令和真剣勝負

蛇いちご

プロローグ

第1話 出勤

 刀。刀は昔唯一の友達だった。衝いて良し、切って良し…。ペンと刀どちらを選ぶかと聞かれ迷わず刀と答えた。ペンは文字がかけるだけだ。守ってくれない。そうやって答えた。これは…夢?


女から刀を受け取る。目がかすんで、腕にじっとりとした重さがのしかかる。これが刀。抜いてみるように言われて、少し鞘をずらしてみる。


 綺麗だ。分からないけど、とにかくきれいだと思った。今まで見た光の中で一番きれいだ。


 「君はこの刀で何をしたい…?」


 何を…。


 耳元で携帯のアラームが鳴り響く。


 瞼に力を入れて目に光を入れる。


 夢だった。


 今は9時…。今日は奏さんのとこには12時に行けばいいから、もうちょっと時間をかけて寝起きから覚醒できる。急いで起きるのは苦手だ。


 うーん…目をまた閉じたくなる…少し、閉じよう…。


 …もう、眠れないか…。


 ベッドを手でおして上体を起き上がらせ、そのまま足を床にスライドさせる。


 …久しぶりに紅茶を飲もう。せっかく貰ったのがあるのに、今まであまり飲んでなかった。こういう時に飲まないと、無くならない。


 眠りかけの頭で100均で買ったコップにティーパックを入れて、やかんを火にかけて沸かす。


 これは、トルコの紅茶…?あの人トルコ行ってきたんだ。


 悲鳴を上げたやかんからコップにお湯を注いで、しばらく置く。今日は奏さんなにするって言ってたっけ?まぁ、どうせ翻訳した用紙を順番通りファイリングするんでしょ。いつもの仕事だ。


 ティーパックをシンクに投げ捨て、コップを口に運ぶ。


 うーん…あっつい…。あっついし、苦い…。


 カランと入口の郵便入れに何か入れられる音が1LDKの一人暮らしの部屋に寂しくこだまする。


 はぁ…朝から何が届いたのか。


 この部屋にはTVは無い、かといってPCは一応、ちょっと古いけどある。だから、朝は無音だ。それが、いっそう、いつも郵便受けの音を響かせる。そして良く響く音はより好奇心をくすぐる。


 う~ん…やっぱり気になっちゃうよな…いつもこういうの後でいいじゃんとは思うんだが…。何が届いたか確認するか…。多分…あれかな…?


 コップをテーブルに置いて、玄関のドアについた郵便受けに向かい、中から封筒を取り出す…。


 …修羅之会…あぁ…やっぱり…決闘ね…。


 封筒を開けて、中を見る。


 令和4年9月30日、台東区立秋葉原練塀公園にて午前2時より貴殿との真剣勝負を希望する。了承いただける場合、該当時刻に該当場所へ来たるべし。なお本勝負の立会人は工藤節男とする。


 …ふーん…工藤さんが立ち合いってことは新しい人なのかな?今日いや明日の2時か…遅いなぁ…明日は休みにしてもらおう。


それにしても、急な話だな。決闘なら、もう少し前に普通は申し込んでおくべきもんだと思うんだが。予定とか入ってたらどうするんだ…。


 まぁ、こっちの予定は奏さんが伝えるから、一人で旅行とか行かない限りは大丈夫か。


 う~ん…もうちょっと、長居したかったけど、決闘の依頼が来たことは奏さんにしらせなきゃだし、まだ10時ちょっとだけど、もう行くか。


 さて…、カバン持って…あと、定期も忘れずに…えっと、服は取り敢えず、この黒いYシャツとジーンズと…あとは、ちょっと肌寒いから…黒いフリース。そして…もこもこした灰色の靴下…。


 ふかふかした寝巻をそこらへんに脱ぎ捨て、人間に変身する。

 

 はぁ…


 右手にカバンを持ち、左手で刀の入ったナイロンのチャック付き刀袋を勢いよく背中に回す。そしてスニーカーを足に通らせる…。


 今日はそのまま勝負に行くか…?でも、ちょっと遅いし、奏さんに言ってその時間まで寝かせてもらおう。


 鍵を開けて、ドアノブを回し、押す。目の前には光が広がり、工事中の戸建てが見える。町が起き始めてる。少し遠くのほうで、タイヤが回る音とちょっとの鳥の鳴き声が響く。


 マンションから奏さんのところまでは自転車で20分ぐらいだ。


 駐輪場に降りて、かごにカバンを入れ、足でロックを蹴る。出勤だ。


 途中に見えるのは、公園、幼稚園、音のしない住宅街。今日もいつも通りの町。


  ~


 自転車を止める。ここが職場だ。平日でも賑やかな繁華街の裏にある、こじんまりとした2階建ての白い家。窓には鉄の飾り枠がはめ込まれた和洋折衷の木造建築だ。

 

