第20話 他の人はダメです!

 朱里がとんでもないことを言うので、和樹は仰天した。

 そもそも和樹は朱里に見下されていたし、朱里の従妹の透子の婚約者でもある。


 その和樹に、朱里が子供を産ませてほしいとお願いするなんて……。

 朱里は魔術師であることに強いプライドを持っている。だからこそ、霊力の高い後継者を求めているのはわかるけれど……。


「だ、ダメですよ!」


「どうして? あたし、美人だし、そ、それに処女だし……」


「そ、そうなんですか?」


 問い返してから、和樹は「しまった」と思う。朱里はジト目で和樹を睨む

 朱里ほどの美人なら彼氏がいてもおかしくないと思っていたけれど、処女らしい。


「そうよ! 男の人と付き合ったことなんて無いの! こんなに美人で優秀で名門の生まれのあたしが、和樹くんを初めての男に選んであげるんだから感謝しなさい!」


 上から目線だなあ、と和樹は思うが、朱里も強がっているみたいで、顔が真っ赤だ。言葉通り男慣れしていないのだろう。

 ただ、たしかに朱里は美人だけれど、そういう問題ではない。


「あ、朱里さんは俺なんかと、そ、その……子作りなんて嫌じゃないんですか?」


「べつに。もう霊力の高い男はほとんどいないもの。他に選択肢はないから」


「い、いや、そうだとしてもですね。俺は朱里さんと結婚だってできませんよ」


「和樹くんと結婚したいわけじゃないわ。子供さえ産ませてくれればそれでいいの。そうすれば時枝家の復活につながるから……」


 時枝家も没落気味だったはずだ。朱里は霊力の高さを買われて、東三条家に迎えられて養女のように育てられているけれど、本音では実家の時枝家を立て直したいのだろう。

 

 朱里は覚悟を決めたように、和樹にしなだれかかった。そして、その大きな胸を和樹に押し当てる。


「……ダメ?」


「ダメです」


「なら力づくでも……」


 朱里が物騒なことを言い出したが、それを観月が止める。


「朱里さん……和樹兄さんに手を出したら、許しませんから」


「な、なによ? わたしが和樹くんと何をしようと関係ないでしょう?」


「ありますよ。兄さんはわたしの兄さんなんですから。兄さんがかっこよくて、優しくて、兄さんの子供を生みたいという気持ち自体はわかりますが……」


「べ、べつに、霊力のためよ!」


 朱里はツンとした表情で言う。ところが、観月はにっこりと笑ってうなずく。


「それです。兄さんが霊力を使って戦うところカッコよかったんですよ!」


「へえ……」


 朱里も興味を引かれたようだった。朱里の場合、それは純粋な魔術への興味なのだろうけれど。

 観月は「それに……」とちらりと和樹を見る。


「兄さんの子供を生むのは、わたしですから……」


 朱里はびっくりした様子で、「で、でもあなたたち兄妹同士なのに……そんなのいいの?」なんて言う。

 観月は朱里をにらみつける。


「霊力があるからって手のひらを返して、子供を産ませてほしいなんてせがむ女の人に、言われたくありません」


「そ、それは……」


 さすがに朱里も思うところがあったのか、黙ってしまう。

 そこに透子も参戦する。


「だいたい、和樹は私の婚約者なの。朱里姉さんが和樹の子供を生むなんて、そんなハレンチなこと許さないから! もちろん観月も!」


 観月は不満そうな顔で反論しようとしたが、それより先に朱里が口を開く。

 

「ちょっと貸してほしいだけなのに。ダメなの?」


「「ダメです!!」」


 観月と透子が口をそろえて言う。


「兄さんはわたしだけの兄さんなんですから!」


「和樹は私のものなの! 他の女の子を妊娠させるなんてありえない!」


 朱里はたじたじとなって、和樹を振り返る。和樹は苦笑いして、朱里に言う。


「諦めてください。俺も、俺をずっと馬鹿にしてきた朱里さんとそういうことをするつもりはありません」


「そ、そんな……!」


 がっくりと朱里がうなだれる。当然といえば、当然だ。和樹も健全な男子高校生だし、朱里は美人だし、そういうことに興味がないわけではないけれど、さすがにそこまで無節操ではない。


「兄さん」


 いつのまにか、観月が和樹の手を引っ張っていた。

 そして、観月がささやく。


「これからもこういうこと、いっぱいあるかもしれません」


「え?」


「それだけ兄さんは価値のある存在になったんです。きっといろんな人が兄さんのことを必要とします。朱里さんみたいに子供がほしいなんて言う人も……いると思います」


「まさか」


「……わたしのそばにいてくださいね、兄さん?」


 不安そうな観月に、和樹は微笑んだ。


「大丈夫。観月を一人にしたりしないよ」


 観月はうなずくと、嬉しそうに微笑んだ。

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