羊の夢で恋をする

うたた寝

モテる指輪

第1話

 告白された経験0の悲しき男・羊(よう)は『放課後校舎裏で愛の告白』なんて都市伝説だと思っていた。彼と同じように告白されたことの無い悲しき男が『こんな感じで告白されてみたい』という悲しき妄想から生まれたフィクションなのだと思っていた。


「貴方のことが好きです! 俺と付き合ってくださいっ!」


 ところがどっこい。割とあるということがここ最近判明した。覗き見してきた告白(サイテー、というクレームは今現在受け付けない。論点はそこではないのだ)のうち、20%くらいは校舎裏である。屋上・教室なども校舎裏に負けない人気度。ここまで定番となってしまっている以上、呼び出された段階である程度用件に察しがついてしまいそうなものである。そういう意味では、呼び出しに応じてくれた段階でOKが貰えるかも、と期待してしまっても、まぁ仕方がないのかもしれない。


「ごめんなさい。私他に好きな人が……」


 居て、まで相手に届いていないだろう。『ごめんなさい』の『ご』ぐらいで告白してきた男子生徒は涙を流して去っていったから。

 そんな様子を200メートルくらい離れた空き家の茂みから(不法侵入、というクレームは今現在受け付けない。論点はそこではないのだ)双眼鏡を用いて覗き見していた彼らは、

「おー。またダメだったか」

 羊がどこか安心した表情でそう呟くと、

「まぁ、だろうな」

 横に並んでいる友人・狼(ろう)が『当然だろ』という感じでサラッと酷いことを言う。が、まぁ、確かに。言い分としては分からんでもない。

「これで何人目だっけ?」

「もう数えてないな。刺す場所もいい加減なくなってきたし」

 彼らの足元には砂山、らしきものがある。らしきもの、と濁したのは、一瞬それが砂山かどうかの判断が付かないからだ。砂山の表面には無数の木の小枝が刺さっており、見えている砂の表面の少なさから、むしろ小枝で作ったアートのようにさえ見える。そんな中でも、狼は何とかスペースを見つけて、先ほど散っていった英雄の供養のため、小枝を砂山へと刺す。

 先ほど男子生徒の告白を断った女子生徒・美月(みづき)が入学してから早半年。学年的には彼らの一個下、つまり後輩になるわけなのだが、それでも入学当時、物凄く可愛い子が入ってきた、と話題になり、ほぼ全校生徒の男子が彼女の居る教室へと押し寄せ、その時多くの生徒がその心を奪われた。

 以来止まらない告白ラッシュ。半年経って当初の勢いからは落ち着いてきたが、それでも彼らが確認している限り、告白されていない日、というのを見かけたことはまだ無い。そしてその半年間、難攻不落の城として、彼女はずっと告白を断り続けている。

 彼らが確認できている数だけでこれだ。把握できていないものも含めれば数はさらに増えるだろう。そろそろ全校生徒の男子がフラれるのではないかともっぱらの噂だ。そうなってくると、

「フラれてない人の方が少数なんだから、何かもう好きな人絞り込めそうだもんな。まだフラれてない人の中に居るってことだろ? 好きな人」

「甘いな。この学校に居るとは言っていない」

「あっ」

「おまけにホントに居るかも分からないだろ。フる時の方便かもしれないからな」

「あー、それはまぁ確かにな。好きな人も居ない、付き合ってる人も居ない、だけど付き合えませんは納得してもらいづらそうだもんな」

「経験者みたいに語るじゃん」

「妄想だけどな」

「妄想かよ……」

 狼はかけていた双眼鏡をバッグへとしまうと、

「で? お前はいつフラれに行くんだよ?」

 そもそも、この監視(と言う名の覗き見)を始めたのは、美月が告白に呼び出されたのをたまたま見ていた羊が気が気じゃなさそうにしていたので、狼が『そんなに気になるなら見てくりゃいいじゃねーか』とホントにかるーく言ったことが起因している。まさかホントにこんな覗き見をすることになるとは思いもしなかったが。しかも長期に渡って。

「な、何でフラれるの前提なんだよ」

「おっ、ってことは勝算あるのか?」

「甘いな。告白しなければフラれない」

「後ろ向きにポジティブだな……。好きなんじゃねーの?」

 というか、好きでもない人の恋愛事情をこんなに一生懸命追っているのであれば、それはそれで怖すぎる。まぁ、好きだからと言って告白の可否を監視してていいことにはならない気がしないでもないが。恋は盲目、ということにでもしておこうか。

「好きだけどさぁ……。高嶺の花過ぎてなぁ……。フラれるって分かってて告白しに行く勇気は無いなぁ……」

「フラれることに関してだけは自信あるのな」

「そりゃ好かれるようなこと何もしてないからね。僕の顔や名前を認識してもらっているのかも怪しいよ」

 学年も違ければ、部活も違う。ご近所さんなんていう都合のいい設定も無い。そんな学校の生徒同士が恋愛対象へと発展させることなど難しい。じゃあアピールの一つでもしてこいよ、と狼は思うのだが、全く接点の無い先輩男子が急にアピールに来たら怖くない? という言い訳とも取れるような羊の言い分に、まぁ確かに逆の立場だったら怖いな、と狼も納得はした。

 じゃあ一生付き合えないじゃん、という意見もある。それはその通り。最低限、相手に認識してもらっていないのであれば、恋愛に発展させるのは無理だろう。相手に怖い、と思われるかも、というところまでに頭が回っていたのかは定かではないが、それでも相手の懐に飛び込んで行ってフラれた者にだけ、この砂山に小枝を刺してもらう権利がある。

 恐らくだが、羊は両想いになりたいわけではないのだろう。付き合えたらあれこれしたいなー、という妄想を繰り広げているのが楽しい、といったところか。告白してフラれてしまえば、この妄想が終わってしまう。美月が誰かの告白をOKしても同様だ。そして、妄想の終わりは羊の失恋を意味している。楽しいだけの夢が終わってしまうのが怖くて、終わらないよう祈りながら失恋しない片想いを続けているのだろう。

 意気地なし、と言う人も居るだろう。まぁ確かに、意気地があるとは言えまい。ただ、友人としてはそこに文句をつけるつもりはない。人様の恋愛の在り方に口を挟むつもりもない。だが、単純に気になることが一つ。

「そんな接点の無い人間を何で好きになったわけ? 一目惚れ?」

 接点が無いのであれば、必然的に好きになったタイミングも無いような気がする。一目惚れのように一方的に見て、一方的に好きになった、ということか。

 深く考えず、何気なく聞いた質問だったのだが、これが地雷だったと狼はすぐに理解した。

「あっ、気になる? 気になる? 気になっちゃう? え~、でも話すと長くなるんだよね~」

 長くなる、と言いつつ、話したそうな気配ムンムンである。友達が話したそうにしているのだ。もちろん、友人としての答えなど一つである。

「じゃあいいや」

 狼としてはちょっと気になっただけだ。こんな乙女みたいな顔をしてくねくね体をよじっている気持ち悪い男子生徒から話を、しかも長い話を聞いてまで知りたいものではない。

 が、狼が帰り支度をしていると、背後から腰にガシッ! と抱き着かれ、

「短く話すからぜひ聞いて」

 すがるような顔で見つめてきたので、狼はため息一つで諦めて、

「話したいのな……。まぁ短いなら聞いてやるが」

「ありがとう。あれは僕が……、」

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