 破風をくぐり、合鍵でがたつく引き戸を開ける。中に自転車を置き、靴を脱ぎ、玄関を上がって、すぐそこにある階段を上がる。


 仕事部屋は2階だ。


 「おはようございます奏さん」


 ふすまを開けながら、挨拶する。


 そこには、八畳ほどの部屋で机に向かう、長髪を後ろで結んだ20代後半の女性。つまるところ、奏さんがいつもと変わらずいる。


 「なんだ、早いなぁ、真剣勝負があるからか?」


 奏さんはこちらをちらりとも振り向かず、机に向かったままこちらに問いかける。


 「はい、やっぱり、知らせておかないといけないと思いまして」


 「毎回、律儀だね、結構なことだよ」


 ノートパソコンの画面を凝視したままブラインドタッチで原稿を打ち込む。今日は何語の翻訳だ?


 「よし、じゃあいつも通り、そこでDMの整理とあとぉ…今週の会計の確認よろしく、後1時間ぐらいしたらちょうどひと段落つきそうだからそしたら朝ごはんにしよっか」


 刀袋とカバンをはじに置いて、部屋の西側にある机に載ったPCに向かう。


 「…」


 ノートパソコンを立ち上げて、メールを開く。


 「あぁ、そうえば、今日の真剣勝負、相手は知ってる人?」


 「いえ、でも多分、工藤さんが立会人なので新しく入って来た人だと思います」


 「はぁ、新しくね…で、それいつなの?」


 「明日の2時からです、朝の」


 「朝の2時…!…早いね、場所は?」


 「秋葉の公園です」


 奏さんは話しながらも指を止めず、文字を打ち込み続けている。


 「ふーん、じゃあ、ここで寝ていくパターンね近いし」


 「はい、よろしくお願いします」


 「にしても、新しい人ねぇ…」


 …


 Gメールを開いて、内容を確認していく…


 ~


「ふぅ…一段落ついたしごはん食べよっか」


「はい」


 椅子から立ち上がり、畳に体重をかける。奏さんのほうを見る。今日初めて顔を見る。頬に垂れた髪が揺れ、こちらに振り替える。その眼には少しの疲れの色が見て取れた。相変わらず、開ききっていない目で力なくこちらを眺める。


 奏さんが、仕事部屋の襖をあけ、廊下に出るのに後れて、1階へと下っていく。キッチンへと向かい、食卓に座るよう促されたのでそれに従う。


 「今日はね、これ昼のぶんもだから」


 そういいながら奏さんが冷蔵庫を開けて、中からきくらげ

と豚肉を取り出す。


 目の前のタイル張りのキッチンで調理する様子を後ろから見ながら、食卓に置きっぱなしの袋に入った食パンを食べる。うーん、カビは生えてない。味も恐らく問題ない。


 冷蔵庫と火元を往復している。


 「あ、米炊いて、一番早いので、もう中に入ってるから」


 「はい」


 ~


 「よし、丁度炊けたね」


 皿に、きくらげと卵、豚肉の炒め物をなみなみと載せて、食卓に置き、炊飯器から米を茶碗に取る。鶏ガラスープを大きめのお椀に入れて、米と同じラインに並べた。


 「ふぅ…さめない内に食べよっか、おなか減ったし」


 「ありがとうございます、いただきます」


 茶碗を手に取り、米をかきこみつつ、鶏がらスープを飲む。


 紅茶しか入っていない体に温かい米と、鶏がらの風味が混ざり合い、響きつつ、舌にまろやかな感じが伝わる。


 「あ…で、今日、明日か…殺すの?」


 炒め物を米に載せ、食べる。きくらげの触感と豚肉のうま味、醤油の風味がとろけあい米を進ませる。

 

