ストリートレイス

日向 しゃむろっく

§1

 また賭けに負けた。

 あの妖怪ども本当に加減を知らねえ。そのうちオレのタマまで取るつもりなんじゃねえか。ボンクラ相手に本気で張ってきやがって。

 桜も盛りの三月だってのに、冬の寒さを抱えた海風が未練がましい。懐の寒さも相まって体まで冷えやがる。

 何か温かい、旨いもんを食いながら酔っ払いてえぐらいだが、寒々しい財布の中身を確かめるようなコトを今はしたくねえ。

 そうやってイライラしながら歩いていると、オレはいつのまにか品川宿まで来ていた。時間は丑三つ(午前三時)か? 賭場を出たのが真夜九つ(午前零時)を大分過ぎていたからな。

「もし、そこのお侍さま」

 突如四辻の暗がりから声をかけられた。

 声のしたほうへ眼と注意を向け、いつでも刀を抜けるよう体の重心を意識する。

 すると暗がりから青白い顔の若い男がぬるりと現れた。

 身なりは良い。どこぞの商家の末成うらなりといった様子が透けて見える。

 つーか、体も透けてるな。

「生き霊かァ」

 緊張から退屈へと気分が降ったオレの口ぶりに、青白い男はわざとらしく尋ねてきた。

「お侍さま、驚かないので?」

「オレが驚かないと踏んで声かけたんだろうが」

「あはは、これは失礼。延島ノベシマさま」

「なんでオレの名前を知ってやがる」

「有名でございますよ。わたしのような霊とか、妖魅を見ることができるお侍さま、と」

「ケッ。自慢にもなりゃしねえ」

「そうでございましょうか。私はいまとても助かった気持ちでいます」

 慇懃な男の顔から憎しみがうっすらとにじみ出す。オレは気づかれない程度にウンザリした。この手の霊ってのは、隙ありゃ自分語りしやがる。

「お願いでございます延島ノベシマさま。天誅を下してはいただけませんか」

「そりゃテメェにか?」

「ご冗談を。だいたいわたしは生き霊ですよ? 延島さまがいくら剣の達人であっても、霊魂を斬れるハズがないでしょう。そんなご無理はお願いしませんよ」

「………」

「わたしはある男を怨めしく思っております。そやつを懲らしめてほしいのです」

「ふざけんな。テメェは生き霊だろ。怨みを晴らすために生じたんだから自分で祟って殺せ」

「おっしゃるとおりですが、命まで奪おうとは思っていないのです。わたしが今感じているこの、生きながらの苦しみを味わってほしいのですよ」

 いよいよ面倒くせえことをほざきやがる。

「それにわたしはご承知の通り、本体は別の場所で寝ております。なのでそこらの幽霊と違って延島さまに十分で確かなお礼ができますよ」

「ほお?」

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