第54話 怨霊退治

 香織・詩音たち西桜木のグループと合流して、和樹たちは白川の屋敷の奥へと進もうとした。


 この屋敷は東三条の屋敷よりもかなり大きく豪勢だ。単に屋敷が立派なだけでなく、配下の魔術師の数も桁違い。


 倒したはずの魔術師たちが、「ううっ、ぐあああああ」と苦悶の声を上げたのは、そのときだった。

 てっきり、和樹が霊力を強く撃ちすぎて苦しんでいるのかと思ったが、違った。


 ゆらりと不穏な陰が、倒れた男たちから立ち上る。それはおどろおどろしい真っ黒な影だった。


「お、怨霊……!」


 香織と詩音が驚きの声を上げる。男たちには怨霊が取り付いていたようだ。


(怨霊に操られていたのか、それとも怨霊を使って力を強化していたのか……?)


 いずれにしても男たちが倒れ力を失ったことで、怨霊が本体を現したのだとは思う。

 抵抗できない男たちを、怨霊はまるで貪るように襲った。


「ぎゃあああああっ」


 鮮血がほとばしり、男たちは絶命する。「ひっ」と観月が悲鳴を上げて、和樹の服の袖を握った。


「まずい……!」


 いつのまにか和樹たちは怨霊に取り囲まれていた。

 とはいえ、魔術師は本来、怨霊と戦う存在だ。

  

 詩音がふふっと笑い、紙の札を取り出した。いわゆる霊符だ。


「今回も負けたら、和樹くんに合わせる顔がないよね」


 人間相手には活躍できなかった西桜木姉妹も、怨霊たち相手には戦いの場数も踏んでいる。

 詩音、続いて香織が霊符を放つ。

 普通の怨霊であれば、瞬殺だっただろう。


 ところが、怨霊は簡単には倒れなかった。むしろその姿はますます大きくなり、はっきりしてきた。


 香織が焦った表情を浮かべる。


「何なの、こいつ!」


「ね、姉さん。……このままだとまた負けちゃう……」


 詩音も怯えた様子だった。

 怨霊が腕を伸ばし、詩音が悲鳴を上げる。


 和樹はとっさに詩音の前に進み出た。

 そして霊力をこめた右腕を突き出す。


 怨霊の腕と、和樹の腕が激突する。


「兄さん!」「和樹くん!」「先輩!」


 観月、詩音、エミリアがほぼ同時に悲鳴を上げる。三人とも和樹の身を案じてくれているのだ。

 だが――。


 怨霊の腕を跳ね返すことに和樹は成功した。


(観月やエミリア、桜子たちのおかげかな……)


 三人との子作りによって、和樹の霊力はこれまでになく高まっている。


「和樹くん……強いね」


 詩音が感嘆の声を漏らした。観月も「兄さん、もしかしたら最強の魔術師かも……」と驚いている。

 

 だが、それでも今の和樹は、怨霊とはほぼ互角だ。圧倒するには至らない。

 完全に倒し切るには、もう一工夫が必要だった。


 和樹は後ろを振り向いた。


「観月、エミリアさん。協力してほしい」


 二人は「はい、兄さん!」「先輩のためなら、よろこんで」とうなずいた。


「でも、どうするつもりなんです……?」


 観月の問いに、和樹はすぐには答えず、代わりに左手を観月の右手とつないだ。観月が顔を赤くする。


「え、えっと……そ、その……兄さんがわたしを求めてくれるのは嬉しいですが、今はちょっと……他の人もいますし……」


「そ、そうじゃなくて。観月と……エッチなことをしたとき、霊力がつながる感じがあったんだ。だから手をつないでいれば――」


「わたしの霊力も利用できるということですか?」


 観月がなるほど、という顔をした。一方、エミリアは和樹の言葉を待たずに自分の左手を和樹の右手につないでいた。


 そして、くすりと笑う。


「私も先輩とエッチ、しましたもんね? 先輩と私はつながっているんです」


「う、うん……助かるよ」


 和樹がどきまぎしながら言う。数時間前に和樹はエミリアの処女を奪ってしまっていた。

 そんな和樹とエミリアを、観月はジト目で睨んでいた。もちろん手はつないだままだ。


 ともかく、霊力のパスはつながった。二人の強い霊力が流れ込んでくる。観月の静かでいながら熱い霊力、エミリアの激しく情熱的な霊力。


 その両方が和樹を支える。

 怨霊は骨のようなものまで見えてきた。実態に近い怨霊ほど、力と名のある怨霊だ。


 さぞかし古く、高名な怨霊なのだと思う。

 

「……京の鎮護たる祝園寺の魔術師が願い奉る。世を恨みし者よ、静まり給え……!」


 七華族魔術師が怨霊を鎮める呪文。これはかつて、「無能」だった和樹にはまったく使えなかった。

 


(でも、今は――!)


 和樹の詠唱の次の瞬間、あれほど強大だった怨霊はすべて吹き飛んだ。

 

「やった、さすが兄さんです!」「先輩、すごいです……!」


 観月とエミリアが歓声を上げて、二人とも同時に和樹にキスをしようとする。

 だが、二人同時にキスすることはできないし、和樹は両隣から迫られて困ってしまう。


 観月とエミリアがにらみ合う。


「わたしが兄さんの一番なんですよ?」「先輩も新しい方の女の子とキスしたいはずです」


 同学年の二人がばちばち火花を散らしそうになる。屋敷に帰ったらこれがずっと続くのかと思うと、先が思いやられると和樹は感じた。

 だが、今はそれどころではない。


「これで先に進めますね」


 観月もすぐに透子たちの救出という目的を思い出したらしい。

 いよいよ白川の屋敷の奥へと進む。


 あの怨霊がなんだったのか、白川家は怨霊を何に利用しているのか? 


 気になるけれど、ともかくこれからが救出作戦の本番だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る