4 全ての発端になった現象について 下

 訓練が終わった後、鉄平とユイは野次馬数名を引き連れて技術開発課へと足を運んだ。


「やあやあユイ君と杉浦君。そして野次馬の皆さん。別に構わないが大所帯だね」


 出迎えた二十代後半程の白衣を着た目に隈のあるクールな女性課長の松戸は、デスクでコーヒーを片手に一行を出迎える。


(なんか人前で晒したくないような結果が出てきそうなのに、大勢連れてきちまった……)


 この場に来たのは鉄平とユイを合わせて六人。

 当事者の鉄平とユイに、一応あの場に居たからそのままのノリで付いて来た柚子。

 加えて鉄平とユイという特殊な人材を受け入れた責任者とも言える篠原に、その部隊の副隊長を務める神崎。

 そしてどこからか聞き付け、いつのまにか居た杏。


「いやいや俺と篠原さんは野次馬とかそういうんじゃないですって」


「俺や神崎はこの二人の事についてはしっかりと把握しておかなければならないからな。野次馬は風間姉妹だけだ」


「まあ昼の場に居合わせてたっすからね。最後まで付き合わせて欲しいっす」


「私もです松戸さん。北陸支部を率いる者として、所属しているウィザードの事は良く知っておかないといけませんから」


「「「「「「……」」」」」」


 おそらく杏以外の全員が同じ事を考えていると思う。


(……うまく仕事を抜け出す口実に利用してるんだろうなぁ)


 確か普通に仕事が溜まっているのと、なんだかよく分からないがパーンってなって大変な事になってるらしいので、普通にこんな所で油売ってる場合ではないと思う。


「……別に構わないとは言ったが、先に確認させてはくれないか。おい杏。週初めにウチから出した申請の件どうなってる」


 クールな感じの雰囲気にややチンピラみたいな声音を乗せて放たれた言葉に杏は首を傾げる。


「……申請?」


「一回お前通してからじゃないと本部の認可下りない奴のだ」


「…………」


「……忘れてたな?」


「……………………はい」


「そんなお前は今此処に居るべき人間か? 自分の仕事しろ。帰った帰った」


 そう言われた杏は助け船を求めるように周囲を見渡し……その反応が芳しくないのを確認してから、絞り出すような声で言う。


「…………ガムあげるから許してください」


「許す訳ねえだろ小学生か。おい」


 軽く松戸さんが手を叩くと、部下と思わしき白衣の女性が二人出てくる。


「杏を支局長室に連れていけ。多少手荒に扱っても構わないぞ」


「え、ちょ、これ本当に退場な奴? あの、ちょっとだけだから。後で頑張るから……松戸さんの鬼! 悪魔! ……悪魔ぁ!」


「ボキャブラリー少ねえ! ……今度おいしい店連れてってやるから頑張れ!」


「私は今! 今休みたい! あ、ちょ、自分で歩くし逃げないから両腕掴んで引きずってくのは止めてくれないかな。歩くから自分で……あ、駄目だ私支局長なのに全然人望無い! ああ~」


 そんな感じで騒がしく連行されていく杏。

 ……特に驚きはしない。平常時の北陸支部の風物詩といった感じだ。


「さて、問題児を送り出した所で本題に入ろうか」


 再びクールな雰囲気でそう話し始める松戸。

 その言葉を誰も否定しない。

 分かってる。風間杏が善人で優しくて良い人で、やる時は誰よりもやる凄い人なのは、この場にいる全員がきっと分かっている。


 それはそれでその辺の事実は全く否定する気は無い。

 流石に松戸が内部の人間でなく、上っ面しか見ていないような外部の人間なら苦言を呈するとは思うが。


 ……とにかく、此処からがようやく本題だ。


「話は聞いている。ユイ君が現在こうして弱体化してる理由が、キミに言ってしまえばアンノウンを扱う才能が無いからではないかという仮説が浮かび上がった。だからその事についてより詳しく調べたい。そういう事だね」