 「いえ、いつも通りです」


 「結構…だけど、自分の身を犠牲にしてまで相手を活かすのはやめなよ?相手は殺す気かもしれないんだから」


 いつも通り、美味しい。


 「分かってます、参ったと言わないで、勝ちは無いのに攻撃してくるなら殺します」


 「まぁ…殺してくる気の奴はそこまでいないし、大丈夫だとは思うけどさ…あ、夜はじゃがいもの何かにしよっか」


 「おかわり頂きます」


 ~


 「ご馳走様でした」

 

 「ふぅ…あ、洗ったら、今日の仕事はもういいから、ちょっと刀やろっか」


 「はい」


 皿と炊飯ジャーを洗い、棚にしまっていく。


 奏さんは2階に行って、刀を持ってまた降りて来る。


 「真剣勝負はいつぶりだっけ?」


 しゃもじを洗い、拭いて元の場所に戻す。洗い物は全部終わった。


 「1週間ぶりですね」


 ほいっと、奏さんが刀袋をこちらに渡す。

 

「ご指名?あぁ…でも新しい人か……絶対殺されないからってことかな?会の幹部が気を利かせたのか」


 そのまま一緒に玄関に向かう。


 「今、人少なくなってるですよね」


 後に続いて靴を履き、上にフリースを羽織る


 「うーん…まぁ、好き好んで人を斬る人なんて今時いないから因縁が無いと入る人なんて中々いないでしょ、そりゃ減るよね…そんな状態で新人を殺されたら困るから…」


 「信頼ですかね…」


 奏さんが引き戸を開ける。


 「舐められてんでしょ」


 ~


 今時珍しい、けたたましい鈴の音。目を開ける。暗い中かすかに見えるのは天井。横に置いた時計の文字盤は夜光塗料でぼおっと1時00分を指している。叩いて鈴を止める。


 紐をひっぱり電灯をつける。


 当たり前だが、外は真っ暗だ。


 しゃがんで、布団をたたみ、端っこに寄せる。


 部屋のもう一方の片隅には刀袋に入った刀。


 フリースを着る。ぽっけにちゃりんこの鍵があることを確認。刀袋を手に持つ。以上。


 真っ暗な廊下に出て、そのまま階段を下る。


 板張りの床を踏みしめるとどうしてもどすどすという音が響いてしまう。


 1階の居間には奏さんがいつもの様に電気をつけたまま椅子にもたれ、本を顔に重ねて寝ていた。


 「奏さん、奏さん」


 「う…うん?あ…あぁ、もうそんな時間か、分かった、鍵、鍵ね…あ、おっけ…よし、いってらっしゃい」


 あくび交じりだ。


 「行ってきます、また明日」


 「はぁ…うん、またね」


 ~


 昼はまだ少しだけ夏が残っていたのに、流石に夜は少し冷える。いまこうしてベンチで座っているだけでも凍えそうだ。少し、早く着きすぎた。まだ、45分。膝が少しだけ震え始めた…。


 それにしても、この公園、周りには街灯があるが、中には光が無いので少し暗い。ちょっと戦いにくいな。


 「ぉ…久しぶりです」


 初老の男の声が向けられる。

 

 「おぉ…工藤さん、お久しぶりです」


 「えぇ…今日は私が立会人ってことなのでよろしくお願いしますね」


 暗くて良く見えづらいが、そこには確かに良く見知った白髪交じり、中肉中背の40歳男が立っている。背丈は低めで物腰が見るからに柔らかい。ビジネス用のコートを着ているようだ。


 「今日は冷えますねぇ…」


 「えぇ、夜はちょっと…」


 …


 この人と話すと必ず、一言目のあとが詰まってしまう。無難な挨拶はやめてほしい。


 「そうえば、今日来る人ってどんな人ですか?」


 「今、こちらにお送りしてきたんですけど…初めてなので、まだ車内で心の準備をしてらっしゃるみたいですね…」


 「まぁ、まだ時間じゃないので急がないでも大丈夫ですからね…ってことは新規加入ですか…珍しいですね」


 「時々いるんですよね、因縁とかじゃなくて、技術にあてられて高みを目指すために来る人」


 「ふーん…あ!じゃあ、やっぱり殺してほしくないってことなんですよね?多分」


 「うーん…そうじゃないですかねぇ…上から直々に貴方がご指名されたので…」


 ふーむ、やっぱりそういうことか…。俺だから殺さないと。成程ね。安心感があるんだな。信頼だ!!

