第15話 SENA⑦
「これ……別の用紙と間違えてたりしない?」
「間違える? 婚姻届を持ってきたつもりなんだけど……」
間違えたわけではない。瀬那の口からもしっかりと『婚姻届』という単語が発せられた。
「俺がこれにサインをする」
「うん」
「この証人のところに名前と住所を書いたらいいのか……?」
「何言ってるの海斗くん。そこは親に書いてもらうところだよ、海斗くんはここ」
瀬那はムッとした顔をして力強く人差し指の腹で、ある一点をぐりぐりする。いや、俺だってわかっていたよ? 念のための確認というか、互いの認識のズレ的な何かがあったかもしれないし。
「夫になる人」
「うん」
「この妻になる人っていうのは……」
「私だよ」
でしょうね。ここで全然知らない人の名前が出てきたら卒倒していたところだ。そこはちゃんと予想通りで安心した。
……安心したってなんだ。ホッとする場面でもないだろう。こんなの通信簿でオール1の中に、一つだけ2が混ざっていたようなものだ。
「……瀬那は俺と結婚するつもり……?」
「そうだけど……でもこれは海斗くんの方から言い出したことじゃない」
「俺が?」
「私が運命の人だって。運命の人と結婚することが、私の呪いを解く唯一の方法なの」
「呪い……?」
嫌な予感がしてきた。もしかして第二の村雨爆誕か? それとも怪しいお札と壺が登場するのか?
「日本最古の占い師一族の末裔でもある海斗くんには、今さら説明なんて不要だと思うから細かいところは省くけど、呪いを解く儀式には夫婦でないと行えないの」
悲壮感漂わせる瀬那はテーブルに目を落とした。肩に力が入っているのが見て取れる。本気で何かの感情を押し殺している……少なくとも俺にはそう感じ取れた。
ところで気になったこともある。
まず一つ目に、俺そこまで設定を盛った覚えがない問題。なんだよ、日本最古の占い師一族の末裔って。若手ナンバーワンぐらいで通していたはずなんだけど、とんでもない歴史が引っ付いてしまったようだ。
それから、あともう一つ。説明省くのやめてほしい問題。儀式がどうとか言ってたけど、呪いってもしかしてあれか、ガチのやつだったりするのか?
俺が瀬那について知っていることなんて、フルネームと好きな食べ物、嫌いな食べ物とかだぞ。しかもそれは朝カフェで聞いたことだし。
婚姻届のことは誤魔化しつつ、まずは何瀬那の口から呪いについての情報を引き出す必要がありそうだ
「海斗くんのことだから、儀式の内容についても既に占いで視ていると思うし説明不要だよね? とりあえず私の実家まで来てほしくて――」
「いや、あの……」
「数珠は自分の分は用意するから、海斗くんも自分のを――」
「えーっと……」
「大体炎の温度は300度ぐらいらしいよ。もちろん海斗くんは正装でお願いね。神田一族代々伝わる伝説の黒ローブが見られるって知ったらおばあちゃんもびっくりするだろうなあ」
「瀬那さん……?」
「あっ、キツいからって水晶玉を使ったバリアを張るのはダメだからね。私個人としては神田一族の占星術を見てみたい気もするけど……」
無理だ。こっちの声がまるで届いちゃいない。手を伸ばせばすぐ届く距離での会話だというのに、バリアを張っているのはそっちの方じゃないのか。
瀬那はちょくちょく俺についても何か言ってるけど、生憎先祖代々伝わるローブも、水晶玉もそもそも持ってすらいない。
だからそれは全部いらない心配だ。
そして俺は、この先起こりうる自分の身が心配でならなかった。
炎の温度300度って、なに……? 火あぶりにでもされるのか? あと思わずバリアを張ってしまうほどのヤバいのも控えているっぽいし……。
「――それで儀式の日取りなんだけど、まず婚姻届を役所に提出したり諸々の手続きで忙しいから、とりあえず入学式が終わったあとでもいいかな? あっ、でもそっちの方がオリエンテーションとかで……うーん、海斗くんはどうかな? 土日でも大丈夫?」
大丈夫なわけないだろ。
……うん。俺さっきから心の中でしか喋ってないな。多分瀬那とより、自分自身と話している時間の方が長いような気がする。
「……うん、そうだね」
そんな俺の口からは肯定の言葉しか出てこなかった。
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