3 全ての発端になった現象について 上
「そういえば鉄平にちょっと渡したい物があったんじゃった」
タブレットをスリープモードにしたユイは、衣服のポケットから白いリストバンドを取り出して手渡してくる。
「なんだこれ」
「手首に嵌めてみれば分かると思うぞ」
「……?」
言われるままに手首にリストバンドを嵌める。
「どうじゃ?」
「どうって……ジャストフィットしてるけど」
「いやそういう事じゃなくての……なんかこう、力が湧いてくるみたいな。そういう感覚あるじゃろ?」
「? 力……まあよく分からねえけど、折角用意してもらったんだ。ちょっとやる気出てパワーアップだな」
「いやほんとそういう事じゃなくてじゃな……なんかこう、気持ちの話じゃなくてちゃんと力が湧いてきたりせんか?」
「……いや?」
全くもっていつも通りである。
いまいちユイが何を言いたいのか分からない。
「……という事は失敗か? ワシの力に干渉しないように作った筈じゃが……いやそれ以前に色々と失敗なんじゃろうなぁ」
ユイは軽く溜め息を吐く。
「えーっと、結局これは何なんだ?」
「ワシが作ったウィザード用の装備じゃ。装着するとちょっと身体能力が上がる」
「とんでもねえもん作ってね? なんか他の皆の奴とコンセプト全然違うじゃん」
ウィザードの装備は基本的に一般的な人間のスペックを越えた戦いで運用するための武器であり、別に一般的な人間のスペックを越える為に使われる物ではない。
それこそ武器にしたユイのように手にするだけでパワーアップとはいかないわけだ。
だがユイは首を振る。
「いや、そこまで凄い物でもないのじゃ。作ったとは言ったがワシはワシの力に干渉しないように少し改造しただけで、これのベースは元から管理局にある技術で作られていた代物じゃ」
「……じゃあなんで誰も使ってないんだ?」
「ウィザードが使う魔術はワシみたいなアンノウンにある程度耐性がある。ジェノサイドボックスの時も柚子や神崎さんはピンピンしておったじゃろ? そしてこれはどちらかと言えばそっち寄りの技術じゃ。魔術との同時使用はできん」
「そしたら普通に魔術使ってた方が良いって事か」
「そういう事じゃ」
「……で、なんで今回それを俺に? お前の力と干渉しない使用にしたって事は、更なるパワーアップ狙いって事か?」
「いや、ワシの力をまともに使おうと思えば多分邪魔になると思うのじゃ」
「……じゃあほんとなんでこれを?」
ユイの意図が読めないでいる鉄平の問いに、ユイは答える。
「別にワシら四六時中一緒にいる訳じゃないじゃろ? 今日の午前中もそうじゃし、休みの日も鉄平一人で出掛けたりワシ一人で出掛けたりって事も最近はちょいちょいある」
「まあそうだな」
その言葉に頷くとユイは言う。
「で、もしワシがいない時に鉄平が何かに……それこそアンノウン絡みの一件に巻き込まれでもしたら大ピンチになる訳じゃ。鉄平は魔術を使えんからの」
「まあそうだな」
鉄平がウィザードになってから1ヶ月半程経過したが、現状鉄平に魔術は使えない。
当然知識としては一般人より知っているが、それでもそれを使う訓練を受けていない。
神崎曰く下手な付け焼き刃を身に付ける前に、ユイの力を今よりもっとうまく使えるようになった方が良いとの事だ。
……ユイが用意したリストバンドが実際そうなように、魔術とユイの相性が良いかどうかは微妙なところなので、今にして思えば適切な判断だと思う。
……とはいえユイがいない状況で有事に巻き込まれた場合は確かに無力だ。
ユイを剣にしなくても多少の力は供給されているが、それも精々人一人抱えて二階から飛び降りても平気程度の物だから。
対人トラブルならともかくアンノウン相手では焼け石に水だろう。
「それで自衛の為にって事か」
「そういう事じゃ。技術開発課の人に聞いたら渡して良いって言われたからの……まあ調整失敗してるみたいじゃがな」