 

 「あっ…いらっしゃいました」


 入口からふらふらと背の高い影が入って来る。その手には…確かに、刀袋が握られていた。服装は…なんだぁあれ…袴か…。ずいぶん業業しいな、こんなラフな格好で申し訳ないな。


 「初めまして、えーっと…名前は…」


 「佐々木 康太です、佐々木」


 隣から工藤さんが教えてくれる。


 「初めまして、佐々木さん、私は許[もと]です、よろしくお願いします」


 なるほど、この男まぁまぁな背丈だ。少なくとも俺よりは高い。182とかか…?


 近づくにつれ顔が見え始める…。ふーむ…オールバックの、30代ぐらいの男のようだ。


 「はじめましてもとさん、私はご紹介にお預かりました康太と申します」


 「康太さんよろしくです」


 こちらに自己紹介をしながら、片手に持った刀袋から刀を取り出している。なるほど、やる気満々。


 「ところで、康太さん、一応確認して起きたのですが負けの条件は「参った」っでいいですよね?」


 「…」


 「康太さん?」


 「すみません、もうこちらは覚悟を決めましたので」


 そういって、目の前の男が刀を抜いた。一般的な打ち刀に見える。そして、そのまま中段の構えでこちらに向ける。なるほど、剣道から来たな?模範的できれいな構え。世間では刀の構え方といえばまず想像されるだろう。


 「ふーん…そうですか…」


 余計なおしゃべりは無し。さっさと始めたいのか。悲しいな。喋るの楽しいのに…。


 袋から刀を取り出し、抜く。そして、そのまま頭の前で左側に傾けて構える。折角だから、打ち込んでもらおう。


 いい、ほれぼれする程、綺麗で模範的な構えだ。目は真剣にこちらを見据えて動かない。感じる、鼓動だ。


 「工藤さん、始めますよ?」


 「はい、どうぞ、ご遠慮なく」


 剣道を相当極めてきたんだろう。動きが体に染みつくほど、何年も何年も続けてきたであろう気概を感じる。まだ、動いてないが。顔が良く見えないのが残念だ。…こっちは逆光だな…刀がうまく見えない…。しまった…。


 このまま、睨み合いを続けても、相手の顔が見えないから心が読めない。こっちは打ち込んできて欲しいのだ。


 真剣の斬り合いは、それまでいかに修行を積んできても、いざ本番になれば殺人の恐怖が両手に押しかかり始める。腰が引けて打ち込むことすらままならなくなる者が殆ど…って奏さんが言ってた。だから、初めての人が相手なら打ち込んできてまずは相手にその気があるかどうか図らないといけない…。


 …


 「どうぞ、打ち込んでくださ」


 声を発した瞬間に上からのまっすぐな一太刀。狙いは頭。刀で滑して、斜め方向に逃がす。正確で尚且つ迅速な一太刀だ。殺す気で来ていることが伝わる。覚悟を決めたというのは本当みたいだ。


 康太さんはすぐに構えなおしながら、後ろに下がり。剣先をこちらに向けたまま距離を再びじりじりと詰め始める。


 なるほど…。


 ただ、剣先が触れ合うほどの近距離からの打ち込みこそ剣道の真骨頂、それに持ち込まれれば案外すっぱりと簡単に頭に刀が刺さるだろう。だから、そこまで近づけさせる訳には。


 良し……。


 刀をゆらゆらと上に振りかぶる。相手の気配が変わったのが感じられた。…怒ったな?


 勢いよく、こちらに膝の力で詰めてくる。おそらく、このがら空きになった首を狙っての事か。あと、もう一詰で両方の間合いに入る。ただ、突かれれば相手のほうが早い。突かれれば。


 もう、一詰。もう、一詰だ。さぁ…。


 来た!そして、やはり狙いはこちらの首元に向けての突き!上に振りかぶった刀を戻すのに間に合わなければ死ぬし、多分間に合わない!刀だけなら!


 足の力を抜いて体を落としながら、後ろに大きく下がりつつ、刀を下す。ほぼ倒れている様な状態だ。そのまま、刀を少しだけ斜めに向ければ…。


 なんとか、片足だけ後ろに出して踏ん張る。アクロバティクだが少し、不格好だ。

 

 空気が凍る。一瞬、全く動かないので時間が止まったのかと思った。


 こちらの刀は相手の首の真横で止まり、相手の刀は俺の首があったであろう部分を深々と刺していた。


 激しい呼吸音が聞こえる。


 ………


 「参り…ました…」


 少し冷える空気が耳に音を響かせた。


 


 

 


 

 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 

 



 

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