第39話

 

 ジュリアは驚いた。


 3か月も引きこもっていた割に、多少細くなったものの、以前と変わりないガウスがそこに居たからだ。


「ジュリア。話がある。俺の執務室に来てくれ」

「え……は、はい。マシューさん、後は任せても大丈夫でしょうか」

「……ん。わかった……」


 ひどく心配そうなマシューの視線を遮り、ガウスは半ば強引にジュリアの腕を取って部屋を出る。

 昇降機を呼び、中に乗り込んだところで、やっとその腕を離した。


 瞬間、沈黙がその場に落ちる。


 ジュリアは戸惑っていた。


「……すまなかった」


 ぽつりと、沈黙の中ガウスが呟いた。


 先程の態度のことを言っているのか、長らく商会を不在にしたことを言っているのか、はたまたジュリアに手を上げたことを言っているのか。

 ジュリアには判断が付かなかった。


「いえ……」


 何にしても、ジュリアは謝罪を受け入れるだけだ。

 会頭として責任を果たしてくれるなら、それでいい。



 最上階のガウスの執務室に入り、ガウスが自席へと座る。


「屋敷で色々と確認した。会頭代理を任せて、すまなかった。書類上では確認したが、ジュリアの口から報告を聞きたい」


 ガウスは会頭の顔をして、ジュリアに尋ねる。

 それを受けてジュリアも、会頭代理として口を開く。


「はい。ご報告します。まず件のオリジナルブランドはブランド名称とパッケージを改め……」



 しばし、2人は商会の経営者として言葉を交わした。

 ガウスは素直に感心していた。

 よくぞこの状況で、ここまでのことをし、持ち堪えたと思う。


「……なるほど。今考え得る手立てをほぼ全て試したようだな。改めて礼を言いたい。感謝する」


 ガウスはそう言うと、デスクから立ち上がり、ジュリアの元へと向かう。


「本当にすまなかった。スチュアートから、寝る間も惜しみ働いてくれたと聞いている。ありがとう。これからは、2人手を合わせて頑張ろう」


 そう言ってガウスは、ジュリアの手を取った。ジュリアの両手を自身の手で包み込み、熱い瞳でジュリアを見つめる。

 ジュリアは思わず、するりとその手を引き抜いた。


「ええ、もちろんですわ。ガウス様」


 ジュリアは笑顔を返す。

 けれどそれは、どこか他人行儀な笑顔であった。まるで私たちの間に特別なものは何もないのだと、そう主張するような。


 途端、ガウスの顔が悲しげに歪む。

 酷く傷付いたように。


(……何故そんな顔を? 私たちの関係性を打ち砕いたのは、他でもないあなたなのに)


 ジュリアは酷く冷めた気持ちになった。


「ガウス様。お戻り頂き大変嬉しゅうございますわ。他の皆も心強いことでしょう。ですがやらなければならないことが山積しています。共に頑張りましょうね」


 ジュリアはもう一度、にこりと笑った。


「あ、ああ……。そうだな」


 ガウスは曖昧に頷き、ジュリアから視線を逸らした。

 そして1度目を瞑ると、再度力強くジュリアを見つめた。


「必ずや、持ち直す。クルメル商会はここで終わらない」


 ガウスの顔は、まさしく会頭のそれであった。

 ジュリアは先程とは異なり、心からの笑顔で頷いたのであった。



 こうしてクルメル商会の再建計画が本格的に始動した。

 失った損失はあまりに大きく、ジュリアとガウスが最大限力を振り絞っても、そう簡単にどうにかなるものではなかった。

 じわりじわりと新ブランドの売り上げは上がるが、それ以上に負った傷が商会を蝕んだ。

 2人は必死だった。





 そして数か月後。

 これまでの計画が全て覆される転機が訪れる。



 戦争が勃発したのだ。


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