9-9 その先に広がるのは不毛の地・セージョセルバ

 山道を抜け、小さな町にたどり着いた。

 ここも、ベルギル山への入山規制を管理する魔術師や盗掘屋トレジャーハンター組合ギルドから派遣された組合員が生活するために開かれた町なのだろう。


 すぐに魔術師組合が運営する宿を見つけることが出来た。受付で国際証を提示すると、年老いた魔女は目を瞬いて俺を見た。


「お若いのに、国際組合の証明書を持っているとは……観光なら、こんな辺鄙へんぴな地に来ることもなかろうに」

「観光じゃないんでね」

「……子連れでかのう?」

「色々と事情があってね」

「この先は廃墟と森だけが続く不毛の地──」

 

 先に進むなら準備を怠らない方が良い。そう忠告をしながら、老婆は部屋の鍵をカウンターに置いた。

 それから二階の部屋に辿り着き、荷物を下ろすとビオラがさっそくベッドに飛び込んだ。


「疲れたのじゃ」

「あれだけ出し惜しみせずに魔法を使えば、そりゃ疲れるだろう」

「魔女さん、凄かったです! その小さい身体であれほどの魔法を紡ぐなんて、奇跡です!」

「俺の魔力もごっそり持っていったけどな」


 魔狼の群れを抜けて峠を越えた後も、いくつかの魔獣に遭遇したが、機嫌の悪いビオラによって一掃された。おかげで俺の魔力もだいぶ持っていかれたが、車体に大きなダメージを残すことなく山道を抜けることが出来て、今に至る。

 魔導式ケトルに水を注ぎ、備え付けのカップと紅茶のティーバッグを用意しながらため息をついた。


「危うく運転中に意識を飛ばすかと思ったぞ」

「あの程度で貧弱じゃの」

「お前が持っていきすぎなんだ! ったく。俺はお前の魔力保管庫じゃないからな」

「仕方なかろう! これはじゃ」


 小さく口を尖らせて不満を表すビオラは、首に下げる火蜥蜴の石サラマンドライトのペンダントを摘まみ上げた。


「お前が無駄に使うからだろ」

「ラスも、同じように考えたではないか! そもそも、お主が──」

「けっ、喧嘩はやめましょう!」


 エイミーが止めに入り、ビオラは口をつぐむとそっぽを向いた。どうにも、虫の居所が悪いようだ。

 峠を越えたあたりからだったな。魔樹ローパーが現れて、それをエイミーに焼き払わせた辺りから、一層機嫌が悪くなったようだった。

 菓子類はまだ大量にあるし、腹がすいていたわけでもないだろう。こんな辺鄙なところで、可愛い物がないなどとは言い出さないだろうし。

 いくら考えても、ビオラの不機嫌の理由はさっぱり分からない。

 

 気まずい空気のまま長椅子に腰を下ろして考えていると、ケトルから湯気が上がった。

 用意しておいたカップに熱い湯を注いでティーバッグを落とし、受け皿で蓋をしていると、エイミーが俺の肩をちょんちょんっとつついてきた。


「ラスさん、ビオラさん、寝ちゃいましたよ」

「……は?」

「ずいぶん疲れていたみたいです。夕飯の調達をしてきますので、ラスさんはビオラさんの傍にいてください」

 

 エイミーが指さす方を振り返ると、枕を握りしめたビオラが小さな寝息を立てていた。

 ドアが閉ざされた。残された俺はカップからティーバッグを引っ張り出し、少し渋くなった紅茶を啜った。それを持ったまま窓辺に歩み寄り、遠くを見渡した。

 

 そこに広がるのは青々とした樹海だ。

 ここは亡国ネヴィルネーダ──現在では封印の森セージョセルバと呼ばれるだ。ここを治める統治者は存在しない。あるのは数々の廃墟と樹海、険しい山々ばかりだ。

 近隣諸国からこの地に入ることも規制されているが、不可能ではないし、遺跡に入って調査をする者もいる。しかし、いたる所に魔獣がいて思うような活動が出来ないような場所だ。

 

 俺たちが目指す廃城、ネヴィルネーダ王城も多くの発掘屋が入った遺跡だ。だが、その成果はほとんど得られなかったらしい。

 封印されたものは、とうの昔に持ち去られているのだろう。そもそも、最大の封印対象だっただろうが封じられた鏡は、海を渡っていた訳だしな。それがいつ持ち出されたかは分からないが、この地は繁栄の名残り一つ残っていないのだろう。


「マージョリー・ノエルテンペスト」


 ビオラの記憶と思われる夢の中で見た姿を思い出し、その名を口にしてみた。歳は三十過ぎたくらいだったか。怠惰たいだと言う言葉が似合う妖艶な女だった。それと、宰相と呼ばれていた男の顔がおぼろげに浮かんだ。

 マージョリーは囚われの身と自分を称していたが、宰相との間柄は険悪そうでもなかった。あの会話から察するに、二人はビオラの知らない密約を交わしていても何ら不思議ではない。

 カップの紅茶を飲み干し、俺はビオラへと視線を向けた。


「手記が見つかれば良いんだが」


 カップをテーブルに置き、物音を立てないようにして、無防備に寝ているビオラのすぐ傍に腰を下ろし、寝顔を見る。

 すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てる様子は、どこにでもいそうな子どもそのものだ。


「……全く、呑気なもんだ」


 その柔らかな前髪を指でそっと払うと、ビオラはむず痒そうに小さく唸って寝返りを打った。


 ビオラが本来の力と姿を取り戻すよりも、まずは、封印されるようになった経緯いきさつ、歴史に埋もれてしまった真実ってヤツを知る必要があるのかもしれない。

 例え、ビオラが望まなかったとしても、そうしなければ、彼女は本当の意味で封印から解き放たれないのではないか。

 記憶の中で泣いていたドレス姿のビオラを思い出しながら、俺はそんな気がしていた。

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