エリカお婆ちゃんの異世界転生記

@Sakura-shougen

第一章 冒険の始まり

第1話 プロローグ

 2048年3月3日午後5時57分、都内某所の病院で小日向こひなた絵里香えりかは大勢の親族・知人に看取られながら眠るように大往生を遂げた。

 享年97歳であった。


 絵里香は1950年5月11日に京都市内の老舗呉服店の三女として生まれた。

 所謂いわゆる団塊の世代であり、兄弟姉妹は七人もいる。


 その兄弟姉妹は、いずれも既に鬼籍に入っている。

 絵里香も晩年兄弟姉妹と同じく悪性の白血病が発症し、本人の希望でホスピスに入り、大量の薬剤投与を受けながら安らかな死を迎えたのである。


 絵里香は京大医学部を卒業してから、優秀な外科医として現業部門で働き、40年後に迎えた定年後も、その技量を認められて非常勤の嘱託医師として暫くは医業に携わっていたのである。

 夫の小日向正樹まさきは11年前に86歳で先立っていた。


 正樹とは大学時代の同級生となってからの恋仲であり、共に米国留学を兼ねたインターンシップを終え、1977年に結婚し、60年間夫婦であった。

 正樹は呼吸器内科医、絵里香は総合外科医であって、ともに東京都立病院に勤務していた所為もあって、医療界でも珍しい鴛鴦おしどり夫婦として良く知られていたのである。


 絵里香には子供が三人、孫が八人、曾孫ひまごが十九人もいた。

 従兄弟姉妹いとこも既に他界しているが、甥姪おいめいは無論のこと甥姪の子である姪孫てっそんやその子孫の類はかなりの数に上る。


 絵里香は生前面倒見が良かったので、それら比較的遠い親族にも「エリカばあちゃん」として慕われていたのである。

 絵里香は百年近い人生に未練はなかった。


 やりたいことを全てやり終えたわけではないが、少なくともその時々で為すべきことは全てやり終えたという満足感があったからである。

 絵里香は親類縁者に看取られながら息を引き取ったことを自覚していた。


 暗闇に意識を奪われた次の瞬間、絵里香はなぜかもう一度意識を保っていた。

 自分の手足は感じられないし、見ることもできないが、自分が「そこに在る」ことはわかっていた。


 絵里香が知覚できるのは、雲海の中にいるのではと思う様な明るい灰色のみである。

 不意に声が届いたような気がした。


『小日向絵里香さん、あなたはたった今亡くなりました。

 ここは現世を離れた仮の狭間はざまです。

 私はアリシア。

 貴女達の言う神に近い存在です。

 貴女はこれから新たな輪廻の世界に送られますが、貴方の凡そ50年に及ぶ医療活動の結果3万余の瀕死患者の命を救い、50万余の傷病者を癒した功績により、特典として貴女の輪廻転生先その他を自らの意志により選ぶことができます。

 特典の実行を希望しますか?』


 声ではないのかもしれない。

 SF小説の中に出てくるテレパシーのようなものなのだろうけれど、内容が凄く明瞭に伝わってくる。


 絵里香もまた声ではなく自らの意志で直接に答えていた。


『もし叶うのならば、夫である正樹が転生した先に行きたいのですが、それはできますか?』


 顔が見えるわけではないのだが、神に近い存在は少し微笑んだような気がする。


『未だに旦那様をいとしんでいらっしゃるのですね。

 叶うならば貴女の希望に沿うようにして差し上げたいのですが、あいにくと10年という歳月が貴女方の存在を離れさせてしまいました。

 私ですら従わねばならない創生のことわりにより、今の貴女を正樹さんの転生先には送ることができないのです。

 せめて13か月前でしたならかろうじて間に合ったのですけれど・・・。

 今では私の力が及びません。』


 その返事を聞いて、絵里香は明らかに失望の色を隠しもしない。


『そうですか・・・。

 じゃぁ、仕方がないですね。

 それならば、私に特段の希望はございません。』


 今度は少し狼狽えたような雰囲気が絵里香に届いた。


『えっ、希望がないのですか?

 だって、特典なのですよ。

 五億人から八億人に一人ほどの確率でしか与えられない非常に稀な特典なのですよ。

 貴女が希望すれば、ありとあらゆる栄華は思うがままなんですよ。』


『栄華なんて、特に望みません。

 ごく普通に生きられれば何でも宜しいのです。』


『あの、・・・。

 前世でやり残したようなことはありませんか?』


『そうですね、やりたいことは色々ありましたけれど、私のできることは全てやり通せたように思いますから、その意味でやり残したことはないと思います。』


『でもやりたかったことで時間が無くてできなかったことなどはあるのですね?』


『確かに貴方の言う通りですが、全てのやりたかったことが叶うとしても百年足らずの寿命では限度がありますでしょう?』


『その通りですが、例えば百年ではなく千年或いは二千年の寿命があるとすれば如何ですか?』


『千年?

