8-4 エイミー・レミントンの秘密

 薄いシャツがエイミーの肩から滑り落ちそうになった瞬間、ビオラがベッドのシーツを彼女に放り投げた。


「はわっ、な、何ですか、魔女さん!?」

女子おなごが男の前で簡単に脱ぐものではない!」

「え? は、はい!?」

 

 投げつけられたシーツに驚きの声を上げたエイミーは、その中から顔を出してきょとんとしている。ビオラの怒りの意味が、全く伝わっていないようだ。


「いや、あの、魔力のカラクリを説明しようと思いまして」

「服を脱がずとも良かろう!」

「まぁ、出来ますが……その方が手っ取り早いんですよ」

「出来るのであれば、着ておれ!」

「えぇっと、ですからぁ……」


 怒りがしずまらない様子のビオラに、エイミーは困り果てたのだろう。助けを求めるように俺の方を向いた。

 その表情を見れば、彼女が本気で理解していないことはすぐに分かり、違和感を感じた。

 

 五百年前の時代を生きていたビオラですら持っている恥じらう感覚を、エイミーは持っていないのだうか。

 思い返せば、ロックバレスで魔物を前にしても、ビオラが攻撃を向けても、エイミーに恐怖心は見られなかった。あの時は、自分の強さを過信しているのかと思ったが、もしかすると、彼女は人並みの感情を持ち合わせていないのではないか。


 ビオラもズレたところはあるが、人らしい感情は持っている。だから、今も怒っているのだろう。しかし、俺の憶測があっているなら、エイミーにその怒りの意味を理解させるのは無理だろう。

 だが、このままでは進む話も進まない。

 胃が痛くなってきたぞ。何だってこんな面倒ごとに巻き込まれなきゃならないんだ。


「……エイミー、お前は何かをする前に、必ず説明をしろ」

「説明、ですか?」

「お前の頭の中は他人には見えない。良かれと思ってやることを、相手が理解できない場合は争いの種にしかならない」

「はぁ……よく分かりませんが、説明ですね」

「ビオラ、せめて何を見せようとしたかくらい、聞いてやれ」


 ため息をつく俺を見て、ビオラは小さく「仕方ないの」と呟いた。


「えー、服を脱ごうとしたのはですね、私の背中にあるものを見て頂こうと思ったんです」

「背中?」


 俺とビオラは同時に声を発した。

 興味を示されたことに気をよくしたエイミーの顔が、ぱっと華やぎ、彼女は「はい!」と大きく頷いた。

 

「お二人のご想像通り、私が持って生まれた魔力はとても小さいです」

「やはり、青の魔女なのじゃな」

「そうなりますね。魔女さんのペンダントのように、補助魔法具を使っても、中級魔術師に上がることすら叶わないと思います」


 そう言って、背中を向けたエイミーは再びシャツに指をかけた。


「ラスさん、レミントン家を知っていますか?」

「戦争屋レミントン……魔術師で知らない奴はいないな」

「戦争屋とは何じゃ?」

「武器を扱う商売屋のことだ。レミントン家は新しい魔導式武器の研究もしているってもっぱらの噂だな」


 海上都市マーラモードとその周辺諸島は、大陸の小国と比べると比較的平和だから失念しがちだが、大陸では国家間紛争が絶えない土地もある。そういった国々を相手に商売をしている戦争屋の一つが、レミントン家だ。


「その噂は事実です。その研究を私も担っているんです」

「……お前が?」

「はい! こう見えて、私は研究が大好きなんですよ」


 得意げに笑ったエイミーだったが、ビオラは眉をひそめて首を傾げた。

 

「それと服を脱ぐのに、何の関係があるのじゃ?」

「それがあるんですよ。父は魔力の強い子どもが欲しかったんです。弱かった私は母と共に捨てられました。それを悲観した母は──」


 エイミーの肩からさらりと白いシャツが落ちた。そして、俺たちの目に飛び込んできたのは、白い背中に刻まれた真っ赤な魔法陣だった。

 予想を上回る光景に衝撃を受け、言葉を失った。

 俺たちは、何を見せられているんだ。


「私の背中に、んです」


 声音を変えることもなく、まるで新しい服を買ってもらったと言うように、エイミーは陽気に告げた。

 あまりのことに、ビオラも目を見開いて硬直している。

 何と言って良いか分からずにいると、エイミーは腕を上げた。そこにもびっしりといにしえの言葉が刻まれている。


 こいつは、どれだけの強化魔法を体に刻んでいるんだ。そもそも、そんなことをして


「それと、腕と胸には──」

「お主の母は何をやっておるのじゃ!」

「え? あ、いえ、腕のこれは自分の意思ですよ」


 ビオラの怒りの言葉に、エイミーは不思議そうに首を傾げ、説明を続けた。


「これらの魔法は永続的に私の体内で作られる魔力を増幅、圧縮します。それと、どんなに増幅しても貯えが少なければ意味がないので──」


 素肌を晒したまま振り返ったエイミーは、胸元を指さした。


「この夜明けの星ルシフェライトに魔力を蓄えているんです!」


 自慢げに笑う彼女の素肌を見て、俺たちは息を飲んだ。

 エイミーの胸元で、青紫の石が輝いていた。ペンダントが下がっているのではない。柔肌にめり込み癒着しているようで、まるで火傷の痕のように盛り上がり、皮膚が引きつっている。

 痛々しいと思うと同時に、その姿を自慢げに晒すエイミーの表情に、恐ろしさと悲しみを感じた。

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