ドリームウォーカーは夢を見ない~水滸ストレンジア異聞~
逢巳花堂
オープニング:夢か現か幻か
残ったのは自分一人だけだった。
荒れ果てて、ひび割れた黄土の先には、入道雲を背にした高い山がそびえている。仲間もいない状況で、この先にいる敵に勝てるかどうか、わからない。
それでも一歩一歩、乾いた大地を踏みしめて、先へと進む。
「まだ……終わりじゃない」
涸れた喉から声を絞り出す。もう何日も水を飲んでいない。食事も取っていない。何も体内に入れていない。途中で拾った木の枝を杖にして、ともすれば飛びそうになる意識を引き戻しながら、前へ前へと進んでいく。
休んでいる時間なんてなかった。一分一秒でも早く、という思いが、少女に限界を超えさせていた。
地面に影が差す。空を見上げると、雁の群れが飛んでいる。翼があるからどこへでも行ける。生まれながらにして自由な存在。少女は、それがたまらなく羨ましく感じられた。
杖がボキリと折れた。
支えを失い、前のめりに倒れ、地面に両手をつく。その弾みで、杖を持ちながらも右手に握り締めていた簪が、乾いた地面に転がった。大事な人の形見だが、拾う力はほとんど残っていない。頭が痛い。喉が焼けるようだ。全身の筋肉がちぎれそうなほど傷んでいる。
どこで間違えたのだろう、と少女は考える。
選んだ道が間違いだったのか、それとも最初から選択肢など無かったのか。
(関係、ない、か……)
口の端を歪める。
全て、終わったことだ。二度とやり直すことはできないし、後は何もかもが滅んでいくのを待つしかない。我が身も、また。
でも、それでも。
「奴だけは……止めないと……!」
少女は簪を拾い、立ち上がった。
このまま終わっていいはずがない。自分達の人生を狂わせた、あの男が、罰を受けることなくして手の届かない遠くへ逃げてしまうのを、許すわけにはいかない。
だから戦う。
もう目指すべき未来も希望も無いと知りつつも、決着をつけるために。
ダンッ、と力強く一歩を踏み出す。
残された僅かな力を振り絞って――少女は再び歩き始めた。
※ ※ ※
邪魔する兵士達を次々と斬り伏せ、ついに少女は山頂に辿り着いた。
息が荒い。立ちくらみもする。ともすれば意識を失いそうになるのを、必死でこらえながら、祭壇への階段を上っていく。
頭上には赤い色の雲がかかっており、周囲は異様な気配に包まれている。もう儀式は始まっている。
(させるか――!)
階段を上りきった少女は、最後の一歩を力強くダンッと踏み、感情が爆発するままに相手の名を叫んだ。
奴はそこにいた。紫色の道服に身を包んだ男が、祭壇の中央に書かれた太極図を前に、ブツブツと呪文を唱えている。
呪文がひと区切りついたところで、男は顔を上げ、口元を歪めた。
「まさか、ここまで生き延びるなんてな」
「逃がしはしない――全部、終わりにしてやる!」
「俺を殺したところで、何も戻りやしないぞ」
男は喉の奥から笑いを漏らす。
「天命に抗うことは不可能に近い。それでもお前は私を倒そうというのか? だけど倒したところで何があるんだ? 虚しさが残るだけだ。所詮、人間は、天には逆らえないのさ」
「だったら、お前のしようとしていることも、意味がないだろ!」
「俺は普通の人間とは違うんだよ。あと少し……あと少しで、目的は果たせる。その確信がある。だから――お前に邪魔されるわけにはいかないんだ」
「ふざけんな! お前のせいで、みんな死んだ!」
剣を構える。これ以上の問答は不要だ。
何よりもすでに術が発動し始めている。太極図が光を放ち、ついに「門」が姿を現した。あの「門」の中に入られてしまえば、これまでの戦いの全てが水泡に帰してしまう。
「もうちょっと唱えれば、術は完成なんだけどな……まあいいさ。どちらにせよ、お前を倒さなければ先へは進めない。ここまで成長したことに敬意を表して、相手してやる。来い」
男も足元に置いていた剣を取ると、少女に向かって手招きをしてきた。
(みんな……必ず、仇は、取る……!)
時には共に戦い、時には相争った、かつての仲間達……百七人。その顔を思い浮かべ、少女は、剣を握る手に力を込めた。
雄叫びとともに石畳を蹴り、敵に向かって斬りかかっていく。
男は凄絶な笑みとともに剣を振り上げ、少女の斬撃を真っ向から受け止めた。ぶつかりあう刃の金属音。お互いが剣を振る度に、激しく火花が散った。
最後の戦いが、幕を開けた――
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