17時16分発、その先へ。 第4話

「はい、これ食べて!どうせ今日一日ほとんど何も食べてないんでしょ?」


 顔をあげると、静香が優しげな笑みを浮かべていた。提げていた袋からクリームパンとカフェオレを取り出すと、そっと僕に手渡した。


 反対のホームにある売店でどうやら買ってきてくれたらしい。拓馬にも同じようにパンを手渡している静香に「ありがとう。」と言った。


 確かに、今日は朝から食べ物どころが水すら口にしていない。海月のことで頭が一杯でそんなことすら、今、気付いた。


 携帯の画面上部に表示されている時刻は19時1分と表示されている。あれから一時間半が経った。僕たちはホームの片隅にある椅子に腰を掛け、未だに海月からの連絡を待っている。


 先程、三人で話し合い、たとえ日付けが変わろうとも海月を探し続けるという決意をした。帰りが遅くなると両親に心配をかけることになる為、今日は友達の家に泊まることにすると、それぞれ自分の親に連絡を入れた。誰一人咎められることはなかった。通常の平日であればこうはいかなかっただろうが、今日は夏休みという事実が僕たちに味方してくれたのだろう。


 陽はほとんど沈み、ホームの照明は5分程前から灯り始めた。


「いただきます!」と手を合わせた僕は、紙パックのカフェオレでまずは喉を潤し、かさりと音を立てながらクリームパンの袋を開けた。茶色の生地は柔らかく手で持つと指の形が刻まれる。口にした瞬間、クリームの甘みが疲れをどこか彼方へと追いやるかのようだった。胃も刺激されたのか急にお腹が鳴り始め、勢いよくパンを口にした。


 食べ終えた後、ストローからカフェオレを啜りながらすぐに携帯に指を滑らせた。

 海月からの連絡はまだない。

 一体どこに行ったのだろうか?


「海月からの連絡はまだ…ないか?」


 食べ終えたクリームパンの袋をポケットに突っ込んでいた拓馬が僕をみる。


「ちょっと拓馬!ゴミはポケットじゃなくて袋に入れてよ。ちゃんと置いてるんだから!」


 その姿をみていた静香が途端に剣幕を立てると「あぁ、悪い悪い。」と言って拓馬が笑う。


 こうして見ると、ほんとにお似合いな二人だと思う。僕にとって大切な二人が恋人として結ばれたんだと改めて思うと、胸がぽぅっと温かくなった。


「嬉しいよ、二人が恋人になったこと。大人になってもずっとその関係が続いて欲しいって思ってる。二人は僕の大切な人だから。」


 心から漏れた言葉だった。

 二人は目を丸くして僕をみると、「何だよ急に」と照れ臭そうにしている。

 そんな二人を見ていると、普段なら絶対に言わないであろう、とんでもないようなことを口にした気がして、僕も何だか恥ずかしさが込み上げてきた。


 少しの間、無言の間が生まれたあと、「大丈夫だって!」と拓馬が呟く。


 そして続けざまに、


「海月は絶対に見つかる。もし、馬鹿なことを考えてるようなら俺たちで説得しよう!なっ?」


 と言って白い歯をみせて笑った。 


 僕も誘われるように笑みを溢す。


「電車が到着致します。黄色の点字ブロックの後ろまでお下がり下さい。」


 電車のアナウンスが流れたのはそのすぐ後だった。


 轟音と共にホームに進入してきた電車が速度を落としながら僕たちの前で止まった。扉が開くと同時に人が流れ出てきて、それより遥かに少ない人が電車の中へと乗り込んでいく。再び動き始めた電車は、あっという間に僕たちの前を通り過ぎ、ぽつんと世界から取り残されたみたいに静けさの漂うホームで僕たちは夜空をみつめた。


 夏の淡く甘い香りが、風に乗って鼻腔をかすめる。呼吸するように小さく瞬く星はまるで僕たちのようだった。まだ、大人になりきれていない僕たちだが、この広い世界で必死に息をしようとしている。ちっぽけな存在なりに、光を放とうとしているのだ。いつかそう遠くない未来の為に。誰よりも光輝く為に。

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