「そういう感じじゃ。すまんな松戸さん。忙しいのに」


「いや、構わんさ。普段頑張ってるユイ君の頼みだし……それに、その辺を調べる事が技術の発展に繋がるかもしれない……色々試してみよう」


 そう言って松戸は椅子から立ち上がる。


「着いてきたまえ」


「あ、はい。えーっと、これから何をするんですか?」


 鉄平の問いに松戸は答える。


「なに、大した事はできんさ。ただキミに色々な装備を試してもらうだけだよ。そうすれば自ずと結論が見えてくる筈だ」


「……」


 ユイやユイの持ってきたリストバンドのみ力を引き出せていないのか、それとも全般的にそうなのか。仮に前者だった場合、どういう法則性があるのか。

 ……そういう事をはっきりさせる為に。


「よろしくお願いします」


 鉄平はユイと一名欠けたギャラリー達と共に実験室へと足を運んだ。




 ……その結果。




「えーっと、結論を言うとだね……杉浦君。キミはある意味芸術的と言いたくなる程に、無意識化で発動させるタイプのアンノウン全般を扱う才能が無いんだ」


「……結局そんな感じなんですか」


 三十分程経過した段階で、そういう結論が出た。

 出てしまった。


「ああ。例えるならバスケのフリースローで自分のところのリングに入れる位だねぇ」


「……そうですか」


「いやこれツッコミ入れるところっすよ……露骨に落ち込んでるっすねえ」


「……いや、大丈夫」


 否定してみるが、声に覇気が乗っていないのは自分でもよく分かった。

 分かってる。才能が無い。だけどそれで困っている訳ではない。だからどうしたという話なのだ。


 それでも……やはりユイと出会った時の一連の出来事は、自分を大きく変える程の出来事で。

 だからこそ、その前提を作り上げていた何かは、うまく言えないが良い感じの物であって欲しかったのだ。


 それがその対極。


「……マジでそんなしょうもない理由なのか」


 肩を落として溜息を吐く鉄平の肩を叩いたのは柚子だった。


「ドンマイ、元気出すっすよ。ほら、ガム食べるっすか?」


「……いや慰め方雑すぎんだろ」


「は、覇気が全然ないんすけど!」


「いや、でも大丈夫。全然気にしてねえから……」


「気にしてねえ奴のテンションじゃないんだよなお前……」


「此処まで覇気の無い杉浦は初めて見たな……」


 各々がそう言うのを聞きながら再び溜息を吐いていると、ユイが鉄平の前に来て視線を合わせて言う。


「あんまり落ち込むな鉄平。確かに聞こえは悪いかもしれんが……そんな鉄平じゃなきゃ今のワシはいないのじゃ」


「いや、でもさ……」


「鉄平」


 ユイは鉄平の両肩に手を置いて言う。


「鉄平はワシを助ける才能が有った。そうだ、悪く考えなければ良いのじゃ。ワシに世界征服なんて馬鹿な事をさせず、今の日常を送らせる事が出来る。そんな才能が鉄平にはあるのじゃ」


「ユイ……」


「ワシを助けたその力を、あんまり悪く言わないで欲しいのじゃ」


 そう言ってユイは笑みを向けてくれる。


 ……結局、それは事実をどう捉えるかだけの違いで、本質は何も変わっていない。

 実際その言葉通り全てを前向きには捉える事は出来ないと思う。

 最近色々な事がうまく行っていた事もあり、その辺りの落差は大きい。


 それでも。


「そっか……そうだよな」


 そう言ってくれたならそう考えておこうと、ある程度前向きな気持ちになる事はできた。


「よし! そういう事にしておこう!」


「お、声に覇気が戻ったっすね」


「そりゃいつまでも下向いてられねーわ!」


「それで良いのじゃ」


 そう言ってユイは安堵するような笑みを浮かべた。


 と、そこで神崎が何かに気付いたように静かに呟く。

 

「……ちょっと待てよ。杉浦がそういう感じだからユイが弱体化しているんだとしたらつまり……」


「どうした神崎」


 少々重い声音でそう訪ねる篠原の言葉に神崎は答える。


「いや、ほんと良い意味で考えれば一部のアンノウンに対して物凄く高い耐性を持っているって事だなと」


「あ、確かに……そう考えると凄いっすね」


「ってことは俺普通に良い感じって事か!」


「普通にどころか結構凄い事だぞ多分。やったな杉浦」


「そうっすよ! 北陸第一の秘密兵器っす! これでよく分からないヤバい何かが出てきたら杉浦さん突っ込ませたら大解決っすね!」


「いや扱い雑すぎんだろ馬鹿か!」


「お、本格的に元に戻ってきたっすね!」


「鉄平復活じゃ!」


 そんな感じにワイワイ騒いでいるところで、松戸が咳払いをする。


「ポジティブに捉えるのは良いが、お静かに」


「「「「すみません」」」」


 少しはなれて傍観していた篠原以外の四人で頭を下げたところで、そろそろお開きだ。


「じゃあ良い感じに纏まったところでそろそろ解散するか。流石にちょっと杏さんの仕事手伝ってくるわ」


「そうっすね。解散しますか」


 全ての発端になった現象について調べる会はこれにて終了だ。


「改めてですけどすみません時間作って貰って。ありがとうございました」


「ありがとうなのじゃ!」


「構わんよ、良いデータも取れた。というかもっと早い段階でやっておくべきだったなこれ」


 そう言って松戸は笑った後、真面目そうな声音で静かに言う。


「ああ、でも篠原さんだけ少し残ってくれないか」


「……ああ」


 返答する篠原の声音もどこか重い。

 というより此処に来る段階には既に、普段と様子が違っているようだった。


「ん? なんかシリアスな雰囲気っすね……篠原さん、何かやらかしたっすか?」


 それに対し松戸が言う。


「いやいや篠原は基本おかしな事はしないさ。風間姉妹じゃあるまいし」


「最近お姉ちゃんとセットでディスられる事多いんすけど、流行ってるんすか?」


「柚子が流行らせたんだ。よ、インフルエンサー」


「元気になった途端この野郎……もうちょっと落ち込んでた方がよかったんじゃないっすか」


「逆に柚子は落ち込むというか少し落ち着いたらどうじゃ? なんかもっと考えて行動するというか……ワシたまに心配になるんじゃけど」


「善意の言葉が辛辣ぅ! というか私直近でなんかやらかしたっすかね!?」


「いや風間お前三日前の昼過ぎ……」


「あ…………その節はマジですんませんでした……」


 そんな感じで引き続きワイワイしながら、篠原を残して技術開発課を後にした。


 だけどそんな自分達とは裏腹に最後まで、篠原の空気はどこか重い。


(……ま、この人も色々と大変なんだよな)


 この人にだけ監査の話が流れてきたりするように、きっと本来の役職以上に大変な立ち回りをしているだろう。

 故にユイの事以外でも色々と大変な事を抱えてそうな事は分かっていて、だから必ずしも今目の前で起きている事だけのリアクションを取れるかどうかなんてのは分からなくて。


 とにかく部下として、色々と動いてもらった側としてできる事があるとすれば。

 しっかり真面目に仕事をして、頼られるような立派なウィザードになって、この人の負担を減らしてやる事だろうか。


 ……自分の中に新しい可能性を見付けられた事もある。


(俺は俺で、やれる事をやっていくんだ)


 そう改めて考えながら、鉄平はその場を後にした。

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