16 最大限の成果を
柚子と交代し、代わりに鉄平が前に出る。
そして腕を切断し、片腕から放たれる攻撃を躱しながら再び脇腹を切り刻んだ。
……分かっている。今はまだ攻撃を放っても倒せない。
だけど倒せないだけで、再生するだけで効いているのは間違いないのだ。
だから放たれる攻撃を少しでも減らす為に。
次の行動に移っても良くなるまでの時間を稼ぐために。
「っらあああああああああああッ!」
とにかく全力で手にした力を振るい続ける。
何度も、何度も、何度も、何度も。
「……」
それを続け、本当に時間が無いと実感した。
まだこちらの剣撃は十分に通る。
だが露骨に向うの強度が増しているのだ。
そして。
「……ッ!?」
『鉄平!?』
ジェノサイドボックスの拳が頬を掠る。
「大丈夫だ!」
そう返答するがギリギリだった。今のは本当に危なかった。
僅かに速度が上がっているが、それだけではない。
……張りつめ続けた集中力の限界。
(まだか合図は……ッ!)
おそらく交代してから殆ど時間は経過していない。
それでも一撃一撃が死に繋がるかもしれない攻撃を防ぎ躱し続けるこの時間は永遠のように感じられた。
だがその永遠の様な時間に、変化が生じた。
(二人共、どこへ……)
柚子と神崎が視界の端を走っていき、近くの吹き抜けから一階へと飛び降りたのが見えた。
『なんじゃどこ行った柚子と神崎さんは!? まさか逃げ──』
「いや違うそれはねえ!」
逃げてもどうにもならないのは、自分よりもあの二人の方が良く分かっている筈だ。
つまりこれは、作戦が動き出したという事。
(あともう少し……ッ!)
そこからは気合を振り絞った。
とにかく無我夢中で回避と反撃を繰り返す。
……合図が聞こえて来る、その時まで。
そして永遠にも感じた時間稼ぎがついに終わる。
「落とせ杉浦ァッ!」
神崎の声が一階から響き渡った。
「ユイ!」
『使え鉄平!』
ユイの声と共に流れ込んできた力の使い方をノータイムで形にする。
「落ちろ!」
床を勢いよく切り付け……こちらとジェノサイドボックスの居る位置の床をそのまま切り取るように、斬撃を床に走らせた。
すると床が綺麗に円状に落ち、それに伴いその上に居た自分達も落下する。
……次の瞬間だった。
「マジかッ!?」
落下しながら視界に映った一階の床から黒い影が引いて行くのが見えた。
(そういう事か……ッ)
これまでジェノサイドボックスはこの黒い影を通じて建物内の人間からエネルギーを奪い取っていた。
つまりは常時ジェノサイドボックスと繋がっていたのだ。
それが今、空中に浮いている黒い巨体は何処にも触れていない。繋がっていない。
即ちこの図体が宙に浮いている間は、建物内はジェノサイドボックスの影響化から外れる。
あまりにシンプルな攻略法。
だが本来自ら建物を破壊し踏み潰す程に巨大になる地上を支配するジェノサイドボックスが、浮くという状況には基本ならない筈で。
出現先が二階で、なおかつ建物全体に張った結界のおかげで成長速度が緩やかになっていたが故に実行できた奇跡の作戦。
『これで一撃でこの化物を倒せば……やるのじゃ鉄平!』
「……いや」
ユイがあの冗談みたいな威力の飛ぶ斬撃の使い方を脳裏に流し込んでくるが、それは使わない。
……まだ今の状態で、ジェノサイドボックスを殺せる確信がある訳じゃ無い。
そんな中であの攻撃を放ち、建物を覆う結界を破壊してしまえば全てが終わりかねない。
……そして視界の端に映る神崎ならきっと、この状態で殺しきって欲しいならそう叫んで指示を出すと思った。
そして作戦開始前、神崎は言っていた。
狭めの空間で一対一でやり合えって言われたらやれるか、と。
つまり、まだ先がある。
目の前の化物を倒す為の作戦には先が。
そして柚子の声が聞こえた。
「閉じろ!」
その叫びと共に、自分達の周囲に箱型の結界が展開される。
ボクシングのリングよりも狭い位の、そんな空間が。
「……っと」
そこにやや不格好ながらも着地した。
そしてジェノサイドボックスも着地し、次の瞬間。
「……」
『真っ黒じゃ……』
半透明の結界は黒く染まる。
おそらく、結界の内部だけが。
「……なるほど、これで倒しきれって訳だ」
『どうやらそういう事みたいじゃの』
エネルギーの供給を担う人間は、力の範囲内に鉄平しかいない。
そしてこれまで平気で行動できているように、こちらはユイの力に守られている。
つまりここからも肉体の再生は行われるかもしれないが、その源は自分自身に既に内包されたエネルギーだけ。
この結界が壊れるまでは新たに補給は出来ない。
そしてジェノサイドボックスが拳を結界に打ち付けるが、一発ではヒビも入らない。
柚子の結界はそう簡単に壊せないのは良く知っている。
つまりこの場が壊れる可能性も低い。
なら復活しなくなるまで攻撃し続けよう。
泥仕合だ。
そう、泥仕合。
狭く天井も低い空間でのインファイト。
状況は一気に好転はしたものの、ただ攻撃の回避という点で言えばある程度空間を広く使えた先程よりも制限が大きくなる。難しい。
一発、二発位は喰らう覚悟はしておいた方がいいかもしれない。
かもしれないじゃない、する。
(さ、決めるぞ覚悟)
心中でそう呟きながら構えを取った。
「さて、殴り殴られ斬り斬られの第二ラウンド、はじめっか」
『は? おい馬鹿か鉄平!? 殴って殴って斬って斬ってじゃ! 昨日の今日で大怪我でもしてみろ!? ワシ多分普通に泣くからな!?』
「……じゃあ目標無傷だな。まあやれるだけやるわ痛いの嫌だし」
覚悟撤回。
泣かれるのも嫌だし痛いのも嫌だ。
それに、今の覚悟は流石にいざこの狭い空間に閉じ込められて、自身が少し無くなったが故の消極的な考えによる物だったのかもしれない。
もっと強く、自身を持とう。
こちらにはユイの力が付いているのだから。
そして倒して良い相手という事なら、これが初陣なのだ。
ボロボロでギリギリな勝ち方ではない。
できる限り完勝を。
そして気持ちよく勝って、ユイに見せてやりたい。
世界征服ではなく守護する立場で振るわれた彼女の力が齎す、最大限の成果を。
……その為にも。
「っしゃあ、安全第一だ行くぞ!」
『おー! なのじゃ!』
目の前の化物にはさっさと消えて貰おう。
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