私の夢みた異世界

赤津雅人

第一話 夕月夜

 異世界。それは現実世界では見られない魔法や、生物、社会が存在しています。現実世界の勤労や勉学から解放されて、冒険をしたいと思う人は多くいる事でしょう。新たな人生を歩みたい、今ある人間関係を全て捨てたい。その衝動を一気に叶えることができる異世界は、現在、ひとつのエンターテイメントになっています。この物語で語るのは「鈴木花子」という少女、いえ、人間が異世界と現世を生きる話です。

 鈴木花子。書類の例に書かれそうな程普通の名前です。ですが、それに反するように彼女の見た目は派手でした。明るい紫色に水色のインナーカラーの短い髪。服装は色こそ派手ではありませんが、とても目を惹くファッションです。彼女が美術大学の生徒だと知っているなら納得いくのかもしれません。花子は今日も実習でアトリエに篭っていました。十二月になり、大学三年生の課題締め切りに精を出しているのです。絵を描くのは好きであり、こうして20時を回っても篭ること自体は苦ではありませんでした。


「あ! 立花ちゃん! 夕飯食べに行こ~!」


花子にとって、ひとつ目の苦は周りの確立したコミュニティが側にいる事です。花子は友人と呼べる友人がいません。授業で連絡をしあい、グループを組める相手はいますが、夕食を食べに行くことや、休日に遊びに行くという人は大学で一人もいませんでした。


「ねぇ、就職用のポートフォリオ出来た?」

「まだまだ。載せるもの何にしようか考え中」


そしてふたつ目に就職でした。きっと、この世に生きる人たちなら誰しもが苦しむ所でしょう。花子は全く進路を思いつけていないのです。美術系の生徒なら、作品をまとめたポートフォリオを今から作らなければ来年の就職に間に合いません。むしろ遅いくらいです。

 閉館が二十一時のため、周りの生徒はぞろぞろと帰っていきます。花子も課題を片付け始めました。花子はこの片付けている時間が好きでした。キャンパス立てをあそこの棚へ、椅子はその隣へ、十二月課題の「クリスマス」に使った小物たちは持ち帰り…。と、それだけ考えていればいいのです。難しいことは考えなくていい、ただそのルールを守ればいい。何て楽な事かと。そんな時、スマートフォンにひとつの連絡が来ました。こんな時間に連絡してくるのは親と、高校時代の友人でした。


「『今から夕飯どう?』か」


高校の友人は花子の唯一の友達でした。夕食の誘いなら喜んで受けています。今夜もいつも通りに新宿駅に集まって、安いファミレスでお喋りに耽ることでしょう。

 画材やら重いものを背負い、大学から出て電車に乗ります。このルーチンも三年目です。半分寝ていても帰れます。花子はいつものようにイヤホンを耳に付け、好きな洋楽を聴きます。何を言っているか6割ほどしかわかりませんが、それでも好きでした。ランダムで邦楽も流れてきました。花子は物語を作るのが好きでした。その音楽をイメージソングとして、主人公を作り上げ、断片的にメモしています。花子にとって自分らしさはこの物語でした。好きな事して生きていきたいと思うものの、自分は文芸学科でもないし、音楽学科でもない。そして、絵が上手い人なんてごまんといる世の中で、美術学科に入る意味はあったのだろうかと悩む日々でした。


ネットの創作小説などのサイトには上げているものの、自己満にすぎませんでした。そして、つり革広告の「歌手オーディション!募集中!」というのを見るたびに、花子は嫌になっていました。受けたい。歌手にもなりたい。しかし、自分は音楽をまともに勉強もレッスンも受けていない。課題に追われて、時間もない。そう悩んで、悩んでいるだけでした。大学はたまたま高校時代に賞を取って、それを使って推薦応募で何となく受かっていただけなのです。花子に才能と言えるものは有りませんでした。この世の中は大学に行っているかいないかで、就職のしやすさは段違いですから。

