変態の耐えられない重さ

石濱ウミ

第1話 変態恋愛マスターは妄想がお好き



 この物語は、幼馴染に究極の変態……じゃなかった偏愛を注ぐ一人の男の高校時代性春時代の話である。

 



「…………」


 今朝、いつものように幼馴染の少女の背後を、ねっとりと熱心に見つめながら同じ学校へと向かう朝永ともなが ゆうには現在、気掛かりなことが二つあった。

 

 一つ目は、目の前の幼馴染のお尻である。


 いや、正しくは見えそうで見えないけれどチラチラ歩くたびにチョット見える気がしないでもない、お尻、である。

 なぜなら彼女の制服のスカートの裾が、あろうことか家を出た時からパンツに挟み込まれており、自分としては、この見えそうで見えないある種の奇跡を生み出していると言っても過言ではない芸術的なスカートの長さやまくれ具合が作り出す素晴らしい眺めを存分に楽しんでいたいがコレって他の奴も見るとかは許せないってことはつまりそろそろ声を掛けないと……うーむ、でもアトちょっとだけと思いつつ、先ほどから声を掛けるタイミングを測っていたのだった。


 しかし、そう長くも堪能してはいられない。最寄りのバス停は、目前にまで迫りつつあったからである。


「……紬衣ゆえ、スカート捲れてる」

「……?! ふ、ふえッ? うぎゃ……ゆうちゃん、そうゆうことは早く教えてくれなきゃダメですよ」

「や、紬衣ゆえのことだから、何か理由があるかと思って考えてた……わけねーだろ馬鹿か、いま気づいたんだよ」

「ぐっ……」

 

 恥ずかしさから、ちょっぴり涙目になった紬衣ゆえが「もっと早く気づいてくれても良かったのに」と頬を赤く染め上目遣いでゆうを見ながらスカートの裾を直す至福の光景を脳内にしっかりこんがり焼き付ける。

 もちろん、家に帰ってからイロエロ物事を歪曲しつつ紬衣ゆえの恥じらう姿を様々なシチュエーションでアレコレ反芻するためであるが、まだ朝も始まったばかりなので、その事はさて置く。


 停留所でバスを待つ間に、ゆうは二つ目の気掛かりへと思いを馳せていた。

 

 二つ目の気掛かりなことは、最近どうも紬衣ゆえのことを自分以外に狙っている不届き者がいるらしいことだった。

 

 それが発覚したのは三日前の放課後、紬衣ゆえの下駄箱の靴の上に置かれていた一通の手紙である。

 紬衣ゆえには、それは(俺が)不幸(になる)の手紙だから捨てといてやると無理ヤリ奪ってみたものの中を確かめれば今どきガチめなラブレターってマジかホントに俺不幸になったし、とこの数日眠れない夜を過ごしたのだった。

 それもそのはず紬衣ゆえに興味を持ちそうな奴は、ありとあらゆる方法で駆逐した筈が差出人の名前を見れば一年A組 秋海棠しゅうかいどう 冬馬とうまって誰だよ一個下じゃんどこで紬衣ゆえのことを知ったんだよ相手になんねーよ俺なんかお医者さんごっこした仲なんだからなと言って自分自身を慰めるゆうだったが、慰めながらふとあることに気づいた所為でイケなかった。

 つまりは、今の自分と同じように紬衣ゆえを使いアレコレ妄想猛々しくしている部分を右手か左手か利き手は分からないが所持活用しているに違いないという事実に気づいてしまったからである。

 俺の紬衣ゆえが知らない奴の脳内でけがされているとは断じて許すまじ。


「……悠ちゃん?」


 どうやって見知らぬ相手の妄想までをヤメさせようかと考えながら、バス内のなかなかの混み合い具合にさりげなくあからさまに紬衣ゆえと密着させている身体に心頭滅却しながら雑念を排そうとして違うモノ排しちゃいそうな自分自身の心を整えナニかに集中するってどこに血流が集中するかは言わずもがなってヤツだから、お願い紬衣ゆえモゾモゾ動かないで自然に受け入れてコレ『是非に及ばずやむを得ない現象』ってことでいや、半分嘘です。


ゆうちゃん? また人見知りセンサー発動中ですか? そんなにくっつかなくても……朝のバスなんて、ほとんど顔触れ一緒なのに」

「人見知りってのは、顔見知りとは違う」


 紬衣ゆえの為なら、その多少の差はあれど、どんな嘘でも吐ける男、それが朝永ともなが ゆうである。


「もう少し離れて下さい。鞄かナニかが、腰に当たってますからってゆうちゃん、どうして怒ってるんですか?」

「怒ってナイし、ナニも……何でもない。それより紬衣ゆえさ、最近変わったことあった?」

「変わったこと、ですか? んー? ナイかなぁ……あ、そうだ。ゆうちゃんに誕生日に貰ったぬいぐるみ、アレって洗濯ネットに入れて洗っても大丈夫ってテレビでやってましたよ。今度お天気の日に洗おうか……」

