SpaceGirls!

酒呑ひる猫

Appendix ~10年前~

 二〇六二年、夏。

 人類は初めて、地球外からやってきた宇宙生命体に接触した。


        *


 ――二〇七八年、月面エリアⅩ。


 奴らに眼球はなく、鼻孔はなく。


 全身を覆う肌は不気味なほどに真っ白で、弾力性に富んでいるために並大抵の重火器ではかすり傷一つ与えられない。奴らは宇宙空間でも生存可能で、宇宙を遊泳しているときは手足が退化した白いトカゲのような見た目のくせに、いざ惑星に降り立てば強靭で筋肉質な手足をもって人々に襲い掛かる。


 翼のようなフォルムをした最新鋭の戦闘兵装スペースフレームに浴びてしまった地球外生命体BIOSの返り血を拭いながら、ローウェルという名の少女は自身の右目を押さえた。

 先ほどBIOSによる反撃を右顔面に受けてしまってから激痛と流血が止まらず、脳震盪を起こしているのか意識が白濁としていた。しかし戦線離脱するわけにはいかず、彼女は目の前にいる同年代の少女を睨みつける。


「そこを退け、アッカーソン。オレはエリアⅪに行く」

「許可できない。そんな怪我を負ってエリアⅪに行くなんて自殺行為だ。私は親友の自殺を見過ごすほど愚かではないよ」


 地球外生命体BIOSは陽光を活動源にしており夜間は緩慢な動きしかできない。しかし逆に言えば陽が差せば差すほど彼らは活発化し凶暴性を増す。

 現時刻のエリアⅪは昼真っ只中。そこへ飛び込むのは如何に戦闘兵装を有する彼女たちにとっても自殺行為に等しかった。


「だからこそだ! オレは、エリアⅪに向かったイルミナを救いに――」

「返答は変わらない」


 いつの間にかローウェルの背に迫っていたBIOS五匹を、灼熱に燃えるレーザーソードを振るうことでアッカーソンは難なく斬り捨てる。その血しぶきを蒸発させながらアッカーソンは首を振った。


「君も知っているだろう、私たちスペースガールズはBIOSから人類を守護するために結成された。イルミナを心配する気持ちも、今なおエリアⅪに取り残されたままの人々を救いたい気持ちも痛いほどに分かる。だが、物事には順序がある」

「オマエなら救えるだろうが! オレたちの中で最強と称されるオマエがいればッ!」

「買い被りすぎだ。このエリアⅩもじきに夜が明けて、BIOSが雪崩れ込んでくる。それと対峙しながらエリアⅪの人々を救うことはできない。選べるのはどちらか一つだけだ。ならば私は、より確実に多くの命を救う」


 灼熱のように真っ赤な瞳には、揺るがぬ決意を固めた少女の魂が浮かんでいる。もう何を言っても彼女の意思は変わらないだろう。そんなことぐらい、五年間ともに暮らしてきたローウェルには分かっていた。しかしそれでも、ローウェルは彼女に縋るしかなかった。


 月面へと派兵された、一〇名のスペースガールズ。


 しかしその内の三人は死亡、イルミナは音信不通、ローウェルを含めた五人は負傷で戦闘不能。頼れるのは、目の前にいる灼熱の少女アレクシス・アッカーソンただ一人だった。


「知ってるだろ? アイツはオレにとっての希望なんだ。だから、どうか……っ!」


 しかし、それでも。


 真紅の機体に身を包んだ、後に灼熱の英雄と呼ばれる少女――アレクシス・アッカーソンは、自身が有する能力によって太陽のように発熱しながら宣言するのだった。


「例え君に恨まれるとしても、私の決断は変わらない」

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