第26話


 ジュリアがガウスをバックヤードに連れていくと、店長は慌てふためいて話し始めた。


「か、会頭……! 大変です……! うちのオリジナルブランドのサフランが……!」


 ガウスの前で経緯を話し、実際に瓶の封を切り擦って見せる。

 どうやら、ジュリアが表にいる間に他の瓶も開けてみた結果、どれも同じような状態だったようだ。


「いったい何故こんなことが……。オリジナルブランドは副会頭が初期検査をしてますし、店舗に納入された時は店長である私も検査しています! その際には、問題がなかったはずなんです! なのに、一体何故……」

「四の五の言っていても始まらない。まずは、いつから、どれだけのもので偽装が行われていたか確認するのが先だ。今ある在庫をすぐに調べろ! あとは店員全員に聞き取り調査だ。これまで客から何か言われたことがないか確認する。順繰りに店員をここに呼べ。うちのサフランは確認が取れるまでしばらく出さないぞ」


 ガウスは的確に素早く指示を出していく。

 その姿はまさに、クルメル商会の会頭らしい姿であった。


(やっぱり、会頭としてのガウス様は流石ね)


 ジュリアは感心した。

 すると、ガウスがジュリアに視線を合わせる。眉間に皺を寄せて、ジュリアを睨みつけた。


「おい。お前、どうして気付いた?」


 ジュリアは目をぱちくりとさせた。

 問われた意味が分からなかったのだ。


「ええと……何だか、見慣れたサフランと少し色が違うように感じたのです。どこか嘘っぽいというか……」


 サフランは高価故に、昔から偽造品が後を絶たない。

 しかしそれは、例えばとうもろこしの髭や、時には羊毛に着色したようなもの、あるいは黄色い下級のサフランにそのまま着色だけしたもので、見る者が見れば偽造品と分かるものが多かった。

 だがこれは、普段からサフランを扱う者であっても、瓶を開けるまで気付かないかなり精巧な偽装だ。



「まさか匂いも嗅がずに、瓶越しに見て気付いたとでも言うのか?」

「ええ、そうなります…………。あの、もしかして、私を疑っていらっしゃるのですか?」


 ジュリアは毅然とガウスを見つめ返す。

 ジュリアはここに来てまだ1ヶ月にも満たない。

 マホガニー家に居た時ですら、このクルメル商会のオリジナルブランドには何ら関係がない。ジュリアに何か出来ようはずもないのだ。


「……いや。流石にお前が何かするのは無理だな。すまなかった」


 ガウスは言い終わると同時に、ジュリアから視線を外した。

 自分でも言いがかりだと思った様だ。

 まさかガウスが謝るとは思わず、ジュリアは目を丸くした。どうやらガウスは、自分に非があると認めた時にはきちんと謝罪する人間の様だ。


(やはり、私はガウス様の何も知らなかったのね……)


 ジュリアは改めて反省した。


「店舗は営業する。だが並行して確認作業を行ってくれ。他の店舗でも同様のものがあるかもしれない。俺は一旦事務所に戻って各店舗への手紙を書く。頼んだぞ」


 そう言ってガウスは店を出て行った。

 その間際、ちらりと視線が合ったのを、ジュリアは感じた。何か意味があるのか、はたまたただ視線が合っただけなのか、判別がつかなかった。


ジュリアたちは店長の指示の元、各等級のサフランを確認した。

 結果、上級と中級での偽装が行われていることが発覚した。


 サフランは秋口にほんの一瞬だけ花を咲かせる。

 だから夏に市場に出回っているのは、昨年収穫したものだ。収穫して乾燥させ、市場に出るのはその年の冬頃。収穫したサフランは、乾燥させたら劣化しないよう全て密閉容器に入れられる。

