第31話 自然が語る言葉

「だから、儀式を行ってもらう。水の側から離れれば、一先ず人の被害は出ない」

「儀式……?」

「ただの口実だ。村から少し離れた所にまで、村人を連れ出すための。アッシュ、数日中には雨が降るんだろう?」

「あー、ちょっと待て」


 ヴィトラウシスの問いには即答せず、アッシュは地面に屈み込む。適当な石を拾い、土に直接、図形を描いていく。

 アッシュがそれを描き上げ、末尾に手の平を置いて、数秒。図形をなぞるように青い光が走り、最後にアッシュの手を通過して、消えた。


「正確には五日後の十時からだな」

「今のは、どういう魔法なのです?」

「この辺の水と風に聞いた。風はともかく、水がちょっとな……。土に仲介してもらったから、少し間ぁ空いただろ?」

「……そうですか」


 水や風に直接聞く、という感覚が分からなかったため、アネリナの反応はやや曖昧になった。


(星の声を聞くのも、同じようなものでしょうか)


 存外、人族よりも獣人族や精霊族の方が星に近しくなれるのでは――と思うのは、アネリナがそれぞれに詳しくないせいだろうか。


「助かる。では、すぐに帝都に戻って始めよう」

「儀式のために集まってもらう場所は、どこにするのです?」

「星神殿だ。二日ほど泊まってもらえれば充分なはずだな」


 星神殿は広い。数十人を受け入れるだけの容量は余裕である。

 こういった必要なときに、まとまった人数を受け入れることを初めから考慮されている証だ。


「同時に神官をラーミ山林に派遣して、こちらでも儀式を行う――ということにする」


 そうしてどのような被害が出ても、あるいは出なくても、星神殿が行った儀式によって災禍は軽減された、ということにする。


「……若干、心が痛みますね」


 嘘なのを知っている側からすれば、良心の呵責を抱くのも無理からぬことと言えるだろう。


「すまないが、飲み込んでもらう。民を護るためにも、星神殿の権威を落とすつもりはない」

「理解できます。反対するつもりはありません」


 必要がなかった場合は、村人の暮らしをただ邪魔するだけになる。

 とはいえ無意味かもしれないのを承知で、避難勧告を出すつもりだったアネリナだ。結果は同じだと言える。

 誠実さという点では差があるが、立場の利害を踏まえれば受け入れられる。


(わたくしが偽者でしかない以上、嘘でしか護れないのは……受け止めなくては)

「早速取りかかろう。あまり時間の猶予はない」

「村人の移動手段は、星神殿が手配してやるべきだろうな。いきなり帝都に行けっつわれても、村の連中は困るぞ」

「勿論だ。今日は話をして、支度を整えてもらうよう要請して、私たちは一度帝都に戻ろう」


 用件は済んだ。そして新たにやるべきことができた。留まる理由はない。


「異論ありません。では、下りるとしましょう」

「あ、いや。少し待ってくれ」

「?」


 言うなり山を下るべく歩き出そうとしたアネリナを止めたのは、時間がないと言った当人であるヴィトラウシス。

 きょとんとして振り向くと、彼は気まずそうに目を泳がせつつ。


「休まなくて大丈夫か……と言いたいところだが、これは卑怯な上、期待した答えは返って来ないのだろうな。すまない。少し休ませてくれ」

「……これは、失礼を」


 決してアネリナが悪いわけではないのだが。

 申し訳ない気分になりつつ、ヴィトラウシスに謝罪した。




 休憩を挟んで山を下り、ヴィトラウシスは村の中へと話をしに向かって行った。

 あまり人に姿を見られたくないアネリナは、離れた場所で待機である。


「姫さん、本当に疲れてないか?」

「多少なりと疲れていますよ、勿論。動けないほどではないですが」


 何しろ、人生初の山登りだ。この十七年間で一度も命じられたことのない動きを求められた全身の筋肉が、ビシビシと強張っているのが感じられる。


「そーか。……あァ、やっぱ魔力使ってんだな。自覚あるか?」

「山を下りる際、ユディアスの言葉を聞いてから意識しました」


 さすがに、純粋な体力でヴィトラウシスに勝るとはアネリナも考えなかった。

 しかし体の疲労度に嘘はない。ならばと、自分の体に宿る魔力を意識してみたのだ。

 アネリナの魔力は本人が意図せぬまま、体を巡って体の動きを助けていた。

 あまりに自然で気が付かなかったのは、アネリナがずっと昔からそれを行ってきたからに他ならない。

 そして意識をしてみれば、より明確に、魔力は肉体を助けてくれた。


「やはり、これがわたくしに宿る魔法なのでしょうか」

「多分、そうだな。……姫さんの魔力が高いのは、子どもの頃から四六時中使ってて、鍛えられてるせいかもしれねー」

「生きようとする本能の強さを、垣間見ましたね」

「ま、分かったなら丁度良かった。安全な部屋に戻ったら、一回魔力で体を補助すんのを止めてみた方がいい」

「駄目ですか?」


 おそらく、アネリナの体は無意識に使っていた魔力によってかなり助けられている。解いた途端、動けなくなるのではという恐れさえあった。


「自分の本当の状態は、知っとかねーと危ねえからな」

「……分かりました」


 そう言われれば、納得してうなずけた。


「つっても、使うなって意味じゃねえからな? 回復させるにしたって、補助受けながらやった方が効率的だったりするだろうし」


 実際、アネリナの体は魔力補助がある状態のままで力を取り戻してきた。

 魔力の助けを使いながら体を整え直しても、何ら問題はないのである。


「ほっとしました。ふむ。しかし病弱を演出するときは、魔力を使わずにいた方が自然でいいかもしれませんね」

「それはもう、演出じゃなくて事実だろ」

「確かに」


 素の状態になったのだと考えれば、アッシュが正しい。

 束の間の空白時間を、アッシュと語りながらヴィトラウシスを待つこと数十分。重たい馬車の音が村の方から近寄ってきて、アネリナたちは音のした方へと顔を向ける。

 この旅でずっと世話になっている馬車の御者台には、エイディールではなくヴィトラウシスが座っていた。


「待たせた。戻ろう」

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