第二章 五百年前の遺物

2-1 新たな依頼人が持ち込んだものは、古い銀の手鏡だった。

 今日はもう店じまいにするつもりだった。

 ケビン・ハーマンの依頼品に魔力を使いすぎた訳ではなく、少し感傷的になって過去の思い出に浸りたい気分だった。

 だが、突然現れた身なりの良い青年を見て、守銭奴な俺の心が警笛を鳴らした。客を逃すな、と。


 見たところ、青年の歳は俺とそう変わらず、二十四、五ってところか。綺麗な金髪に少し細目で覇気がない顔、良くいえば優しそうで穏やかな青年だ。

 着ている服はオートクチュールだろう。質の良さそうな生地のウエストコートには、手の込んだ刺繍が施されている。かもし出す雰囲気も服装も、何もかもが育ちの良さを物語っている。

 どこぞの令息ぼんぼんだろう。


 俺は脳裏で思わず金勘定を繰り返した。

 あの服だけでも金貨ソル二枚はくだらない。それに、磨かれた靴に輝かしいばかりのカフスや耳に輝くピアス。どれをとっても、良い値が付くだろう。

 間違いなく、こいつは上客だ。

 交渉次第では金額を吊り上げるのも可能だと踏んだ俺は、営業スマイルで店内に青年を招き入れた。


「今日は、もう閉店だったのでは?」

 

 少し申し訳なさそうな顔をした青年は、俺が小脇に抱える立て看板を指さした。


「あぁ、気にしないでくれ。今日はあんたで最後にしようかと思っただけだ」

「そうでしたか。この後に用があるのでしたら、出直してきますが」

「特にない。それより、うちに来たってことは、魔法絡みの依頼だろう? 魔術の解読か、復元、修理か、それとも──」

「封印の解除をお願いします」


 青年は淀みなく望みを告げた。


「ものによっては、断ることもある。まずは、現物を見てから交渉したい」

「分かりました。お願いしたいものは……こちらです」


 すんなりと頷き、持っていた革の鞄を持ち上げた男は、その中から赤い布に包まれたものを取り出した。

 三十㎝ほどの長方形の包みだ。大きさからして本、あるいは石板か。少し薄いが、箱という線も捨てきれないな。

 視線をらさずに見ていると、静かに布が払われた。


「……木箱?」

「お願いしたいものは、この中にあります」


 古びた木箱の蓋に古代魔術言語ロー・エンシェント・ソーサリーが刻まれていたことを見逃さなかった。この箱自体に封印の力があるようだ。しかし、青年は特に変わった素振りや呪文を口にすることもなく、静かに蓋を開けた。すでに、箱の封印は解かれていたということか。

 箱の中から姿を現したのは、銀の手鏡だった。


「確認させてもらう」


 手袋をはめてから手鏡の柄を掴み、鏡面を覗き込んだ。その直後、ぶわりと圧倒的な魔力の波が押し寄せてきた。

 これは間違いなく、何かを封じ込めている。それも、相当強い魔力によってだ。


 背筋を汗が伝い落ちた。

 想像以上の強い魔力が指先から伝わってきた。それは、胸の奥を締め付けるほどで、一瞬だが、恐怖心すら抱いた。

 いや、それはただの恐れではない。暗い夜道の先に何があるのかと興味を抱くような、恐怖を上回る探求心のようなものだ。

 恐怖心を抱きながら、確かに俺は思った。これを解除してみたい、と。

 鏡面には、口角を少し持ち上げた俺が映っていた。


「あの……どうでしょうか。封印を解くことは、出来ますか?」

 

 黙り込んで鏡を凝視する俺に、青年はおずおずと尋ねてきた。

 鏡面をひっくり返し、裏面に施された装飾模様レリーフを観察する。


 ざっと見ても、この鏡が最近のものでないことは分かる。

 ケビン・ハーマンの持ってきた封印物は、様式が簡略化された最近のもので読みやすかった。それに反し、この鏡に使われている封印はもっと複雑で古い。解読にも時間がかかりそうだ。

 鏡面に彫られた魔法陣がまず細かい。よくもこんな細かく刻めたもんだ。


「様式が古いな。解除には時間がかかる」

「では、お引き受けいただけるのですね!」


 安堵にほっと息をついた青年に「一ヵ月」と告げると、その顔がさっと曇った。


「……一ヵ月?」

「あぁ、まずは一ヵ月預かって魔法陣の解析をする。どうやら、必要な鍵も足りないようだしな」


 そう言って、裏面の装飾模様を指さした。そこには宝石が三つ埋められている。そして、同じようなサイズの空の台座が五つあった。

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