゃの。ここに骨があるかと思っていたが」


 ベッドの上か床に、マージョリーの変わり果てた姿があるのを想像していたらしいビオラは、ぽつり「どこに行ったのじゃ」と呟いた。


「……お前の封印に関する記録を探すぞ」


 感慨にふける気持ちも分からない訳じゃないが、外にエイミーを待たせている。時間をかけている場合ではない。

 

「もしかしたら、マージョリーの行方に繋がるメモも出てくるかもしれないだろう?」

「うむ……なら、こっちじゃ!」


 服の袖でにじんだ涙を拭ったビオラは、赤いドレスをベッドに戻すと壁際の本棚に向かった。手記を探すなら、妥当なところだろう。後は、机の上なんかに置いてある可能性もない訳じゃないが。

 随分ぎっしりと本が並ぶ棚を見上げ、俺は思わず口元を引きつらせた。

 これを片っ端から見ていくのか。気が滅入るな。


「下から五段目、左から七番目……」

 

 棚を見上げる俺の前で、ビオラはぶつぶつ言いながら本棚を数えていた。もしや、マージョリーの手記がどれか分かっているのだろうか。俺が師匠の残した研究記録を全て把握しているのも考えれば、考えられないことでもないが。

 壁を埋め尽くす棚の一角で立ち止まり、一冊の本に手を伸ばすビオラは俺を振り返った。


「ラス、あれを取ってたもれ」

「これか?」

「違う。その横の本じゃ。取れるかの?」


 何の変哲もない革張りの本を引っ張ると、何かがカチリと音を立てた。

 カタカタと歯車の回る音が響くと、本棚は埃を巻き上げて動き出した。


「隠し扉か」

「うむ。その本は、師匠とわらわの魔力にしか反応しない」

「俺が取れたのは、契約のおかげってことか」


 なるほどと納得し、本棚の後ろに隠れていた暗い下り階段を見下ろした。

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