第18話 SENA⑧

***


 ――神田海斗18歳独身、改め神田海斗18歳既婚。これから自己紹介するときはこう言わなくちゃいけないのだろうか。



 いやそんな馬鹿な話があるか。交際日数ゼロ日の結婚なんていつの時代の話だよ。平安時代とかそこら辺まで遡るんじゃないのか? まあ日本史の知識はあまりないから分からないけど。



 予め台本を用意してそれを暗記してきたか、もしくはこの部屋のどこかにカンペでもあるのか。



 そう疑ってしまうほど、瀬那の俺に対するマシンガンのような怒涛の説明と口撃に、もはや為すすべもなかった。



 こっちが途中で口を挟もうとしても、まるで聞こえていない――どころかたまに俺が存在していないかのような素振りで話をやめないこともあった。



 今はそれが一旦落ち着いて、一息ついたところだ。



 耳を塞ぎたくなるような非現実的な瀬那の話から、要点だけを抜粋するとこんな感じになる。



 ・何の呪いかは知らないけど、今現在進行形で瀬那は呪いにかかっている。


 ・解呪するには瀬那とその伴侶で儀式を遂行しなければいけない。


 ・儀式はかなり過酷なもので、それに耐えられるのはおよそ千年前に栄えた占い師一族の血筋を引く者。


 ・占い師一族といっても千年の歴史があり、いわゆる本家とか分家とかに分かれていて瀬那の実家――荒川家で行う儀式は、本家でないといけない。


 ・荒川家に代々伝わる本家の占い師を見極める合言葉が、相手に『運命の人』だと言われること。


 



 ――つまり俺。

  


 

 いや、何が?



 自分で突っ込んでも意味がないなんてことぐらい理解している。



 父は公務員、母はパート勤務。ありふれた一般の家庭に生まれ、放課後は友達とゲームしたり外で遊んだり、普通の公立学校で育ち、そしてこれから始まる花のキャンパスライフ――



 たった一つの嘘がこんな事態を呼び込むなんて一体誰が予想できた。



 運命の人? 言った、確かにハッキリと言ったよ。メッセージでだけど。



 それが合言葉? 知らんがなそんなこと。



 全ては偶然に偶然が重なって、更にその上に三つぐらい偶然を乗せた結果が今なんだ。



 今宝くじを買ったら三等ぐらいなら当たるかもしれない……って、現実逃避をしていちゃだめだ。ちゃんと向き合わないと。



 ……向き合ったところで現実は何も変わらないんだけど。



 つまるところ俺が取れる選択肢は、占い師として瀬那と結婚、そして呪いを解くための儀式を頑張るか、全てをカミングアウトして嘘をついた報いを受けるかのどっちかだった。


 

 こういう時のために、修哉が横にいてくれたらきっと助けてくれたんだろうけど、今は絶賛Sランクミッションを断行中だ。



 けどそろそろ帰ってくる頃だろう。もうかれこれ三十分が経っている。



 ……あっ、でも修哉が帰ってくるということはもう一人…………。



 無理だ、頭が痛くなってきた。俺の中にある問題は瀬那だけではないという事実を改めて突き付けられた気がする。



「大丈夫海斗くん? ずっと話を聞いてたら疲れるよね?」



 頭に手をやって俯く俺を瀬那は優しく気遣ってくれる。ほら、こういう風にコップに飲み物を注いでくれたり。



 普通にしていたら本当に欠点がないんだ。だって俺あのカフェでの短い時間でちょっと心を奪われたから。このまま何回かこういうのを重ねて、いずれは付き合ったり――なんて夢見ていたんだよ本当に。



 でもまさかそんな。そんなあれがあれだなんて思わないだろ。



 俺は僅かな望みにかけて、一つの質問を投げかけることにした。


 

 その返答によっては奇跡の大逆転劇の幕開けになるかもしれない。



「……ちなみになんだけど。もしも……もしもだよ、実は俺は占い師を語る詐欺師で瀬那を騙していたってなったらどうするつもりだったの」



「その時はね……」



 刹那の静寂。何で今一呼吸置いたの。もう嫌な予感しかしないんだけど。



「高貴な血統を利用して私の心を弄んだあげく、家の呪いのことまで知っちゃたからね。もう物理的に口封じするしかなくなっちゃうね。悪い言い方をすると殺すってことだけど」



 悪い言い方をしなくても、どうなるかはちゃんと理解できた。



 ――そして今この瞬間において、二つあった選択肢が一つになったのであった。







***


 婚姻届には証人の欄がある。それを利用すれば結婚自体はしばらく長引かせれると思う。



 話はどんどん進んでいった。次は儀式。瀬那の話が本当ならば、恐らく俺は儀式で命を落とすことになる。



 結局何が言いたいかって言うと、とにかく時間を稼ぎたいんだ。長引かせられるものは全部長引かせて、その間に解決案を考える。



 それが今の俺にとっての最適解のはずだ。



「……でもあんまりゆっくりはしていられないんだよね。暖かくなってきたら、あいつらが動き出すから」



「あいつら……?」



 陰りが見え始めたのは、ここら辺からだった。



「北の大地に住まう、闇魔術師」



「……闇魔術師」



 何だか最近よく耳にするワードな気もしなくはないが……。



「うちの親戚の人達も実際に何人かやられているらしく、その狙いが呪いに集まる闇のエネルギーだって、おばあちゃんから聞いたの」



「……闇のエネルギー」



 まるでどこかのロリ中二病と話をしているみたいだ。あいつがここにいたら嬉々として騒ぐだろうな。



「正体は不明、あいつらはそれぞれ互いをコードネームで呼び合っているみたいで、特に気をつけろと教えられているのが『ダークエンジェル』『アイスラッパー』『ヘルクイーン』『クリスタルレイ』あと他には……」



 …………何か一つ聞き覚えのある名前があるな。






 ――後に……本当に後になって分かったことだが、実はこの瀬那との会話がまだプロローグという名の人物紹介だったってこと。



 この戦争――ではなく恋愛大戦争の役者はまだ半分も登場していないということを。


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