異世界へようこそ(Bパート)
※FDVR:フルダイブバーチャルリアリティのこと。仮想空間(VR)に五感を接続し、まるで本当に自身が仮想空間に存在しているかのように感じられる。
ついに配信が開始された話題のFDVRゲーム『異世界へようこそ』の最大のウリは、ゲームなのにゲームだと思わせない特殊技術にある。
このゲームをプレイしている間、プレイヤーは本当に異世界に転移したのだと錯覚させられるため、真に異世界の住人として生きていくことができるのだ。
これまでのゲームにはない『本当の異世界転生』を体験できるゲームとして、業界を賑わせている注目作。しかも『基本プレイ無料』というのだからスゴい。
僕はFDVR用のヘッドセットを装着して、予めダウンロードしておいたゲーム『異世界へようこそ』を起動させる。壮大なオープニングを楽しんだ後、僕は女神様の元に呼び出された。
今のところ『ゲームをしている』と認識できているし、現実の記憶もしっかりとある。
「さあ。ここから先は剣と魔法の世界。あなたは自身の力でこの世界を生き抜いていかなくてはなりません。これは私からのささやかな餞別です」
女神から渡されたバックパックには、薬草が3つと地図が入っていた。
謙遜でもなんでもなく、本当にささやかだった。
「もっとアイテムが欲しい。そんな顔をしていますね?」
不満に思った僕の感情をシステムが察知したのか、それとも誰もがこんな反応になると見越して予めセリフを設定しておいたのか、女神はそんなことを言って中空にオプションカタログを表示した。
【装備 ▼】
【消耗品 ▼】
【スキル ▼】
【魔法 ▼】
色んなものが手に入る。
ただしどれも個別課金だ。それほど高いものではないけれど、なるべく『無課金』で楽しみたい僕は全てのオプションを閉じた。
「必要ありません」
僕は訪問セールスを断る母のようにキッパリと、女神の課金コンテンツ営業をお断りし、薬草と地図だけを持って新しい世界へと旅立った。
――1日目終了後
「ヤッバ。なにも出来なかった。マジか。スライム一匹も倒せなかったんだけど」
ゲームの世界で眠りにつくと、自動的にログアウトする仕組みになっている。
街の片隅で野宿した僕は、最弱モンスターすら倒せない無力感と共に現実へと戻ってきた。
『基本プレイ無料』恐るべし。無課金ではまともにゲームできない仕組みになっていた。
きっとネットも荒れているに違いない。
そう思って検索したのだけど、僕のような反応をしている者はごく一部のようだ。
不思議に思って調べていくと、どうやらモンスターにはそれぞれ攻略法があるらしく、ちょっと時間をかければ無課金でも十分倒せるらしい。
しかし、現実で攻略法を調べていっても、ゲームの世界では覚えていないのだからどうしようもない。別にプロゲーマーでもなんでもない僕では、スライムを倒せるようになるまでに一体どれほどのプレイ時間を要求されるのやら……。
僕はもう一度ヘッドセットをつけてゲームにログインする。
再び女神様の元へと呼び出された僕は、今度は迷うことなく【装備 ▼】のタブを開いた。
『鋼の装備一式:¥100』
まあ、これくらいならいいだろう。たったの100円だ。
この程度で金額で、FDVRゲームが遊び放題だと考えればむしろリーズナブル。
僕は鋼の装備を身にまとい、再びゲームの世界へと飛び込んだ。
――2日目終了後
「死んだあああああ!!」
まさか、こんな序盤でゲームオーバーになるとは思わなかった。
スライムまでは問題無かったんだ。でも次に出てきた蜂に瞬殺されるって、レベル設計がハードすぎません?
僕はネットの攻略サイトを渡り歩き、最もコスパの良い課金コンテンツがどれかを調べた。
まずは近接系の装備よりも魔法を買え、という意見が多いようだ。
『武器は経験者でもない限りまともに扱えない。だけど魔法ならゲーム側で命中補正もかけてくれるから比較的初心者でも扱いやすい』
なるほど。これは一理ある。
僕に剣道の経験などない。鋼の剣を振り回したところで素人剣術だ。
動きの遅いスライム程度ならまだしも、空中を素早く動く巨大蜂が相手では命中させることも容易ではない、ということか。
そんなところまでリアリティを追及しなくても、魔法と同じように近接武器にも命中補正をつけてくれればいいのに……。
僕はアプリのレビュー欄に運営へのアドバイスを長文で書き込んで、再びゲームにログインした。
本日3回目の女神様。
僕は【魔法 ▼】のタブを開き、WEBサイトで得たオススメの課金コンテンツを探して購入する。
スタートダッシュセールのおかげで、攻撃魔法、補助魔法、回復魔法、状態異常魔法、全部あわせて4,000円。
新作のコンソールゲームを買うのに比べたらお安いものだ。
僕は今度こそ十全に準備を整えて、再びゲームの世界へと飛び込んだ。
この先も僕は『異世界へようこそ』に課金を続けることになるわけだが……それはまた別の話だ。
【Bパート 了】
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