第6話 流儀と私
刃と刃がぶつかり合い、銀とオレンジの粉が散る。
康太さんは相変わらず、間合いを取ろうとするが、そのたびに下からの衝撃を受け、下がりながらもなんとかバランスを保つことに専念する。
…
俺は、俺はこの勝負…どんな顔してみれば良いんだ?
今までおれがやって来た勝負っていうのは、終われば相手は対戦相手じゃなくて、で、それで、仲良くなったり…できたり…。
で、これは…なんだ?
互いが互いの命を懸けて斬り合ってる。
どちらが勝っても、多分どっちかは必ず死ぬんだろう。
じゃあ、俺はどっちに勝ってほしい?どっちが勝ったらうれしい?どっちが生き残ったら…?
…真剣勝負が命の取り合いってことは分かってた。分かってたつもりだった。真剣でやる以上、絶対に命は掛かる。だが、別に命を懸ける必要が無い相手は命を懸けなくて良いと。互いが命を懸けるしか無いもの勝負なんて考えもしなかった。
いや、そういう勝負の存在は知ってた。ていうか、普通そうであることも知ってたでも、別に必ずそうじゃなくちゃいけない訳ではないから、そんなのに自分から出くわしに行かなかった。
もしかして、今までも…俺が戦ってきた人の中には、康太さんみたいにもう後には引けない人がたくさんいたのか?
みんな、終わった後は怒って帰ったり、面白がって一緒にご飯食べてくれたり…泣いたりいろいろだったけど。
そう、そんなことは当たり前だ。当たり前のことなんだ。真剣の勝負をするのは、命を懸けることだ。だから、それをしたいなら…そういうのは当たり前って…
康太さんがついにバランスを崩し、大きく傾く。
そこへ待ってましたと的確に、切り上げが飛んでくる。
が、ぎりぎりで踏みとどまり…いや、違う、あれはわざとこけたのか!切り上げと真反対の斜め上から振り降ろしが…
あれって…もしかして、この間の俺のやつか…?ていうか、あの人…もしかして相打ちで殺す気か!?
は!?
康太さんの振り下ろしが止まった?違う、茨木が左手で柄を抑えた。振り下ろしが止まり、小太刀の切り上げが腕に…!
身を投げ出しながら切りつけにいった康太さんはそのまま倒れて飛んだ。なんとか刀は握られてるが、切られた手で握っている。あれは長くもたない…。
!?
茨木は足を狙い、上から突きに行くが、寸前のところで康太さんがなんとか上体を起こし、太刀を茨木に向けて静止する。
ちょうど首元だ。これ以上茨木が進めば、自分から刺さりに行くことになる!
また寸前のところでなんとか助かったか…。
康太さんが剣先をそのまま茨木に向けたまま、切られたほうの手で地面を押して、なんとか立ち上がる。それと同時に茨木が少し飛びのき下がる。
斬られた…?いや、違う…!そうか、袖が太いせいでわかりずらかったが布を切っただけか…。まだ刃が肉まで達していない!流血が無い!
…しかも、倒れて少し動いたことによって、茨木は太刀の間合いの外に残されることになった。康太さん、これを狙った?
やっぱり、この間とはまるっきり別人だ。やり方が全く違う。本当に何があったんだ?しかもあれは分かって動いてるとしたら、経験が無いなんて言えないぞ。
すべてを捨てた力か?これが。
両者睨み合いが続く。
「本当にお強いですね…」
「…」
茨木の構えが変わった。小太刀を胸に引き寄せ、体を左にねじり、左手で頭を抑える。そのままねじり、ねじり、更にねじる。今や、茨木は右肩を前に突き出した姿勢だ。狙いは明らかに突きだ。そして、そのまま腰を落としていく。
茨木はまさか、今から行う突きに全てを懸ける気か!空気が張り詰める。明らかにさっきまでの構えとは違う。今までのは本気では無かったのか。
康太さんは、刀を1回転させながら、右足を引き、体の右側に刃を正面に向けて下向きに構える。左肩を前に突き出すような構えだ。
なんだその構えは。初めて見た。
康太さんはジリジリと足を広げ腰を落としていく。
そうか…康太さん、誰か師を持ったな?