 うーん、そんなに長いと流石に人生に疲れるんじゃないかしら・・・。

 それと仮に疲れないとしても、人間の欲って際限がないから、千年でも不足するかもね。』


『絵里香さんがお望みならば別の長寿の種族に転生することも可能なのですよ。』


『長寿の種族って・・・・。

 千年を超えるようなものとすれば、植物なら長寿もあるけれど・・・。

 ひょっとして地球ではない?』


『はい、「転生」はそもそも元居た世界とは異なる世界に転生させることになっています。

 ですから絵里香さんが転生する先は前世の地球ではありません。

 さらに言えば地球が存在する時空間とは全く別の時空にある世界になります。』


『おやまぁ、孫や曾孫たちが良く言っていたラノベやゲームの世界なのですね?』


『はい、それに近いですが、ゲームの世界の様に安易ではありません。

 ゲームでしたら失敗しても何度でもやり直しがききますけれど、現実の世界ですから簡単に死んでしまうこともままあります。』


『それは、ひょっとして病気なのかしら?』


『病気もありますし、戦争や事故もあります。

 さらには天変地異や別の生き物に襲われるというのもありますね。』


『あらあら、行き先は少なくとも天国ではなさそうねぇ。

 私なんかが生きて行けるところなのかしら?』


『そのためにも事前に貴女の希望を聞いて、特典で、できる限りのことを叶えておきたいのです。』


『わかりました。あなたを困らせても仕方が無いものね。

 で、どうすればいいのかしら?』


『では、貴女が行きたいと思われる世界を最初に選びましょうか。

 無数にありますからその中から選ぶのも大変なのですが、大枠で時代を決めてしまいましょう。

 一つには原始時代に近い古代があります。

 地球で言えば青銅器文明の走りぐらいでしょうね。

 次いで中世時代これは12世紀から15世紀程度の欧州の文明を思い浮かべればよいでしょう。

 その次が近代でしょうか。

 概ね第一次大戦前後を思い浮かべればいいでしょうけれど、群雄割拠でどこも領土や権益をめぐって国家間や種族間の戦が激しいですね。

 そうして貴方が生きた後半の時代、20世紀末から21世紀初頭にかけての文明に近い世界、残念ながらここでも種族間やイデオロギーによる闘争が絶えません。

 更にその先の未来世界は宇宙の開拓時代ですね。

 異星種族との遭遇に伴う混乱期でもありますので、ここでも生存をかけた戦がしばしばありますね。

 大枠では以上の五つなのですが、どの時代を選びますか?』


『うーん、古代はちょっと大変そうね。

 生活に必要な品物の入手に困りそうだわ。

 それから未来もちょっとどうかしらね。

 団塊の世代に生まれた私は、地球でも色々と時代遅れだったのに、遙か未来の世界に飛ばされた日にはとても追いついて行けそうにないわね。

 だから、最初と最後は除くのだけれど、話を聞く限りどの時代も戦が多そうね。

 戦が無いか若しくは少ない世界とかは無いのですか?』


『短期的には戦争のない期間はありますけれど、いずれの世界であっても戦争と戦争の間がつかの間の平和なのです。

 そこに例外はありません。』


『その中でも特に少ないところはありませんの?』


『例えば、食糧不足や環境問題の悪化などの理由で特に戦が少ない世界はありますけれど、そのような世界は滅亡に瀕しておりますね。

 逆に生き残りをかけた個体間の闘いが頻発しています。

 仮にその世界を救えることができるならば、いずれまた勢力間の戦は始まるでしょう。

 戦の少ない世界にはそれなりの大きな問題があるのです。』


『そう、・・・・。

 仕方がないわねぇ。

 何処に行っても戦が付きまとうのは困るのだけれど・・・。

 でもそれならば近代と現代は除きましょう。

 毒物や病原菌を戦争に使う様な勢力が現れるのはその頃なのです。

 医学知識があってもそれらに対抗するのは難しいですから、せめてそんなことのない中世にいたしましょう。

 その時代ならば、私の医学知識も色々と役立てることができるかもしれませんから・・・。

 あ、でも、私の知識は転生先の世界に持って行けるのかしら?』


『はい、特典により生前の記憶を転生先に持ち越すことは可能です。

 勿論、お望みであればそうした記憶を取捨選択して消去することも全部消去することも可能です。』


『できれば残してくださいな。

 思い出はあった方がいいですもの。』


『わかりました。

 では生前の記憶はそのまま転生先に持ち越すということにいたします。』


『そういえば、孫や曾孫たちが常々見ているようなラノベや良く遊んでいるゲームなどでは、魔法が使われていたり、魔物が出てきたりするようなのですが、転生先の世界にもそのようなものがあるのですか?』


