3-10 二人の晩餐。思い出の料理は家族の記憶。
蒸したイモが熱いと騒で皮を剥いていたビオラだが、今は、その手にマッシャーをもって楽しそうにイモを潰している。食べるのが待ち遠しいという顔をしながら、ちらりと俺を見上げてきた。その期待の眼差しが可笑しくてたまらない。
決して、根負けしたわけではなかった。
スプーンですくったイモを小さな皿に置き、乾燥ハーブと塩を混ぜた調味料を振りかけて渡すと、ビオラは目を丸くした。
小さな口が、ぱくんっと芋を頬張った。
「なんじゃこれは!」
「ただのイモだ」
「ほくほくで美味いぞ!」
「あー、もしかして五百年前には、ジャガイモなかったのか?」
俺が首を傾げていると、ビオラは皿の上のものを綺麗に食べ終えたようで、スプーンをボウルに突っ込もうとしていた。慌ててボウルを持ち上げて阻止する。
「もうちょっとくらい良かろう!」
「駄目だ!」
「ケチじゃのぉ」
「これよりもっと美味くなるから、待て!」
きっぱりと言えば、ビオラはしょんもりとしながら皿とスプーンを台に置いた。
ボウルにバターと少しの牛乳を入れて混ぜ、滑らかになったところで、俺が持っていた木べらをビオラに渡した。
「よし、次はこれを混ぜるぞ」
フライパンで炒めたベーコンと玉ねぎ、人参をボウルに追加すると、ビオラは再び好奇心に目を輝かせた。焼いたベーコンの香りを胸いっぱいに吸い込んで、笑顔で木べらでボウルの中身を混ぜ始める。
全く、単純だな。だが、そんな笑顔を見ているのは意外と楽しくて、ついつい俺も頬が緩んでしまう。
そう言えば、師匠も俺が料理をしている時、楽しそうな顔をしながらソファーに座っていたな。
ふと、キッチンに不釣り合いな一人掛けの布張りの椅子を振り返った。
「もっと混ぜればよいのか?」
ビオラの声にハッとして、視線を調理台に戻した。
「……あぁ、零すなよ」
「そんな下手をするか! 妾はこう見えても、料理上手じゃぞ」
「あぁ、って言ってる傍から落ちてる!」
「むむっ……すまぬ」
小さな手で一生懸命かきまぜるビオラはおずおずと謝る。それに思わず笑いそうになりながら、俺は粉チーズの保存瓶を手に取った。
大きなスプーンですくった粉チーズを、たっぷりとボウルの中に振り入れる。
「チーズじゃな!」
「あぁ、そうだ。良く混ざったら──」
取り出した深めの耐熱皿に移し、さらに粉チーズをかける。それをオーブンに入れた。
「いつ焼けるのじゃ?」
「半時くらいかな」
「待ち遠しいの」
オーブンの前で見上げるビオラの後ろを通り過ぎ、俺は大きな鍋の蓋を開けた。その中では野菜とベーコンがくつくつと煮込まれている。味見をし、少し塩気が足りなく感じながら調整していると、ビオラが近づいてきた。
「
「味見という名の、つまみ食いだろ?」
「何でも良い。早う、よそってたも!」
騒ぐビオラを黙らせるため、小さなカップにスープを少し注いで渡すと、嬉しそうにそれを飲み干した。
「美味いの! やはり、ラスは料理上手じゃぞ。魔術師にしておくのはもったいないの」
「そりゃどうも」
「師匠とやらも料理上手じゃったのか?」
「あの人はからっきしだったな。それで、俺がやるようになったんだ」
「何じゃ、ラスの師匠もそうなのか」
くすくすと笑ったビオラの言葉に首を傾げ、どういう意味かと尋ねようとしたとき、小さな指がリーフレタスを指さした。
「あれはサラダにするのか?」
「あ、あぁ。千切っておいてくれるか?」
「任せよ!」
テーブルにボウルごと持って行き、リーフレタスの葉を千切り始めるビオラは随分と楽しそうだ。もしかしたら、子どもの頃に親の手伝いをしたことなんかを思い出しているのかもしれない。
俺は幼い頃、母と並んでサラダを作ったおぼろげな思い出を脳裏に浮かべた。
さっきからビオラを見ていると、どうしてか懐かしい思い出が次々に浮かぶ。こんなことは初めてだな。
「助かる、助かる」
「なんじゃ、その言い方は。軽いのぉ」
「気のせいだろ。さぁ、肉を焼くか! 近づきすぎんなよ」
「肉! 豪勢じゃの!」
「城の料理はもっと豪華だっただろ?」
笑いながら、厚みのある肉をフライパンに載せた。
***
食卓に並んだのは、マッシュポテトのチーズ焼き、リーフレタスと
切っておいた果物も冷蔵庫から出して皿に盛り、テーブルに置く。俺のグラスには食前酒を、ビオラのグラスにはハーブ水を注いだ。
「早う、座らんか!」
「はいはい。そう焦らなくても、誰も取らねぇよ」
「冷めてしまっては、美味しさが半減じゃ!」
椅子に座ったビオラは待ちきれんと言う代わりに、俺を急かした。そして、俺が席につくのを確かめると、その小さな手を胸元で組んだ。
「すべての命の重みに感謝し、我が魔力の糧となるものに祝福を」
瞳を閉ざして変わらぬ祈りを捧げ、しばらくの沈黙の後、小さな手はフォークを掴んだ。
「ラス! 妾が作ったイモが食べたいぞ!」
「今、取り分けてやるよ」
賑やかな夕食に、俺は穏やかな気持ちで笑みを湛えていた。
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