ex Re 世界の平和を守る者として最悪な選択 上

 思わず硬直してしまう篠原に柚子は言う。


「一応確認しとくっすよ……大丈夫っすか? 篠原さん」


「……」


「失礼も承知で言うっすけど……篠原さん、こういうの苦手っすよね」


 そうして向けられる視線も声音も、姉に似て平時とは似ても似つかない。

 ……冗談が一切混ざらない。今自分は本気で心配されているように思えた。

 心配された上で、おそらく逃げ道を示されている。

 ……だが。


「程度はどうであれ得意な人間はウチにはいないだろう」


 良い意味で、それが苦手ではない者は北陸第一にはいない。

 だからそうして用意された逃げ道を責任ある立場の自分が通って良い訳がないのだ。

 故に、歯を食いしばって前へと進む。


「行くぞ、風間。アンノウンを討伐し赤坂を助け出す」


 だが自分で言っていて理解できた。

 確かに前へと進む為に吐き出したその言葉は、その行く先を定め切れていない。

 そしてそれは風間にも伝わる。


「それだけでいいんすか?」


 自分が認識しているよりも、もしかしたら鮮明に。


「どういう意味だ?」


 篠原が問い返すと、風間は真剣な声音で言う。


「助けるのは伊月ちゃんだけで良いのかって聞いてるんすよ」


「……」


 言いたい事は理解した。

 理解したくはなかった。


 否、後になって自覚するより、今このタイミングで向き合えて良かったのかもしれない。

 どの道迷いが生じるのは目に見えていた。


「良い訳が無い」


 相対しているのはキリングドール。

 ユイと同類の存在だ。

 対話をする事で最悪な未来を回避し、自分達と共に歩む道を選択してくれたユイと同類であり、世界間での戦いの被害者とも言える子供だ。


 そんな相手と戦えるかどうかと言われれば戦える。

 何の可能性も模索せずに破壊……否、殺害できるかどうかと言われればきっと可能だ。


 だがそうしたいかどうかという、一個人の感情の話をすればそれは断じて否だ。

 そんな選択が最善である筈が無い。

 そんな事が最善であってたまるか。


 もう自分達は、最善の選択の先を見ているのだから。


 だけど。


「だがそれは俺個人の我儘だ」


 あくまで私情。理想論だ。あまりにも現実的ではなく破滅的な考えであるという事は先人達の行動の結果が教えてくれている。


 ユイの今が奇跡の上で成り立っている事なんてのは嫌という程分かっている。

 だからこそ。


「ユイの時の様にはいかない可能性が高い。あれは何重にも奇跡が重なった結果で──」


 だから必死に自分にそう言い聞かせた。

 二度は無い。

 自身の軽はずみな理想論が周囲の人間に甚大な被害を齎すと。


 責任のある選択をしなければならないと。

 とにかく……とにかくそう言い聞かせた。


 だからもしこの場に居たのが自分一人で有ったのならば、勝てるかどうかはともかくキリングドールを殺害する為の行動を取れていたのではないかと思う。


「……私は! 私は……篠原さんが指示してくれたら……無茶の一つや二つ位やるっすよ」


「……ッ」 


 結局、程度はどうであれ得意な人間は北陸第一にはない。

 そして気付いた。


(待て俺は……未成年の子供に人殺しをさせようとしていたのか……ッ!?)


 最初は風間が気を使って甘い自分に逃げ道を用意しようとしたのだと感じた。

 だけどこれは違う。

 自分は助け船を出されたのではない……きっとその逆だ。


 「篠原さん!」


 風間柚子の目は……酷く泳いでいた。

 まるで底無し沼に溺れるように。

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