 そんな事を考えながら、いつものファミレスの前で高校の友人と出会いました。今日は花子と、林花子、西垣奏の三人です。


「鈴木、また荷物多いね! まぁかく言う私も教科書でバッグ、パンパンなんだけどね」


林は医学部で空き時間を確保するのが大変な人です。花子とは中学生時代からの親友です。


「ほら、早く入ろう! お腹めっちゃ空いてるんだ! 昼食べ損ねたからさ」


 ファミレスに入り、お待ち表の名前をどうするかと笑いながら書き込みます。席に案内されて、いつものように大学のこと、好きなアーティストの話、年末どうするなど、たわいのない会話を広げます。こんな時間がずっと続けば良いのにな、と花子は思います。ですが時間は有限です。話しながら食事を済ませばあっという間に帰らなければいけない時間になります。十二月の寒い夜の新宿に三人は再び出ます。三人は寒さに愚痴を吐きながら腕を組みながら足並み揃えて駅に向かいます。今から帰る人、もう既に出来上がってフラフラな人。花子はそんな人たちを見ながら、自分の将来はどうなっているのか考えて不安になっている、それだけでした。


「漫画の新刊出てさ、買いたいんだ。あそこならまだ空いているし寄って良い?」


西垣の提案で本屋さんに寄りました。いつものルートです。

 本屋の漫画コーナーに行くと「声優になるために、レッスンを受けませんか?」という広告が貼ってありました。花子はまた気になってしまいます。演技も好きだけど、こういうのは養成所やどこかに所属している人向けなのだろうと気になるだけでした。花子たちは隣接している店で、好きな歌手のアルバムを買いました。アルバムの置いてある横では、その歌手のライブ映像が流れていました。憧れはあっても、自分には何もできない。そんな事ばかり考える花子は、自己嫌悪でたまりませんでした。

 中身のない会話をし、帰りの人で溢れる新宿駅に着きました。


「またね~」


林は特急、西垣は急行、花子は各駅停車のため、帰りは一人です。花子は運良く座席に座れました。電車の揺れはどうも眠気を誘います。現在時刻二十三時過ぎです。日を越すまでには家に着きそうです。家族は誰かしら起きているだろうと、考えているうちに花子は寝てしまいました。


 「…! だ…! 大丈…!」


女性の呼ぶ声が聞こえました。花子は聞いたことない声と、嗅いだことない匂いに目を覚ました。


「大丈夫? アリエッタ」

「は?」


花子に声をかける少女は、絵本で見た様な愛らしい顔に、クラシカルなエプロンドレス、明らかに現実では古い服装としているものです。周りを見渡せば花子は小さな花畑の中にいました。木々が生い茂り、小鳥の囀り、そばにある川音、木漏れ日が射していました。


「なんでここに? 確か、アリエッタは以前の戦いで亡くなったはず」


少女は花子の事を上から下までまじまじと見てきます。その目線に合わせて、花子は自分の服装に驚きました。裏地に星が流れているマントに、宇宙の様に青々しいく綺麗な服装。花子は自分の姿に理解が追いつきません。流れが落ち着いている川に顔を覗き込み自分の姿を再度確認します。


「な、何これ? ファンタジー?」


顔や髪型は変わっていませんが、服装が全く違います。現代ではコスプレでしか見た事ない様な服です。


「アリエッタ、どうしたの? あの時の戦いの後みんな探していたんだよ! 死んじゃったって思っていたいのに生きてたなんて、みんな喜ぶよ!」


少女は無垢な笑顔で花子の手を取って、歩き出します。


「ま、待って! ここどこ? 日本語喋っているし、日本なの?」

「にほん? ここはキリマ大陸のエラセドだよ? 住んでいた場所じゃん! 私はティーモ。忘れたの? まぁ、あんな激しい戦いだったから記憶喪失してもおかしくないかな」


花子は少女の手を力強く振り払います。


「待って。私は鈴木花子、アリエッタじゃない」


少女はきょとんとして笑います。


「何言ってるの! その顔に髪の色、服装、声も!アリエッタそのものだよ! ほら、とりあえず街に戻ろ!」


このティーモと言う少女は、確実に花子の事をアリエッタと信じて疑っていない様です。

 花子は自分がどうしてこんな所にいるのか記憶を辿ります。電車の中でうつらうつらとしたのが最後の記憶です。夢というのが一番考えられます。ですが、夢にしては意識もはっきりして、内容が飛んだりしません。寝ている時の夢は大概、気づいたら次の場面に行き、意識も考える前に違うものに変わってしまうはずです。花子は拳を開いたり閉じたり、足を動かします。自然に動きます。違和感などありません。とりあえず、ティーモに着いていくほかなさそうだと花子は感じます。