『科学文明が進んだ未来の世界では野生の魔物はほぼ絶滅していますね。

 魔法は、いずれの時代でも存在する場合が多いようですが、お望みであれば魔法のない世界への転生も可能でございますが、余りお勧めはいたしません。

 往々にして魔法は生活に大いに寄与している場合が多く、魔法がない世界は例外なく不便なのです。』


『その魔法というものは私にも使えるものなのでしょうか?』


『設定次第で、使えるようにすることも使えないようにすることも可能です。

 貴方の場合は特典により、魔法のない世界にただ一人魔法を使える存在として転生させることも可能ですよ。』


『おやおや、・・・。

 魔法が生活向上に役立つならば必要と思いますけれど、・・・。

 でも、私は余り目立つような存在にはなりたくないわね。

 どちらかと言えば、平均よりも少しマシな程度の能力があればいいと思うのですよ。

 ですから、魔法についてはそのように計らっていただけますか?』


『わかりました。

 貴方の魔法力については、その世界の平均的な能力よりも少し多めにいたしましょう。

 但し、それだけでは暴漢や魔物の襲撃には耐えられないかもしれません。

 身体の頑健がんけんさについては如何しましょうか?』


『身体の頑健さですか?

 それもその世界の平均値よりも少しマシな程度で差し支え無いのじゃないでしょうか。

 但し、病弱は困ります。

 常に健康ではありたいですね。』


『わかりました。

 貴方の身体については、平均的な強さよりもやや上のレベルで、しかも常に健康体であるようにいたしましょう。

 転生先の身体についてですが、年齢、性別については如何でしょう。』


『性別は、今更男性に変わるつもりはありませんから、女性のままでお願いします。

 年齢も選べるのですか?」


『はい、出産直後の0歳児から選べます。』


『もう一度赤子からスタートと言うのも困るわねぇ。

 出来れば成人にお願いします。』


『体形とか容貌とかは如何しましょうか?』


『うーん、体形は特段の希望はありませんけれど、平均的な容貌で、ちょっと目には美人と思えるようなのがいいかしらね。

 絶世の美人である必要はありません。

 そういうのは、騒乱や災いの元でしょうからね。』


『先ほど伺った限りでは、寿命は長い方が宜しいのではないかと思われますけれど、如何しましょうか?』


『あまり長いのもねぇ・・・・。

 100年以上千年未満ぐらいで、できれば老化が目立たない方が望ましいわね。』


『エルフ族とヒト族との間に生まれたハーフエルフという種族は、概ね寿命が500年ほどであり、成人に達してから後は四百有余年にわたり老化が目立ちませんのでこちらで如何でしょう?』


『400年・・・。

 ひょっとして長過ぎかしら・・・。

 でも長生きするならできるだけ若いママが良いわね。

 少しわがままかもしれないけれど、それでお願いします。

 向こうの世界での生活をするに際しての常識とか言葉とかはどうなりますか?』


『言葉については当該世界の言語を理解できるような能力が付与されます。

 生活や習慣についての常識は、当座はガイドのための妖精が貴女に付いて助言をします。

 ガイド妖精は余人にはその姿が見えませんし、会話は全て念話により行います。

 必要な際にはガイド妖精に聞いてください。

 では、小日向さんのご要望に沿って初期設定を済ませましたので、向こうの世界に送りますね。

 向こうの世界で目覚めたなら、太陽のある方向に向かって道なりに進めば、人の住む街に辿り着くことができます。

 ではどうぞ、転生で素晴らしき人生をお楽しみください。』


 次の瞬間、絵里香は時空を超えて異世界に送り込まれ、狭間の世界から意識存在が消えていた。

 そうして残ったアリシアが独り言をつぶやいた。


「あら、オートで能力選定をしちゃったけれど・・・。

 人型全種族の平均値よりもかなり上方に設定されちゃたわねぇ・・・・。

 あれぇ、ひょっとして、これってちょっとまずったかしら。

 でもこの設定が可能になったということは、転生システムが承認しているのだから、私のミスではないわよね。

 うん、ほかにも仕事があるし、このことはもう忘れてしまいましょ。」


 アリシアのちょっとしたミスにより、絵里香は最弱のスライムから最強のエンシェントドラゴンまでの平均値が付与されてしまったようです。

 この能力値では、絵里香が転生したハーフエルフの平均的能力に比べるとほぼ千倍程度の数値になってしまうのです。


 こうして異世界に稀なチート能力を有するハーフエルフの女性が爆誕してしまったのです。


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 12月11日、一部の字句修正を行いました。

   By @Sakura-shougen


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