「まあ気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとな」
言いながらリストバンドを外してユイに手渡したところで、近くに座っていた柚子が歩み寄ってくる。
「あ、それちょっとそれ貸して貰って良いっすか?」
「ん? 良いけどどうしたんじゃ?」
「お前これ要らねえ奴筆頭だろ」
「いやーそりゃそうなんすけど、自分の魔術以外でパワーアップってパターンは体験したこと無いんで。単純に気になるんすよね。知的好奇心旺盛なんすよ」
「その好奇心を勉強に向ければ……」
「それブーメラン……ではないっすね。杉浦さん今めっちゃ勉強してるし」
そんな事を言いながら柚子はリストバンドを受け取る。
「あーでも多分なんの効果もないと思うのじゃ。見立てじゃワシの力に干渉しないようにした結果、効力自体がなくなってるパターンっぽいから」
「へー」
話し半分に聞きながら柚子はリストバンドを装着。
「どうじゃ? 変わっとらんじゃろ?」
「…………いや?」
柚子はその場で軽く数回ジャンプする。
「めっちゃ体軽いっすね……そりゃ!」
言いながら軽くシャドーボクシング。
「うん、魔術を使ってない時より遥かに体軽いっすよ。その気になりゃこのテーブル位軽く破壊できるっすよ」
「……やるなよ?」
「やるわけないじゃないっすか、マジトーンで言わないで欲しいっす」
そう言いながら、柚子はリストバンドを取りユイに手渡す。
「これユイちゃんの力に干渉しないってところがうまくいって無いんじゃないっすか。しらんけど」
「むぅ……」
ユイは少し悩むような仕草を見せてから、再び鉄平にリストバンドを手渡した。
「鉄平、もう一回じゃ」
「お、おう」
言われるがままにリストバンドを装着する。
相変わらず変わりはない。
「さてと」
そう言ったユイは鉄平の手を取り……ダガーナイフへと姿を変える。
こっちは当然のように強い力が沸き上がってくる。
いつもの感覚だ。
「おい急にどうした?」
ユイに問いかけるが返事は無く、変わりに静かに独り言を呟く。
『いや……やっぱりこれ……えぇ……どういう事じゃこれ……』
そしてしばらく一人の世界に入った後、静かに元の姿へと戻った。
「マジでどうした?」
「いや……その、なんというか……ちゃんと力が問題なく供給はされておるんじゃよな」
「いや、でもなんの変化もねえぞ」
現在進行形でリストバンドを装着しているが、やはりなんの変化も無いままだ。
「……気付かない程に微弱という事じゃ。この手の装備も一応無意識に使っている感じになるから使う人によって効果に個人差があるらしいのじゃが……それにしたって……」
「個人差があるって事は、杉浦さんがあり得ない位にセンスというか、そういうの使う才能無いって事っすかね。ははは」
「おいお前言い方考えろ……よ?」
何かが引っ掛かるように言葉が詰まり、そしてユイと柚子も真顔になって硬直する。
……そして脳裏に自然と四月上旬の事が浮かんでくる。
ユイは何故か大幅に弱体化し、普通の人間のように適度に食事を取らなければ倒れるような状態にすらなっている。
大幅に弱体化……まるで今手首に付けられた白いリストバンドのように
そして鉄平は静かに言葉を紡ぐ。
「もしかしてユイの弱体化の理由って……これホントに俺があり得ない位ポンコツだった系のオチ? 凄く良い感じの理由とかじゃなくて……?」
「……これ笑ったりしない方が良い奴っすかね」
「あの……分からんぞ? めっちゃカッコいいそれっぽい理由の線もまだあるって。だからとりあえずそんな悲しそうな顔するのはやめるのじゃ……」
「えぇ……」
とりあえず訓練が終わったら技術開発課に足を運んでみる事になった。
……既に足取りが重いが。
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