「ティーモ? あなたが言うアリエッタって人と私が似ているの?」

「似ていると言うか瓜二つ!」

「街に行ってもいいけど、あとでアリエッタについて詳しく教えてもらっていい?」

「本当に記憶失くしちゃったの? 街に行ったらみんなに出会えるから、思い出せるかもよ。行こう!」


 花子はティーモに着いていきます。周りは明らかに日本の自然地帯ではなさそうです。飛ぶ鳥も、地に歩くウサギらしき何か、咲く花も見たことがありません。明らかに地球ではありません。花子の脳裏に浮かんだのは“異世界”でした。帰れるのか?と考えても仕方がないと思い、とりあえず今の状況を確認することが第一と考えました。優しく光る木漏れ日を浴びながら、道を歩いて行きます。


「アリエッタはなんで、あの花畑の中で倒れていたの? 昨日までは見かけなかったけど」

「わからない。目が覚めたらここだった」

「戦いの後、遺体がないからわからなかったけど、ここにワープさせられていたのかもね」

「さっきから言っている戦いって?」


ティーモは心配そうに花子を覗きます。


「本当に忘れてる? ポラリスの人たちの名前も?」

「ぽ、ポラリス?」


ティーモは再び花子の手を握り、急いで歩きます。ティーモの表情は少女らしい無垢な笑顔から真剣な顔になります。


「あんなにずうっと一緒に戦ったパーティのこと忘れるのは重症だよ。早く会いに行って思い出そう!」


 しばらく歩くと視界が晴れ、街と思われる場所が見えます。現世の知識で言えば、ドイツに近いでしょうか。煉瓦造りの建物で、石畳が道を示します。人々はまさにゲームの村人の様な格好です。時折、戦士の様な格好の人も見えます。花子とティーモが街の門に辿り着きました。門番がティーモに通行証を提示する様に求めました。その際に、花子を見て叫びます。


「アリエッタさんだ! 生きていたのか?!」


その門番の叫びは歓喜に満ち溢れていました。他にいた門番も喜びだし、歓迎ムードで門が開きました。


「とりあえず、中央広場! ポラリスの人たちいるからさ!」


 中央広場に行くまでに、花子は多くの人から喜びの声と、人々の視線を浴びました。アリエッタという人物がいかに街の人にとって重要なのかがわかります。人々から喜ばれる事に悪い気はしません。しかし、その期待に近い喜びは花子にとって、重く感じました。

 中央広場は大変広く、ここでひとつのコンサートドームが作れそうです。中央にはシンボルになっているであろう、噴水がどっしりと構えていました。中央広場に着くと同時に、三人が駆け寄ってきました。

ひとりは大きな盾を背負い、結んでいるドレッドヘアーが目を引かれる陽気そうな男性。ふたり目は古典的な魔法使いの格好をした背の小さい少女。と、見間違えました少年。帽子の下にちらりと、おでこに小さい十字の模様が見えます。三人目は花子の身長より大きな大剣を背負い、髪色は艶やかな赤髪をした凛々しくも気高い女性。初めに少年が花子に抱きついてきました。


「生きていたんですね! 僕、すっごい悲しくて……。よかった〜!」


今にも泣き出しそうでした。そして、陽気な男性は花子の肩を組み、芯に響く大きな声で喜びました。周りの人々も騒めき出し、先ほどより沢山の人が中央広場に集まりました。


「エルナねぇさん。アリエッタ、あなたたちの事思い出せないみたいなの」

「何?」


大剣の女性は花子に問いかけます。しかし、花子は彼女たちの名前何ぞ知りません。


「しかし、瓜二つな上、その服はアリエッタの唯一の服。偽物としてもよく出来ているが、とりあえず本人である確認をしなければな」


大剣の女性はエルナと言いました。それに続き、陽気な男はウェイズ、少年はメイザと名乗りました。ウェイズは花子に注文します。


「アリエッタの魔法は、珍しい宝石魔法だ。宝石を生成して攻撃できる唯一無二の属性。できるだろ?」


魔法という言葉は空想上でしか花子は聞いたことありません。しかしこの人たちは当たり前のように魔法使ってみろと言ってきました。花子はできるだろと言われても、何をどうしたらその魔法が使えるのか知る由もありません。

