第9話
みんなの指輪に関する記憶が消えた、ということで、この学校を救った救世主であるハズの羊の働きも無かったことになり(事実上何もしてない、という説もある)、羊はただの遅刻扱いとなってしまった。おかげで放課後のゴミ捨てを命じられてしまった。ちなみに、狼ものハズなのだが、気付いたら居なかった。恐らく脱出用の通路とか言うもので逃げたのだろう。後日全部塞いでやろうと思う。
本来二人で持っていくようの量を一人で一度に持っていくなど羊にはできないので、ゴミ捨て場と教室を三度に分けて往復(何故三度か。一人分と指定されている量が羊からすると重量オーバーだからである)し、あー終わった、と帰ろうとしたところ、
「………………」
ゴミ捨て場に散乱しているゴミたちが非常に気になる。中身がスカスカになっているゴミ袋を見たところ、ここまでゴミ袋を運んできたものの、ゴミ袋が破れて中のゴミが散乱したのだろう。その時気付いたのか、置いて居なくなってから時間経過で破れたのかは分からないが、そのまま放置されている、という感じらしい。
「………………」
まぁ、羊が散らかしたわけでもなし、放っておいても収集の人が集めてくれるだろう、と羊はその場をあとに、
「………………」
あとに……、
「………………」
こういうの、気になっちゃう性格、直した方がいいのかもしれない。何か損しているような気がする。
返そうとした踵をもう一度返し、散乱しているゴミの収集を始める。というかこれ詰めすぎだろ。許容量に対して150%突っ込んでいるような気がする。どうやって口を締めたのだ、これ。おまけに分別している様子も無い。どこの組のゴミだ、これ。どう考えても元の袋に収まらないので、分別し直す意味も込めて二つの袋に分けて収納し直すことに。
そうして、ゴミを片付け直したので、今度こそゴミ捨て場をあとにしようとすると、
ビリリリッ!!(別のゴミ袋が悲鳴を上げる音)
ドサササッ!!(中のゴミが流れ落ちる音)
バタンッ!!(その場に羊が崩れ落ちる音)
何だ? そうまでして僕を帰したくないか。遅刻した僕がそこまで気に食わないか。ああ、そうかい。いいだろう、いいだろう。その喧嘩買ってやる。全員まとめてかかってこい。
どえーいっ! と散らばったゴミを蹴っ飛ばそうとして逆に足を取られてすっ転んでゴミに遊ばれた羊は打った後頭部を半泣きで擦りながら、やけくそ気味に散らばったゴミを片付けることにした。
疲れた……。一個も二個も同じだなんてよく言うが大ウソである。二個なら一個の二倍の時間が掛かるのである。というか、どこの組もゴミを分別しなさすぎである。単純に入れ直すだけなら簡単なのに、分別し直したものだから余計に時間が掛かった。今度どっかでチクってやろう、と羊が心に決めてお疲れ気味に下駄箱の方へと向かっていると、
「先輩?」
一瞬で疲れが吹っ飛ぶ声が聞こえた。
羊が振り向くとそこでは美月が『何してるんです?』という感じで小首を傾げていた。が、それは羊のセリフでもあるので、
「あれ? 何してるの? こんな時間まで」
羊が言うのもおかしな話ではあるが、この時間帯、部活動をやってでも居ない生徒以外は既に帰宅している時間である。何で羊が美月が部活動に入っていないことを知っているのか、については、論点ではないので割愛する。
「ええ、まぁ……」
気まずそうに首筋を掻きながら目を逸らす美月。珍しい反応だな、と羊が思っていると、今の時間帯が放課後であることを思い出した。恐らく、誰かに告白に呼び出されてフってきた後なのだろう。それをバカ正直に伝えるわけにもいかないので、言葉が濁っている、といったところか。
「先輩こそ何を?」
追及を避けるように美月が質問返しをしてきた。事情を察した羊としては追及するつもりは無かったのだが、この話題はこの話題で羊が困る。
「うん、まぁ……」
真似したわけではないが、羊も羊で気まずげに目を逸らす。今の今までゴミと格闘してました、なんて言ったところで返って来る反応はハテナだけだろう。とはいえ、そんな特殊な事情を察してくれるハズもなく、美月は不思議そうに首を傾げていたが、自分も答えなかった手前、その歯切れの悪い回答に追及してくることもなく、
「これから帰るところですか?」
話題を変えてくれたので、羊も乗っかることに。
「うん。今から帰るとこ」
羊が頷きながら言うと、美月も相槌で頷き、
「私もなんです」
ここでサラッと、じゃあ一緒に帰ろうか、とでも言えるのがモテる男なのだろうか。が、羊にそんな起点があるわけもなく、
「ああ、そうなんだ。…………」
そりゃモテないだろうなという感じで、そこで言葉を止めてしまう。いや、確かにモテるわけではないが、その誘い文句が頭を過らなかったわけではない。だが、やけに真っ直ぐ人の目を見てくる美月を見ている(人の目を見て話を聞きなさい、という教えを忠実に守っているに違いない)と、緊張で喉が詰まってしまい、それ以上の言葉を口から絞り出すことができなかった。
「?」
どことなく言葉が途切れたように聞こえたのか、美月は曖昧に微笑んでいただけで、特に続きを促したりはしなかった。当然、美月の方から、『一緒に帰ります?』なんていう夢の提案をしてくれるわけもなく、今から帰る、と言ったその言葉の通り、下駄箱へと二人一緒に向かうことに。
話を盛り上げる時間も無く(時間があったら盛り上げられたのか? と聞かれれば完全黙秘を貫くところだが)、二人は下駄箱へと到着する。下駄箱は学年単位で分かれているため、美月とはここで分かれることに。
せめて『じゃあね』くらい言おうかと思ったが、言う間もなく美月は自分の学年の下駄箱へと小走りで行ってしまった。その背中を寂し気に見送りながら、羊はトボトボと落ち込みながら自分の下駄箱へと向かう。
はぁ……、と羊は自分の上履きと一緒にため息も下駄箱の中へとしまう。一緒に帰るチャンスだったなぁ……、とそのチャンスを逃した、もとい、チャンスに挑まなかった羊は落ち込みつつも、まぁでもどうせ一緒に帰ってもまともに話せないっしょ、駅までの気まずい時間を過ごして嫌われるくらいならこれで良かったって、と自分を無理やり正当化し元気付けながら靴に履き替えて入口へと向かうと、
そこではなんと、美月が待ってくれていた。
誰かお友達をお待ちで? と、都合がいい現実にも関わらず、何故かすぐに現実逃避をしたがる羊だが、羊を見て美月が小さく微笑み、こちらに近付いて来たのを見て、すぐに現実へと引き戻された。
もちろん、そんな深い意味を持って待ってくれていたわけでは無いだろう。羊が思うほど一緒に帰るということを特別視していない可能性だってある。帰るタイミングが同じだから一緒に帰る。きっとそれだけの話だろう。
だけど、羊としてはそんなことはどうでもいい。『一緒に帰らないと不幸になる』という手紙を受け取って嫌々なのだとしてもいい(いや、やっぱりそれはちょっと嫌だが)。美月と一緒に帰れる、そんな些細ではあるが夢にまで見た光景が、今こうして現実になろうとしている。それだけで涙が出るほどに感無量である。
破れたゴミ袋、ゴミの分別をしなかったクラス、ナイス! と羊は心の中だけで盛大に感謝した。
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