17 その手に転がり込んだ物

 全神経を目の前の化物へと向けた。

 そして次の瞬間には距離を詰め、振るわれた枝分かれする拳を僅かな体の動きで回避し、回避不能な分はユイの刀身を振り上げ切り落とす。

 そこから隙を突くようにもう一歩前へと踏み出し、勢いよく黒い巨体目掛けて袈裟斬りを放った。


 ……流石にこの一撃で決着が付くなんて都合の良い事は無い。

 今だ周囲は黒く染まり続けていて、目の前の巨体も健在だ。

 ならば消し飛ぶまで、同じ事を繰り返すだけ。

 それさえ繰り返す事さえできれば。


『よし! いいぞ鉄平! 最強じゃ!』


 自分のような素人でも、大きな歩幅で前進して行ける。

 一秒一秒、勝利へと近付ける。

 そして繰り返せる。

 ユイの力があればきっと。


「次だ!」


 再び放たれた拳による攻撃を回避し捌き、それから流れに身を任せて切り払う。

 そして刀身がジェノサイドボックスの肉体を抉り取ると、反撃の動きが悪くなったのが見えた。


 入っているのだ、深いダメージが。

 再生しなくなっただけで依然強固な肉体に、癒える事の無い傷が。

 そしておそらく、今までは吸収したエネルギーをダメージを負った状態で一定以上の動きを維持する事にも使っていたのだろう。

 それが分かる位に、向こうの動きの質の低下は露骨だ。

 そしてそれすら満足に出来ていないのだから、おそらく再生も無い。


 とにかく、たったこれだけの攻撃でそうなる位には向こうの優位な状況は崩され、そしてユイの力で放つ攻撃は鋭く重い事を表している。


 そして動きが悪くなれば即ち大きな隙を生む。

 そんな相手に向かって剣を構えた。


『鉄平、これももう一回試すぞ!』


「ああ、やれる事は全部やろう! 行くぜええええええええッ!」


 そして次はこれを振るう。

 先程放った相手を内側から破壊する力。


 それをジェノサイドボックス目掛けて振るった。


 そしてそういう攻撃が普通に斬りかかるよりも効果的だったのかどうかは分からない。

 分からないが結果的にそれを叩き付け、衝撃が黒い巨体を駆け巡っている最中。


 目の前の黒い巨体と共に、周囲の黒い影が消し飛んだ。


『やったか!?』


「それやってない感じ滅茶苦茶出るから止めてくれね?」


『……?』


「まあでも……無事やったんじゃねえかこれ」


 此処までの経緯を考えれば、あまりにもあっさりと。

 だけどもそれは当然の事なのかもしれない。


 ユイの力は良い意味であの化物に劣ってなんかいなくて、そして此処までお膳立てをして貰ったのだ。


 数回の全力攻撃を直撃させて、あっさり倒せない方がきっとおかしい。

 ……今に至ってもまだ、自分が助けた少女が持つ力を過小評価していたわけだ。


 そうやって少しずつユイへの評価を更新していると、結界の外から声が聞こえてくる。


「よし、なんとかなったか」


 半透明の結界の外で構えを取っていた神崎はそう呟いた後、小さくガッツポーズを作っていた。


(神崎さんの作戦が無きゃ今頃まだ戦ってただろうな……助かった、本当に)


 優秀な上司に心中で感謝しながら、視線をずらすと、この作戦の要となっていた少し辛そうな表情の柚子が視界に映った。


「お疲れっす! あの杉浦さん! もうこの結界解除して良いっすか! 空中にそんなバカデカイ結界出しとくのマジしんどいんで!」


 どうやらこのフィールドを維持するのが相当辛いらしい。鉄平には魔術の基礎知識が一切無いが、きっとそうなのだろうなというのは表情を見れば凄く伝わってくる。

 正直さっさと解放してやりたい。

 やりたいが。


「えっと、これもう大丈夫……なのか? その辺俺に聞かれてもよく分からねえんだけど」


 ジェノサイドボックスに対する基礎知識をニュースでみたような情報しか持っていない以上、なんとなくもう大丈夫だろうというふわふわした直感しかこちらにはない。

 本当にこれで終わりで良いのだろうか。


 そう考えているとユイが自分から元の姿へと戻る。


「ちょっと待って欲しいのじゃ」


「ユイちゃん?」


「どうしたユイ」


「いや、なんか倒した化物から小さい何かが出て来ていたような気がしての。一応確認した方が良いかもしれん」


「え、マジで? そんなのあったか?」


「うん、気のせいじゃなければの」


 そう言ってユイは足元に視線を向けた。


「お、これじゃこれ」


 そしてユイはそれを拾い上げる。

 飴玉程度の小さな白い球体。


「マジだ……全体的に黒いのに意識持ってかれてて気付かな……って触れて大丈夫かそれ!」


 それが何なのかは分からないが、ジェノサイドボックスの体内から出てきた物だとすれば危険物の恐れが高い。

 安易に触れるのは不味い気がする。


「む、確かに軽率だったかもしれんの。ちょっと反省じゃ。じゃが……多分これはそんなに危険なものでは無いと思うぞ」


「分かるのか?」


「いざ触れてみるとなんとなくじゃがな」


 そして一拍空けてからユイは教えてくれる。


「これはあの化物が吸い上げた人間のエネルギーが凝縮されたものじゃ。鉄平からワシに流れてきているものと同じじゃよ」


 その手に掴まれた彼女に足りない物について。


 足りないでいてくれた物について。

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