 出来ないのかと不安がられていると、街中に鉦の音が響き渡ります。


「魔物が門を突破したぞ!」


視界を埋めるほどいた人々は、どよめきながら建物内へと逃げていきます。ティーモはエルナに一礼して、門とは逆の方に逃げていきました。ウェイズとメイザは瞬時に鎧を召喚し、張り詰めた空気を感じさせます。ウェイズは果たしてそれで動けるのかと思えるほどの鎧、メイザは着込む形ですが、周りに本が浮いています。花子はメイザに手を引かれて一緒に向かいます。


「アリエッタ。本当に私達のことを忘れたのか?」


悲しげなエルナの表情に、花子は申し訳なさが込み上げます。私と似ているが、私ではない誰か。私にはわからない。花子はとてももどかしい気持ちでした。


「いいって。戦っていたら思い出すんじゃねぇか?」


ウェイズは花子の不安を打ち消すように、明るく笑います。

 門にたどり着くと、すでに幾人が怪物と戦っていました。怪物は現実世界のゲームに出てきそうな見た目です。禍々しいツノに、大木を引きちぎれそうな巨大な腕。周りにはそれが従えている子分らが蠢いています。


「さぁ、行くぞ!」


エルナの掛け声とともに、ウェイズ、メイザが攻撃を仕掛けます。メイザは人語ではない言葉を聞き取れない速さで発し、魔法を繰り出します。炎、雷、氷を使いこなしています。花子は呆気にとられました。ゲームのようなことが目の前で起きているのです。怪物の子分たちは猛攻撃に耐え切れず、光になって消えていきます。それでも数は全く減りません。

 花子は何をすればいいのかわかりません。魔法が使えると言われても、どうやって魔法を使うのか見当もつきません。エルナたちはもちろん、同じ魔法を扱える人間が怪物や子分たちと戦っています。花子はそれを側から眺めているだけの自分に嫌気がさすと共に、怒りがこみ上げました。何もできない自分が情けないのです。


「アリエッタ! 危ない!」


ウェイズの叫び声が花子の耳に入ります。自分がアリエッタと呼ばれてしまう事に慣れておらず、反応するのに遅れてしまいました。急いで顔を上げたその反動で、周りを見渡しました。花子は怪物の子分たちに囲まれていたのです。考える間も無く子分たちは花子に襲いかかってきます。いきなりの事に驚き、花子は足首をくじく形で転びました。手の甲に切り傷を負いましたが、運良く避けることができました。

 花子は自分の手の甲から流れる血に動揺しました。痛い。夢ではないことが確信になりました。現実に起きていることなのです。地面の砂の感触、足首の痛み。全ての感覚が身体中に染み渡ります。本当に夢ではないなら、一体ここは何で、何故ここにいるのか、疑問が頭を埋めます。

 しかし、そんな事を考える暇もなくすぐに怪物の子分たちは再び花子に襲いかかってきます。本当に痛覚が生きているなら、死という文字が浮かび上がります。まずはこの場を凌ぐことが第1です。花子は生命の危機を感じ、咄嗟に腕で防御しようとしました。その瞬間、花子の周りに、星のように輝く宝石が浮遊しはじめました。言葉では表現できない美しさと輝きです。現世では見られないものでしょう。

 そのまま宝石は鋭い形に変形し、怪物の子分らに飛んでいきました。怪物の子分らはメイザが倒したように消滅せず、その場に倒れ込みます。目をすぐに覚ましますが、先ほどのように恐怖を感じる存在は無くなっていました。周りを見渡した後に、門の外へと逃げていきました。