「だ、だッ駄目だから。アレは洗ったら絶対ダメだから洗えないから紬衣ゆえまた騙されてるし」

「えー……?」

「マジでそれ、スパゲティの生る木と一緒だから」

「観たの四月一日じゃなかったような……」

「収録日が四月一日だったんだろ」


 今やバス内の全乗客が二人の会話にゆうの下半身くらいの角度で耳をやや立て、洗えない特殊な事情を汲み取り笑えない不穏な空気感が生まれていることに気づいてはいたが、残念すぎるイケメンと二つ名を持つゆうにとっては新たにソレ犯罪ホンモノの四文字の冠を戴くこととなろうが紬衣ゆえ以外どうでも良かったので瞬時に黙殺するのだった。


「とにかく洗濯は、諦めろ」

「うーむ、残念」


 お前の頭がな、と顔 し変態からのロックオンに同情しつつも心の中で紬衣ゆえに対する乗客全員の総ツッコミがゆう本人も含め、入ったのは言わずもがなである。


「あ、そうでした。変わったコトとは違うかもしれないけど、わたしにゆうちゃんのことを色々聞いてくる子がいましたよ?」

「そんなん別に、珍しくもないじゃん」

「きひひ……それが……むふふ」

「……なんだよ?」


 半ばウットリと紬衣ゆえの頭皮の匂いを嗅いでいたゆうは、その笑いの意味するところに気づくまでに暫し遅れをとった。


「色白のすっごい可愛い子なんです。何でもお祖母さまがフランス人らしいんですけど、色素も薄くて瞳の色が不思議なくらいに複雑でそれはそれは綺麗でって聞いてないですね?」

「聞いてる聞いてる」

「なのに以外とSっ気ありそうなんですよ。そんなだからネコっぽいと思わせて、実はネコよりのリバ……とか妄想しちゃってムフむふふ。聞いてますか?」

「…………って聞いてナイ……なぁ? ちょっと待てソレって……」

「聞いてたんじゃないんですか? ゆうちゃんのことが興味ある男の子ですよ?」


 タチだのネコだのゆうがBL用語に精通しているにはその通過儀礼を大分前に過ぎた下半身と関係がないようで、大いにある。

 男女の恋愛に憧れを持つ紬衣ゆえから目を逸らす為に早くから男同士の恋愛を教えることの努力は惜しまずあらゆる書物や関連物を与えたのはゆう本人であるからして、ちなみに、その所為で要らぬ誤解をされる事になるのだがソレはまた別のお話。


「でね? ゆうちゃんと、お似合いだと思うんです。会ってみたいって言っ……」

「それ、いつどこで話したの? 何時何分地球が何回周った時?」

「え〜何ですか、それ。そんなの今どき小学生だって言いませんから……ってち、近いですゆうちゃん」

「いつ? どこで?」

「昨日、園芸部に入部してくれたんです。ハジメテの後輩なんて……ね、可愛いでしょ?」

「園芸じゃないから。紬衣ゆえしかいない園芸だからソレって細かいところはどーでも良いケド何それ充分な変化だろ変わったコトがあったよね? それとハジメテとか言うの禁止だから」

「凄い食いつきですね。やっぱりクウォーターならではの美しさに興味が……あ、学校前です。降りますよ、ゆうちゃん?」


 バスを降りてから昇降口に向かうまでの短い間に紬衣ゆえから聞き出せたことをゆうがザックリ纏めてみれば、案の定興味があるのはゆうではなく、先月編入して来たばかりにも関わらず沢山の人間が存在する中で、どマイナーな紬衣ゆえとはその目の付けどころのディープさにビックリというやつであった。

 しかも今日のその放課後に花壇の花買いに行くとか何だその速さ電光石火ってどこに着火しようとしてるワケ? とゆう自身は紬衣ゆえに関してはいつだってチョットしたことで発火寸前と発射寸止めを繰り返す理性と闘いながら下駄箱に靴を仕舞ったその時である。

 あちこちで上がる黄色い歓声と紬衣ゆえの嬉しそうな声を聞きつけて、そちらを見れば……どこの王子だよってくらいの眩しい姿の男が、紬衣ゆえに笑いかけていた。


「おはよう子鹿Bibicheちゃん。今日の約束、覚えてますか?」

冬馬とうまくん、おはようございます。覚えてますよ。あ、そうだこちらが、冬馬とうまくんが会いたがっていた幼馴染のゆうちゃんですって……アレ? 知っているから興味があって色々聞いたんですよね?」

「ええ、僕の心を込めて書いた手紙が紬衣ゆえさんに届かなかった原因らしいと噂で聞いたので、興味があって一度お会いしたかったんです」

「……誰っていや分かるけどマジか」


 思わずあんぐりと口を開けたゆうと、たっぷりの含みを持たせた眼差しをゆうに向ける冬馬とうまとの間に挟まれる格好の紬衣ゆえが二人の様子に安定の勘違いで「恋に落ちる素晴らしい瞬間を、ついに目の当たりにしましたよ感動です」と目を輝かせていたことに当の本人達が気づくまで、あと数十秒の事だった。




つづく……。

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