第36話 捜査依頼
第一段階となる捜査だが、腹さえ括れば然程難しくはない、とアネリナは踏んでいた。
翌日、リチェルとヴィトラウシス同席の元、クトゥラを呼んでもらうことにする。
「ええっと、何でしょう、話って」
同席しているアネリナ以外の二人を気にしてか、クトゥラの口調は少し硬い。
(星神殿における身分的には、わたくしが一番高い……ということになるはずですが。ううむ。気を許してもらえていると喜ぶべきか、威厳がないと嘆くべきか。微妙ですね)
「建国祭における、貴方の務めの話です」
「あ、ハイ」
建国祭まで半月を切っている。納得の表情でクトゥラはうなずいた。――が。
「というのを建前に連絡を自然に取り合いまして、実は貴方に頼みがあります」
「建前なんだ!? いや、元々建前しか存在してないやつだけど! でも一応、何かはするんですよね? そっちは大丈夫なんですか? ぶっつけとかはさすがに……」
「神具を渡してもらうあたりが妥当でしょうか。予行で練習をする必要性にはわたくしも同意します」
とはいえ、アネリナが行う儀式はクトゥラと同じくただのパフォーマンス。実際に効果を持つのはヴィトラウシスが行う儀式だけである。
それらしく見えれば問題ない。
「内々で話し合いをした結果、闇の帳とやらを作り出している連中を探し出すことにしました」
「ってことは」
「ただ、今の星神殿には力がありません。闇の帳を取り払ったとて、わたくしが星の導きを受け取れる保証もない」
保証がないどころか、アネリナは星の血族ではないので確実に無理である。
本物であるヴィトラウシス曰く、男性は星の声を聞く力が弱いとのことなので、むしろ成果は絶望的だと言っていい。
「ですが無辜の民が何者かの悪意によって脅かされているのは、看過してよいことではない」
「……はい。看過してきている僕がうなずくのも無責任ですけど」
「組織を相手に、個人では太刀打ちなどできません。気に病むなとは言いませんが、思い詰め過ぎないように」
身を護るために目を背けてきたとはいえ、気にしていなかったはずがない。アネリナに伝え、訴え、助けを求めたのは他でもないクトゥラなのだから。
「現状、正面切って争うのは難しいと言わざるを得ません。ですので、貴方に頼みがあります」
「噂段階の話じゃなくて、現行の協力者を探って来いってことですね?」
「そうです。以前聞いた話によれば、貴方は姿を変えられるのですよね? その力があれば、万が一露見しても逃げることも可能かと」
正確には昨日聞いた話だが、そこを口にするのはヴィトラウシスとリチェルの反応が気になる。
やや不自然に誤魔化したが、昨日も以前には変わりないので、嘘だけはついていない。
「変えられるっていうか……。実は僕も自分の姿とか知らないんですよ。ハハ」
「ああ、貴方、淫魔なのですね」
納得した様子でリチェルはうなずく。
「食事をするなとは言えませんが、程度は弁える様に。問題が起こったら、さすがに追放します」
「分かってますってー。一部の奴だけですよ、そーゆーことするの。人族だって精霊族だって獣人族だって、加減を知らない、欲望に負ける理性の敗北者はいるでしょう? できるのとやるのとには天と地ほどの差があります」
「……えっと? 話しがよく見えないのですが」
意図的に話の中心が濁されているせいで、内容がよく分からないことになっている。
首をかしげて説明を求めたアネリナに、他の三人が揃って首を横に振った。
「今は気にするな。リチェル、後でユリアに説明してやってくれ」
「承知いたしました」
「ちょっとだけ、人族とはエネルギーの摂り方が違うってだけですよー」
「……はあ」
人族は民族が違ってもその在り様に大した差はないが、魔族や精霊族は個人レベルで大きな差があるのも普通だ。
種族が違えば尚のこと。言われた通り、気にする必要もないだろう。
「では話を戻しますが――。どうでしょう。引き受けてもらえますか」
「やります。任せてください」
即答だ。
「感謝します。ですが、無茶はしないようにお願いします」
むしろその速さが気になって、釘を刺しておく。
(どうもクトゥラ殿は、ご自分で言うよりもずっと誇り高い方のようですから)
目的を果たすために、無謀な一歩を踏み出してしまわないかが心配になる。
「大丈夫ですって。我が身は可愛いんで、無茶はしません」
「そうしてください。貴方が今星神殿の所属にあることは、少し調べればすぐに分かります。ご自分の身が自分だけのものでないことを、肝に銘じてくださいね」
クトゥラ自身への心配だけではどうにも心許ないと思い直し、もう少し範囲を広げた影響の話をする。
(こう言っておけば、本当の目的に達せなくなりそうな危うい行いは慎むでしょう)
個人よりも組織や大局を優先した言い回しを、あえて選んだ。
冷淡だと思われようが、実が叶うならばそれでいい。
言われたクトゥラは、少しだけ困ったような笑みを浮かべる。
「気を付けます。でも、もし僕が下手を打ったときはちゃんと見捨ててくださいね」
見透かされているようだ。
「分かっているのなら、させないようにしてください」
クトゥラの言う下手を打ったとき一――相手に捕まって目的が知られたときは、星神殿は何が何でも知らぬ存ぜぬを付き通すべきだ。
利で計れば、自明。しかし感情は別である。
(クトゥラ殿を――いえ、他の誰であろうとも同じ。必要があるからと切り捨てることを選びたくない)
ニンスターにはアネリナを救う程の力はなかったが、それでも、必死に抵抗はした。
アネリナの環境を少しでも良くすることを星占殿は喜ばなかったはずなので、きっと国は――両親は苦心をして様々な届け物を押し通したのだろう。
それがとても、嬉しかった。
心を寄せて支えてくれた多くの人のおかげで、アネリナは精神を保てた。
その経験が今のアネリナを形作っているからこそ。
(そう思っているわたくしです。するべきときにできるか、自信がない)
迷っている時点で、答えは出ているとも言える。
「そういう聖女様が理想だし、だからこそ賭けてみたいって思ってるんですけど。現実的には困る部分もあって、複雑ですね……」
「物事には良い面と悪い面が、必ず両方あるものですからね。要はどちらが好きかというだけの話です」
「そう言われたら降参です。理想がいいに決まってるじゃないですか」
行動の後押しをした理由そのものだ。クトゥラの答えは初めから決まっている。
「結構。では、よくよく気を付けて、無茶はしないように」
「了解です」
神妙な様子でクトゥラはうなずく。――ただし、目は和んでいたが。
「ユリア様も気を付けて。偵察に送った奴が帰って来なかったんだから、少なくとも見張られてはいるはずです」
「留意しておきます」
以前よりも警備は強化されているが、足りないかもしれない。実際、クトゥラは軽々と侵入を果たしたので。
あとで、ヴィトラウシスやリチェルと相談する必要があるだろう。
(何にせよ、まずは一歩)
その一歩が掴みたい未来の方向へ正しく歩み出していることを、口にも顔にも出さないようにして、切に願った。
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