第16話 ヘルクイーンの懸念①

***


「オイ! いつまでアタシを持ち上げているつもりなんだ!」



「ちょっ、危ねえなあ!」



 海斗のアパートから村雨を強制的に連行していた修哉は、自身の顔面に拳が飛んできたところで抱えていた村雨を降ろした。



 大体五分ほど歩いただろうか。修哉にとっては初めて来た場所だから、自分が今どこにいるのかよく分かっていない。



 海斗には大見えを切って一時間稼ぐと言ったが、果たして完遂できるだろうか。



「お菓子でも食うか? 好きなの買ってやるよ」



「ドラゴンの卵がほしい」



「何だそれ、中におもちゃが入ってるチョコのやつか?」



「……キサマのような者では話にならない」



「ちょっ、どこ行く気だよ!」



「帰る!」



 来た道を反対方向に走り出した村雨の腕を慌てて捕まえる。小柄で足も速くないため追い付くのは容易い。そしておまけに、村雨が着ているこの服だ。



「ずっと気になってたんだが、お前よくそんな恰好で堂々と外を出歩けるな。恥ずかしかったりしないのか?」



「恥ずかしいだと? キサマこのヤロー、アタシのこの深淵の羽衣がダサいというのか⁉」



「ダサいなんて一言も言ってないだろ。目立つとは思うが……」



 たまたま通りかかった自転車に乗ったおばちゃんが二度見ならぬ、四度見をして去っていく。愛くるしい子犬が鬼の形相で何度も吠え、飼い主が気まずそうに頭を下げる。



 ここはまだ大通りには出ておらず、どちらかと言えば一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街。その中で村雨が異質な存在感を放っているのは間違いなかった。



 改めて村雨を上から下まで見下ろした修哉は、誰だって初見じゃ同じ反応するよな――と頭を掻いた。




――ゴスロリ。



  

 村雨の服――否、衣装を表現するのにこれ以上適した言葉はなかった。



 黒を基調としたワンピースで、肩や腕の先の部分がフリルがついている。スカートの方は黒一色というわけではなく、ちょうど膝の上まで伸びた先は一切の汚れのない純白が輝いていた。



 ここがコスプレの会場やメイド喫茶とかなら何の違和感もないのだが、こんな普通の街中でうろうろしていると、最悪補導されてもおかしくない。



 ただでさえ見た目が小学生と見間違るほどの童顔だというのに……。


 

 と考えたところで、修哉は一緒にいる自分も怪しい奴だと思われるのでは――という考えに至る。



 逃げるゴスロリ衣装の小学生を抱きかかえ、更には逃げるところを追いかけて、逃がさないよう腕を引っ張ったりもした。



「もしかして絵面的に、俺犯罪者になってね……?」



「ようやく気付いたか、この愚鈍。アタシが大声出せばキサマなんかすぐにブタ箱行きだということを肝に銘じておくのだな」



「……なんか急にまともなことを言い出したな」



「アタシはキサマと違って忙しいんだ。早く帰って結界を張らねば手遅れになる」



「結界? あぁそういや海斗がそんなこと……」



村雨の中二病ぷりは海斗から話に聞いていた。海人言わく、もう現実との区別がついていないほどの重症らしいが……。



「ぴょんきちが新しく連れてきた下僕。あいつは危険だ」



「確かにいろんな意味でヤベー奴だってことには同意するが、それはお前も同じだからな」



「アタシをあんなやつと一緒にするでない! 恐らくあの女は聖魔術の使い手。きっとぴょんきちを滅しに来たんだ! アタシが手を貸してやらねばどうなるかわからん!」



「あっ、おい!」



背が低いことを活かし、一瞬しゃがむ素振りを見せて修哉の視界から消えた村雨は、するりと修哉の腕を潜り抜けた。



「キサマはそこで待ってろ下僕! キサマの実力ではこの戦いにはついてこれん!」



最後振り向きざまに、赤ん坊のような小さな手のひらを広げて修哉に向けた村雨。海斗の下へ馳せ参じるべく再び駆け出し――



「……いや、ちょっと距離とったぐらいで逃げ切れるわけないだろ」



五秒後には修哉によって拘束されていた。



「き……キサマ……。もしかしてキサマもあの下僕2号の仲間なのか……?」



「んなわけねえだろ。今お前がアパートに戻ったらややこしくなるんだ。アイスでもハンバーガーでも好きなもん買ってやるから、あと三十分ぐらい俺に付き合ってくれ」



「ちゅ、付き合うだと!? アタシにはぴょんきちとい心に決めた人が――」



「……何でお前そんなに顔真っ赤にしてんだ? 一応念のために訊くけどさ、お前本気で海斗のこと好きなのか……?」



「…………うん 」



「そ、そうか」



まるで中身が入れ替わったのかと思ってしまうぐらい、素直な反応だった。



そしてそれは、誰がどう見ても恋する乙女のそれである。



――出会いがマッチングアプリなんだから、そういう目的があったこと自体に疑問はないけど、この反応はさすがに今日会ったばかりのものとは思えないな……。



修哉は、伊達にこれまで数多くの女の子と交際を重ねてきたわけではない。直感的に、村雨と海斗の間にはそれ以上の何かがあると悟った。





「――あれは二年前、アタシが古都京都にて化け狐の罠にかかった時だった」





「どうした急に」



ぽつりとそう漏らした村雨の口から紡がれる二人の歴史語りの会場の席に、修哉は無理やり座らされることとなった。





 

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