 つまり、今サフランが偽装されているということは、少なくとも半年以上前には既に偽装が行われていたということだ。


 何故そんなに長期間偽装が発覚しなかったのか。

 これから確かな調査が必要だが、全ての商品に偽装がされていたわけではないというのが、1つ要因としてありそうだ。

 最上級品は薬用として使用されることが多く、瓶を開けた時に即座にわかってしまうためか、偽装は確認されなかった。


 サフランの偽装はれっきとした犯罪だ。

 ここまで大々的に偽装が行われていれば、一時店を閉めることも免れない。クルメル商会にとって、大打撃であることに間違いないだろう。

 もしも他の店舗の商品にも同じことが行われていた場合、その差額は数千万に及ぶことが予想された。




 確認作業に加わっていたガウスやユアンも、頭を抱えた。


「今の時期は証拠を掴むのも難しいな。もうあと2月もしたら今年の収穫が始まる。それまでは今あるもので探っていくしかない。とにかく今は商品を回収するのが先だ。ユアン、お前は大口の顧客をリストアップしろ。俺が直接行く。お前たちも皆手分けして回収してこい。これ以上クルメル商会の名で紛い物を流通させる訳にはいかない!」


 ガウスが号令をかけると、ユアンを始め各々が動きだす。

 ジュリアがマシューに付いて行こうとすると、ガウスに声を掛けられた。


「お前は俺について来い。聞きたいことがある」

「っはい!」


 ジュリアは意外なことに驚いたものの、すぐに返事をした。

 何のことかは分からないが、もうガウスが自分を疑っていないことは分かる。

 マシューがジュリアを心配そうに(たぶん)見ていたが、ジュリアは安心させるように頷いた。ガウスがジュリアに何かをするなど、今の状況では考えられない。


 ガウスはジュリアを伴い5階まで上がる。

 そして自席に座ると、ことり、と先程のサフランの瓶をデスクに置き、ジュリアを目の前に立たせた。


「この偽装に使われた赤い粉、お前は何だと思う。意見を聞きたい」


 それはジュリアも考えていたことだ。

 万一人体に影響のある物質であった場合、問題は偽装だけに留まらない。

 しかし、それに対してジュリアは楽観視していた。思い当たるものがあったからだ。


「私は……サフラワーだと思います。匂いがかつて嗅いだことのあるものに似ていますわ」

「やはりか。比べて見ないと断言は出来ないが、俺もサフラワーではないかと思う」


 サフラワー。別名ベニバナ。

 名前も色も似ているが、価格は全く異なる。

 サフラワーは花の部分を使うが、乾燥させるとそれだけで似ている。とはいえ、よく見れば違いは歴然だ。

 しかしこの偽装サフランには、粉末にしたサフラワーがまぶされているようだ。

 どうやっているのか、むらなく綺麗に色付けされている。


「しかしこの先端部分はどういう訳だ?サフラワーでは色付けしか出来ないはずだが……」


 そう。

 この先端が膨らんだ形状にするためには、他にも何か繋ぎが必要だ。

 しかしそれもジュリアには思い当たるものがあった。


「あの、少しいいですか?」


 ジュリアはデスクの上の瓶に手を伸ばし、蓋を開けておもむろに偽装サフランを舌に乗せる。


「っおい!」

「やっぱり。直に舌に乗せないと気付かないでしょうけれど、ほんのり甘いですわ。多分繋ぎにごく少量の蜂蜜を使っているのではないかと思います」

「なに? 本当か?」


 ガウスもジュリアを真似て偽装サフランを舌に乗せる。

 そして眉を顰めた。


「……確かに。この先端部分だけ、ほのかに甘いな。上級以下は直接口にすることもない。それなら気付かないかもしれないな……」


 そしてガウスは腕を組み、考え込む。


「他の店舗の確認が取れないとなんとも言えないが、それでもかなりの量だろう。関わった人間は1人2人でないはずだ。まずは商品の流れに不自然な点がないか探る。おい、お前もコンテナ男爵家の端くれだろう。物流について少しは分かるな」

「え、ええ……。これでも、一応父と兄に付いて学んでいましたから……」

「ならお前にサフランの仕入れと加工に関する帳票を見せる。何か不審な点がないか確認しろ」

「はい……あの、でも、よろしいのですか? 私に見せても……」

「勘違いするな。今この商会の中で、お前が最もこの偽装に関わっている可能性が低いだけだ。もちろん俺もユアンも確認する。何か気付いたことがあるなら言え」

「承知いたしました。精一杯頑張りますわ」


 ジュリアは真っ直ぐガウスを見て答えた。

 本心は分からないが、少なからずジュリアにその能力があると考えているのだろう。ならば、自分は精一杯出来ることをやるだけだ。

 ジュリアは、必ずや何かを掴んでやると意気込んだのだった。

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