「やっぱり、アリエッタですよ! 魔法で消滅じゃなくて浄化してる! あの宝石は間違いないって!」


メイザはぴょんぴょんと跳ねながら喜びます。ウェイズとエルナも微笑みが見えます。花子の周りには宝石が浮いています。まるで指示を待つかのようです。

 怪物は子分たちがやられて、雄叫びをあげてさらに暴れ始めました。そのタイミングでエルナが花子に近寄り、話しかけます。


「アリエッタ。お前の宝石魔法であれば、あの怪物など一撃で倒せるはずだ。何故やらない」

「そんなこと言われても、私、アリエッタじゃないんだって!」

「その魔法まで使ってまだわからんのか?!」


会話をしていると怪物がこちらに走ってきました。ウェイズが大きな盾で進行を止めますが、長くは持ちそうもありません。


「アリエッタでないことは後で詳しく聞く! まずはアイツを始末するんだ!」

「で、でもどうやってこれ使ったのかよくわからなくて」

「メイザ! 魔法ならお前が詳しい!」


メイザは花子に魔法の使い方を教えます。アリエッタは詠唱なしで魔法が使える優秀な人だったと教えられます。花子は意味がわかりません。本来なら頭の中に詠唱が勝手に思いつくとのことです。詠唱は個人によって違うため、魔法を使用する本人しか詠唱を知りません。メイザは頭を抱えます。とりあえず、念じるしかないと言われてしまいました。

 手間取ってしまったがために、怪物はウェイズを突破してしまいました。エルナとメイザが構えます。

 花子は念じる意味がわかりませんが、とりあえず攻撃するんだと強く考えます。先程エルナにあの怪物を一撃で倒せる力があったはずだと言われたのです。きっとできるだろうと花子は期待しました。

 その期待は宝石たちが答えてくれました。念じたと同時に宝石たちが強い閃光を放ち、円陣を組み始めました。円陣から七色に放たれた光線は、怪物を飲み込みました。怪物の叫び声が途切れ、光線も流星のように消えていきました。怪物は子分と同じく目を覚まし、慌ててすぐに森へと消えていきました。明らかに攻撃的な目がなくなり、メイザが言っていた浄化されているようでした。

 花子の宝石魔法を見た周りの戦士たちは、驚き、いいものが見られたと喜ぶものもいました。皆口を揃えていうのが「さすがアリエッタさんだ!」でした。皆が花子に感謝の意を述べます。花子は悪い気が起きません。むしろ自分がすごい力を持っていて、それが皆から憧れの目で見られるのは誰でも嬉しくなります。現実世界でそんなイベントは花子に起きたことなど、一度もありませんでした。



 門の修理は専門の人に任せ、花子たちはティーモの家が経営する酒場で食事をしました。

酒場は百、二百、いやそれ以上の人がいても入り切るでしょう。

 食べ物は花子も知っているような材料でした。何の肉かまではわかりませんが、野菜も似ており、飲み物も果実でした。酒場は地球でいう西洋のものに似ていました。花子たちはいろんな人から慕われ、有名なパーティのようです。席も専用のもので、料理の量も他の人とは比べ物にならないほど多いです。周りの人も好意で食事を置いていきます。


 「アリエッタどうした! いつもなら一緒に騒いでいたじゃないか!」


知らない人たち全員から似たようなことを花子は言われました。戸惑う花子に割って、エルナが話をつけていました。花子は疲れていて、食事にはあまり手をつけられませんでした。メイザとウェイズはそんなの気にせず両手いっぱいに食事を楽しんでいました。

 ティーモは酒場のウエイトレスとして、花子たちのテーブルに寄り、花子を心配しましたが、他の人に呼ばれてすぐに仕事に戻りました。エルナからティーモはアリエッタと大の仲良しであると伝えられました。そんな会話から、一体アリエッタとは何者かをパーティのリーダーであるエルナから教えられました。


「アリエッタは最強の魔法使いだ。魔物に負けることもなく、唯一無二の属性魔法を扱っていた」


この世界の魔法にはいくつか種類がありました。まずは属性魔法。メイザが使っていたものです。炎・などの自然に存在している物が使える魔法です。アリエッタはそれのどこにも属さない宝石を扱う魔法のようです。そしてふたつ目はエルナやウェイズが使っていた召喚魔法。鎧や剣、武器を召喚する魔法です。他にも回復魔法や、属性魔法を応用した重力魔法やらがありますが、話の主旨ではありません。小難しい話をしているとウェイズが花子に話しかけます。


