夜空に咲く花。赤く、乱れて、青く、散って。第5話
「響もお祝い出来たし、後は花火を待つだけだな。その前にトイレ行ってこよ。」
「あっ私も行く。」
唐突に立ち上がった二人は、あっという間に人混みの中へと消えていった。
ブルーシートの上で肩が触れ合う程の距離の海月と二人にされたことで急に恥ずかしさが込み上げてきた。行き先を決め兼ねた視線の先を仕方なく空に向けて、真っ暗に染まったそれを意味もなくみつめた。
「ねぇ、響。」
甘い声が鼓膜を震わせる。僕は空から海月へと視線を移した。
「何?」
「ほんとに誕生日おめでとう。響が喜んでくれて私も嬉しかったよ。」
「人生最高の日になったよ。大人になっても今日のことは絶対忘れない!時計も一生大切にするから。」
「良かった…。私ね…もう足踏みするのは…」
夜に溶けるような小さな声は、周りの喧騒に掻き消される前に拾いあげるのは難しかった。僕は出来るだけ海月に身体を寄せ、しっかりと聞き取れる体勢をとった。
「ごめん…最後の方がよく聞こえなかったからもう一回言って?」
「こないだおばあちゃんが亡くなった時にね、私はもう足踏みをするのは止めようと思ったの。人は、生き物は、いつか死ぬでしょう?だから、私は今この瞬間に抱いた気持ちを胸の中に留めたりなんかしないって決めたの。」
僕たち二人の間を取り巻く空気が一瞬で変わった気がした。あれだけ賑わっていた周りの音も今の僕にはほとんど聞こえなくなっていた。
「私、響のことが好き。初めて出会ったあの日からずっと…」
時が止まった気がした。
体内が沸騰するかのように熱くなり、動揺を隠せない。
今、僕の前にいる一人の女の子は透き通るような白い肌を、頬を、赤らめて気持ちを伝えてくれた。
そして僕は、同じくらい彼女のことが好きだ。人生で初めて人を好きになれた。
ずっと大切にしたいと思えた。
冬村海月という、女の子を。
僕も、彼女に気持ちを伝えたい。
いや、伝えなきゃ駄目だ。
海月が言うように、おばあちゃんが教えてくれたように、一瞬一瞬を大切にして生きると決めたから。
「海月、僕もあの日から…初めて会った時から好…」
刹那、最後まで言い終える前に甘い香りが鼻をかすめ、柔らかい感触が唇に触れた。それが海月の唇だと気付くまでにそう時間は掛からなかった。鼻先が触れ合う程の距離に海月がいて吐息すら聞こえる。少し遅れて、僕も同じように瞼を下ろした。
まるで頭の先からつま先まで電流が流れたかのようだった。心臓は早鐘のように打ち続け、胸の中から込み上げる感情はもう海月への想いで一杯になった。
あぁ、僕は海月のことが好きなんだ。
自分の気持ちを再確認した瞬間だった。
「キスしちゃったね。二人には内緒ね。」
互いの唇が別れを惜しむかのようにゆっくりと離れていくと、海月はそう呟いた。
悪戯な笑みを浮かべ、耳から落ちた髪をもう一度かけ直す。
伏し目がちに僕と地面を交互に視線を彷徨わせたあと、海月は再び僕をみつめる。真っ直ぐに。綺麗な瞳の中に僕が映る。
「もうすぐ二人が帰ってくるから最後に一つお願いしていい?」
僕は未だに鼓膜まで轟く程の鼓動を抑えるので精一杯だったが、平常心を装いつつ何でも言ってとぽつりと呟いた。
「私が望むことは、たとえどんなことでも尊重して欲しいの。」
僕の答えは決まっていた。
海月が望むことなら、海月の願いなら、どんなことでも叶えてあげたい、そう思ったのだ。
「分かった!当然だよ。」
「本当に分かった?それだけは絶対約束してね。」
さっきまでの甘い雰囲気から一転して、真に迫るような目でみつめられて、僕は一度だけ首を縦に振った。
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