5-11 俺は娘も舎弟も持った覚えはない。
食事処に戻ると、窓辺の席でビオラたちは大人しく待っていた。
俺の姿に気づいたビオラは、自慢げな顔をしてメニューブック片手に大きく手を振り回し、花農家三兄弟が慌てて立ち上がるとそろって頭を下げた。
「兄貴、お疲れ様です!」
「お前ら、そう言う堅苦しいの必要ないからな。とりあえず、座れ」
三兄弟に、むしろやめて欲しいという念を込めて言うが、こいつらはとことん俺を
頭が痛くなりながら、空いている椅子を引くと、ビオラが袖を引っ張った。
「ラス、遅かったの。言われた通りメニューとやらを見ておったぞ!」
「そうみたいだな。偉いえらい」
子どもを褒めるようにその頭を柔らかく叩き、ビオラの横に腰を下ろすと、ずいっとメニューブックが目の前に突き出された。
開かれたページには、季節の果物を使ったケーキにタルト、シャーベットにパフェと、可愛らしいイラスト付きでデザートの案内が載せられていた。
「ここはレモンの名産地なのだから、レモンパフェとやらを食べた方が良いと思うのじゃ!」
「まずは飯だろう」
「それはそれじゃ! 大人しゅう待った
「お前なぁ……」
どこまでも幼女の
椅子の上で足を小さく揺らしながら頬を膨らませたビオラは、俺の顔を覗き込むようにして目で訴えるそぶりを見せた。これでは、まるっきり父親に我が儘を言う娘だろう。
三兄弟の視線がビシビシと突き刺さった。
「……昼飯をちゃんと食ったらな」
「そうこなくてはの!」
折れる以外の選択肢が思い浮かばず、前髪をかき乱した俺は小さくため息をついた。
「兄貴は、お嬢に甘いっすね」
「甘々だし」
「お前達、やめるんだ! 兄貴、弟達がすみません。俺は、娘思いってカッコいいと思います!」
いや、娘じゃないからな。
内心で突っ込みを入れながら、苦笑を零した俺は店員を呼んでさっさと料理の注文を済ませた。
店員がいなくなっタイミングで、俺は三枚のカードを取り出し、テーブルに置いた。
「お前たちに渡しておく」
首に
三人はカードを手にすると感動に声を上げた。
「遺跡には連れて行くが、俺の傍を離れないことが条件だ」
「ありがとうございます!」
「万が一、離れた先で魔物に出くわして食われたとしても、俺も組合も責任を取らないからな」
「分かりました。荷物持ちでも何でもします。よろしくお願いします!」
「ラス、ラス! 妾にはないのか?」
俺の袖を引っ張ったビオラは、期待の眼差しを向けてきた。
「ある。お前のはこれだ。なくすなよ」
そう言って首に紐をかけると、ビオラは物珍しそうにカードを見て、組紐の網目をなぞってと観察を始めた。
未踏遺跡での注意事項を話し始めると、三人は睨みつけるような顔で真剣に耳を傾けた。基本的に真面目な奴らなのだが、
「それと、今日は遺跡に行かないからな。一晩、宿を取る」
「何じゃ。蜥蜴探しは明日かの?」
「遺跡の傍まで移動するのに時間がかかるんだよ。それに、こいつらを連れて夜の探索は危険だ」
「宿に泊まるんじゃな!」
「そんな期待した顔をするな。組合の宿だ」
「あ、あの、俺たちは……」
「お前たちも一緒に来ればいい。部屋はある」
と言うか、元々、ビオラと部屋を同じにするわけにもいかないから二部屋続きの広いとこを押さえていただけなのだが。
ちらりとビオラを見て、俺がため息をつきかけた時、頃合いを見計らったように美味しい香りが漂ってきた。
「お待たせしました。白身魚のパイ包みです。こちら、切り分けさせて頂きますね」
魚の形をしたパイ包みがテーブルの中央に置かれ、ビオラが歓喜の声を上げた。
店員はそれにナイフを入れ、取り皿に分けるとそれぞれにソースをかけて配り歩いた。
他にも、溶かしたチーズをかけた焼き野菜、エディブルフラワーが飾られたサラダ、トマトのスープと次々に料理が運ばれる。テーブルに置かれる籠の中には、芳ばしい香りを立てるパンが積み上げられていた。
テーブルに並べられた料理を前に、三兄弟は顔を突き合わせて困った顔をした。
「どうした。腹減ってないのか?」
「兄貴、言いにくいことなんですが……俺らそんなに金持ってないですよ」
「出してやる。その代わり、お前達が遺物を見つけたら、その売却額から清算するからな」
金をもってないなんて言うのは見れば分かる。まさかビオラにだけ食わせて、こいつらに何も食わせず待たせるわけにもいかないからな。それこそ、舎弟を待たせてふんぞり返る嫌な奴じゃないか。
俺は舎弟を持った覚えはないが、ビオラの言葉を借りるなら旅は道連れ世は情けってやつだ。
「だから、遠慮せず食っとけ」
「兄貴! ありがとうございます」
声を揃えた三人はフォークを手にした。
「では、祈りの時間じゃの」
今にも食べ始めようとした三人に、ビオラはそう言うと手を組んだ。それを見て、三人は慌ててフォークを下ろして手を組むと目を閉ざした。
「すべての命に感謝し、我が魔力の
ほんの少し、静寂の時が流れると、カッと目を見開いたビオラは「パンを取ってたもれ」と言いながらフォークに手を伸ばした。
賑やかな昼食が始まった。
全てを平らげた後、ビオラはレモンパフェを注文してそれも綺麗に食べきったのは言うまでもないだろう。本当に、あいつの胃袋は底なしだな。
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