「つかさ、アリエッタじゃないってお前言っていたけど、誰なんだよ」

「鈴木花子。日本から……来ました」


ウェイズは花子の名前を復唱します。日本が一体何なのかわからないようです。花子はここに来るまでの経緯を話しました。友人と遊んでいて、電車に乗ってうつらうつらしていたら、森の中にいてティーモと出会った。この世界は花子の知る世界と全く違うと話しました。花子の真剣で悲しげな表情に、エルナたちも真剣に座りなおします。


「気がついたらこの世界にいたのだな。つまり、君の世界とこの世界では世界の根本が違う。異世界と言ったところか。君……ハナコがアリエッタに似ているのはたまたまなのか。しかし魔法まで一緒とは」

「エルナ、それよりこいつを元の世界に戻すのが先じゃないか?」


しかし、エルナとウェイズにとって花子の世界は未知の世界です。とりあえず所属しているギルドのマスターに訪ねることにしたそうです。

メイザは花子に、花子の世界について尋ねます。


「あっちの世界? 全然違うよ。魔法なんてないし」

「魔法がな?! じゃあどうやって電気つけたり、料理してるんですか? 魔道電車は?」

「電車? こっちにもあるんだね。あっちは魔法がなくても、電気は作れるし、炎もガス使ってるし」

「ガス……? なんか違う形で同じようなものがあるんですね! へぇ、僕も見てみたいな」


メイザは花子の世界に興味津々でした。その無邪気さは、花子を笑顔にさせました。子供だからでしょうか。知らないことがたくさんあり、新しいことばかりです。メイザはもっと聞きたいと花子に迫りますが、花子は先ほどの戦闘もあり疲れていました。夜になってからだいぶ経っていたので、眠気も感じています。エルナに明日マスターのところに行くと告げられ、三人と酒場の前で別れました。

 アリエッタはこの酒場の上にある宿に住んでいたようです。案内してくれたティーモは花子の体調を気遣ってくれました。


「そっか、アリエッタに似ているだけかぁ。でも、アリエッタじゃなくても、私はこの街を守ってくれる貴方達に感謝しているの! アリエッタと出会ったのも突然だから、気にしないで! これからもよろしくね、ハナコ! 宿と食事のことなら私に遠慮なく言ってね」


アリエッタが住んでいたと言われていた部屋は、綺麗に片付いています。アリエッタが使っていたと思われる櫛や、香水、洋服が見えます。


「急だったから、アリエッタのものがまだ置いてあるの。それでもいい?」

「うん。寝れるなら」

「シャワーあるから好きに使っていいよ。おやすみ!アリエ……じゃなくてハナコ!」


ティーモに手を振って、花子はすぐベッドに寝っ転がります。大きく息を吐いて、力を抜くと、どっと疲れが出てきました。ティーモに手当てしてもらった手を見つめて、夢ではないことを再確認します。もしかしたらこっちが本当であっちが夢なのでは?と思えてしまいます。どうやって戻ればいいんだろうと、考えている間に目を閉じました。


 「……さ……お……さん……」


花子は誰かに肩を叩かれていることに、ゆっくりと目を覚まします。ベッドではない、少し硬い感触がします。その違いで勢いよく起き上がります。


「お客さん、大丈夫ですか?」


横には心配そうに屈む駅員さんがいました。花子は虚ろだった目をはっきりと開き、飛び起きました。友達と別れた後の電車です。外は真っ暗で、駅と電車の強い光だけが射しています。花子は自分の服を確かめます。あのファンタジーな服ではない、自分の服です。


「ここ、どこですか? 日本ですか?」

「に、日本ですよ?」


駅員さんは花子の発言に戸惑いながらも、この電車が車庫に入ってしまうことを告げます。

次来る後続の列車が終電なので、急いでくださいねと、背中を押されて駅におります。


「手、大丈夫ですか? お大事に」


駅員は去り際にそう言い残しました。手は依然包帯を巻かれたままでした。足首を見ると、腫れていました。時計を見ると時間は二十四時を少し回ったところです。時間の流れが違います。あちらでは五時間以上いたはずです。駅に吹く冷たい風が花子に当たります。画材の重さを左手に感じます。終電車のうるさいブレーキ音が耳に響き、花子は確信します。


「こっちも、あっちも夢じゃない」


異世界に行った。そして、戦った。あちらの世界もどこかに存在している世界だったのです。



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