第55話 力の使い道
屋敷の玄関を開き、和樹たちは踏み込んだ。純和風の豪邸だ。
一瞬、靴を脱いで用意されているスリッパに履き替えそうになったが、そんなことをしている場合ではないし、ここは敵地だ。
土足のまま、和樹たちは上がり込む。
「誰も……出てこないですね」
観月が不思議そうに言った。
正門ではあれほど大勢の魔術師が迎撃に出たのだから、白川家は普段から相当、屋敷の襲撃に気を使っているのだろう。
なのにその魔術師が一人も出てこない。
「エミリアさんはここの住人だったんだから、なにか事情を知りませんか?」
「私はもう元住人です。今は、和樹くんの家の住人ですから。それはともかく、普通だったら警戒していてもおかしくないと思うのですが……」
エミリアも首をかしげている。罠かもしれないが、ともかく進むしかない。
幸い、エミリアが屋敷の構造を熟知している。
「たぶん透子さんたちは地下牢に捕らえられています」
「ありがとう、助かるよ」
「お役に立てているなら嬉しいです」
エミリアはふふっと笑い、一方、観月はジト目でエミリアを睨む。
白川家攻略作戦で、エミリアは最重要人物だ。情報という一番大事なものを持っている。
だから、和樹はエミリアに感謝しているのだけれど――観月はそれに少しヤキモチを焼いているらしい。
意外と嫉妬深いんだな、と和樹は思う。その原因が自分だから、和樹としては悪い気はしない。
観月と恋人になったことで、兄妹のままでは知らなかった一面を知ることができた。それは嬉しいことで、この先も観月のことを知っていきたいと思う。
そのためにも観月たちを狙う白川家を倒さないといけない。
地下牢へと降りていくと――そこには悲惨な光景が広がっていた。
牢は小さな部屋に分かれていて、若く美しい女性たちが牢に囚われている。
一室あたり一人から四人程度で、20代か30代ぐらいの成熟した女性もいれば、10歳程度の幼い少女もいる。だが、いずれも全員裸か、あるいは娼婦のような白い布一枚しか羽織っていなかった。
彼女たちはぐったりと倒れているか、膝を抱えうずくまっているか、あるいはすすり泣いている子もいる。
エミリアが目を伏せた。
「ここは白川家の男たちの慰み者になった女性たちが、監禁されている場所です」
「こ、こんなに大勢……?」
「はい」
よくバレないものだと思う。日本で若い女性が行方不明になれば、大騒動だ。
エミリアも和樹の内心の疑問に気づいたようだった。
「一応、合意の上で来ている女性も多いんです」
「えっ……」
「莫大な借金を抱えさせられたり、家族を人質に取られたり……。それで、女性を脅迫して身を差し出させているわけです」
「それでも犯罪には違わないと思うけれど」
「京都府警には白川家の関係者がたくさんいますから……」
権力でもみ消しているというわけだ。
信じられないけれど、たしかに東三条家にも似たような力はある。
東三条家の親族が京都市議だし、七華族の一つ・鎖小路家は参議院議員も出している。
そう考えれば、白川家の横暴が通っているのも不思議なことではないのかもしれない。
この京都の街は圧倒的に古い歴史を持ち、そしてそれに比例して闇も抱えている。
怨霊の存在もそうだし、七華族の存在も京都の暗部の一つだ。
「逆に言えば、和樹兄さんが七華族の力を使って、そうした闇を正していくこともできるはずです」
観月はそんなことを言い、和樹を上目遣いに見る。
そう。たしかに、和樹はいまや祝園寺家と東三条家を手にした。白川家を倒してその力を手に入れ、西桜木家も味方につければ、七華族の過半数を支配することになる。
もはや和樹は以前の無力なだけの存在ではない。
だからこそ、白川家を倒した後の力の使い方も考える必要がある。
「でも、兄さんはとりあえずは好きな女の子を妊娠させることだけ考えてればいいんですよ」
「み、観月……」
「ふふっ。妊娠させるのは、わたしですよね?」
観月がからかうように言う。西桜木の姉妹をちらりと見ると、香織が「は、ハレンチ! 最低っ!」と顔を真っ赤にしてつぶやき、詩音は「わあっ、兄妹なのにラブラブなんだ」と楽しそうな笑みを浮かべている。
観月はそっと和樹の手を握った。観月は本当に和樹の子供を妊娠したいと思っている。
(でも、観月はまだ15歳で……)
和樹は考えるのをやめた。ともかく、今は透子を助けることに集中しよう。
少女の悲鳴が聞こえたのは、そのときだった。
「いやあああああっ。誰か、助けて……」
それは透子たちのものでなく――白川葵の悲鳴だと和樹もすぐに気づいた。
<あとがき>
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