それもとびっきり優秀な師だ。あれは一朝一夕で身につくような動きじゃないし、構えでも無い。だが、前回の勝負からはそう時間が経ってない。つまり、この数10日間でここまで人を成長させる化け物がいるってことだ。
しかし、あの構えは…何を狙う気だ?まさか、下からの切り上げを…?
そうか、さっきから見てる通り茨木は間合いに入り込むプロだ。だから、間合いの優位を活かすことを諦め、誘い込んで…下から切り上げるってことか。
…………
おそらく茨木もその狙いは既に分かっている。だから、こそどう攻めるべきか。考え、沈黙し、そして静止している。
額に何か冷たいものが走る。なんだこれ…?汗?そして、刀袋を握る手がやたら冷たいな。
まだ、互いに1歩も動かない。
康太さんがカウンターの構えを解かない限り、主導権は茨木にある。茨木は動けば、確実に次の一撃で、勝敗を決しにかかるだろう。
どちらが、死に、どちらが生きるか。
俺は、どちらの臓物が床に飛ぶか見なければいけない。見届けなければいけない。それが立会人として…俺が今この場で唯一できることだろ…?
……………………
茨木のかかとが地面からゆっくりと離れる。
………………………………
「あ」
血が飛び散り、体育館の床に飛び散る。ポトポトと肉が落ちる。
康太さんが真っ赤な手で、刃を上にして突き出す形で刀を握っている。その手は…良く見ると右手しか見えないが…指が2本しか…。指が本来あったであろう場所からは茨木の小太刀が上に伸びている。彼女は殆どしゃがんだような姿勢で刀だけを上に突き上げている。
…
そのまま、小太刀の刃は腕の間から角度を変え、するりと首へ…
「すいません!!ちょっと、やめてください!!一旦!!ちょっと!!」
物音ひとつしない体育館に声が響き渡る。それと同時に、正気に戻る。
「電気消します!」
両者の動きはピタリと止まっている。茨木の刀が康太さんの首に今めりこもうとしているところで。茨木はその姿勢のまま首だけを回してこちらを見る。頬に少しだけ血しぶきのついた顔で眉をひそめ、不愉快そうな顔で眺める。
声がしたのは後方だ。振り返れば、そこには運転手。
「近くで、ボヤが!…あ」
体育館の天井の電灯が一瞬にして全て消える。
…
真っ暗だ。何も見えない。とても静かだ。だが、どこか少し離れた場所から…これは、パトカー?そして…消防車のサイレンが聞こえる。
そして…刀を床に落とす金属音の混じった重い音。
ちょっとの衣擦れと、ただ重い床の振動。
男のすすり泣き。
鼻に何か焦げるようなにおいがする。
刀を鞘に滑り入れる音と、こちらに歩いてくる足音。
ため息。
少し遠くから人が大勢騒ぐ音。
目が慣れ始め、天井に近い窓からの光でなんとか見えるようになる。
頭を床につけ、丸くなり、こきざみに震える康太さんがそこにいた。
そして、真横には茨木。
「すいません…近くでボヤ騒ぎがあって…消防と救急車、パトカーが集まってます…なのでこれ以上勝負をこの場で続けることは…」
「えぇ……分かってるわ、お疲れ様」
沈んだ口調で真横の茨木が言う。
……………
目の前で男が、暗闇の中、ただひたすらに縮こまり、顔を見せず嗚咽しつづける。時々、真っ赤になった手を床に打ち付けて。
「ねぇ、許くん」
真横の茨木を見る。窓から入る月明かりが目を照らし、まるで光っているようだ。
こちらの手をぐっと掴む。
「許くん、これね、これが今まであなたがしてきた事なのね」
ぐいと引っ張られる。
俺のしてきたこと。
「これが、貴方のしてきたことなのね」
茨木がただじっとこちらを見つめる。
改めて、康太さんのほうを向く。
小さく、嗚咽を漏らし、震える男。
…………
男だ。ただ一人の男がそこにいる。
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