幻想の撃鉄少女-バレットガール-~団長様、どうか私に心配をかけさせないで!~

龍威ユウ

第1話:とある人形の不安

 必要最低限の家具しかなくて殺風景極まりない。

 それが、私がいつも愛用している自室だ。


 前々から物欲の類はあまりなかったのもあるし、今になっても特にこれと言ってほしいものはない。


 一応、気分転換に町に出ることもあるけれど、未だ心揺るがすほどの物と出会ったことが、私にはなかった。


 ほしいものなんて、この世においてたった一つしかない。

 それは触れようと思えば、すぐ近くにあった。

 今も手を伸ばせた簡単に触れてしまえるぐらい、それは私の近くにある。

 だけど、実際には私の手なんかまったく届かないぐらい。とっても遠い。



「――、団長。今、お時間よろしいでしょうか?」

《イクス? あぁ、どうかしたのか?》



 端末の画面、優しい顔をした青年に思わず頬がにやけそうになる。

 いけない、こんなだらしないところを見せちゃうと、団長に嫌われてしまう。

 その想いから必死に、いつもの私を演じる。


 冷静沈着で物静か、後は……自画自賛のようになってしまうけれど、きれいな女性。


 自分で改めて思うと、なかなか恥ずかしいことをしている。


 単純に自己陶酔者ナルシストでしかないし、だけどこの評価は団長からのものだ。


 だから間違ってはいない。

 とにもかくにもそれが、団長が知るこの私――イクス・マキナなのだから。



「あ、いえ……その……特に作戦の予定や相談というわけではないのですが……」

《そうなのか? まぁそれだったらいいんだ》

「申し訳ありません団長。このようなくだらないことでお呼びしてしまうなんて……」

《気にしなくていいよ。いや、そりゃあさすがにワン切りしたりイタズラ目的でされたら困るけど、何気ない普通の話とかだったら俺は大丈夫だぞ》



 この人は、本当に優しい。

 仮にも軍人であると言うのに、どうも優しすぎる。

 それが彼の美徳であって、私をはじめとする多くのヒトが集う結果となった。

 もちろん、団長の一番最初の部下としてそれは誇らしいことだ。

 反面、まったく面白くないというのが、私の本音でもあったりする。

 どうも私の団長は、女性からとってもモテる。


 原因はその優しい性格だからだろうし、かく言う自分もその内の一人であるから、納得してしまえる。


 その所為で、以前ならあったはずの私だけの特権……二人っきりのラブラブ空間が、ここ最近めっきり作れなくなってしまった。


 それもこれも、すべて他のメスたちのせいだ。


 私の……私だけの団長だったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。



《イクス? どうかしたのか? 難しい顔してるけど……》



 どうやら、いつまで経っても私が言葉を紡がないものだから不思議に思ったらしい。


 私としたことが、団長に余計な心配をかけさせてしまった。


 私は――イクス・マキナ。


 そんじょそこらにいる、量産型贋作戦銃姫ヴァルキリーとは違う、選定型デウスの中でも最強と言われた、団長だけの剣にして盾の戦銃姫ヴァルキリー


 彼の隣を歩む女として相応しい立ち振る舞いを。



「申し訳ありません団長。私は特に問題ありません、余計な心配をお掛けさせてしまい、申し訳ありませんでした」

《あぁ、いいんだよ別に。お前が元気だったのなら、それが一番だからな》

「団長……」



 じくり、と下腹部の方が酷く疼いた。

 ……あぁ、いけない。いつもの悪い癖だ。

 ここにいるのは私だけでも、端末を開いているから実質団長と二人っきり。


 彼に見られながら己の欲望を発散するというのも、ちょっと悪くないかもしれない。


 そんな考えがふと脳裏によぎるぐらい、今の私は欲求不満のようだ。

 今すぐにでも発散したい。

 それを、辛うじて残った理性でどうにか押さえつける。


 自分から団長に連絡しておきながら「今から自慰行為をするので通信を切りますね」、なんて、そんなもの口が裂けたって言えるわけがない。


 ここは、なんとか我慢して乗り切る。

 発散するのは、団長との通信が終えてからだ。



「団長……」

《どうした?》



 画面の向こうで小首をひねる。



「あ、いえ。今のはその、そう言う意味ではなくてですね……! あ、あの……もう少し、私とお話をしてもらってもいいですか?」



 無意識の内に右手が下着の中へするりと忍び込んでいたことに、私はハッとした。

 ……後、もうちょっとの辛抱だから。

 何度もそう自分に言い聞かせて、団長との他愛もない会話に専念する。

 団長は、私がいつも夜のオカズにしていることを当然知らない。

 知ったら団長は、どんな顔をするんだろう。


 軽蔑するだろうか、何も思わないだろうか……彼の性格から顧みるに、恐らくそっと優しく見守ってくれる。そんな気がする。


 だけど一つだけワガママを言わせてもらえるのなら、どうか私に興奮してほしい。

 一人の異性として骨の髄まで意識してくれたら……嬉しいな。

 そんなことを、私はふと思った。



「――、それで町に行った時なのですが――」

《――、へぇ。そんなことがあったのか》



 何気ない、ごくごく普通の会話。別段誰に聞かれても恥ずかしくない。

 こんな話を、本当はしたいんじゃない。

 団長には聞きたいことがたくさんある。


 ――団長は戦銃姫ヴァルキリーとの結婚についてどう思いますか?

 ――戦銃姫ヴァルキリーにも生殖機能があるのですけど、子作りしてくれますか?

 ――私との間にできた愛の結晶……赤ちゃんを、団長は喜んでくれますか?


 言いたいのに、戦銃姫人外という属性がどうしても私の邪魔をして、もう何年とずっといるのに未だ聞けずじまいなのがとてももどかしい。 

 だって、私は……私達戦銃姫ヴァルキリー人間じゃない・・・・・・から。

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