第23話 ミニスカと桐原3


 桐原と雲丹亀が睨みあっている。

 額を擦り合わせ、犬猫のようにぐりぐりと髪が乱れるほどに頭を押し付けながらにメンチをきりあっているのだ。

 食堂で喧嘩なんてやめてくれ、他にも学生がいるのだ。

 傍から見てみっともないと思うが、全く以て無関係である俺には発言権がない。

 さて、どうすべきかと周囲を見渡すが、周囲の学生どもは軽く興味を示して首をひねった後に食事を再開している。

 まあ、お腹が空いているしな、みんな。

 イベントが発生したこと自体には多少の興味を持つが、食事の方を誰もが優先していた。

 俺も腹が減ったので、カレーうどんを食べながらおにぎりなどを口にする。

 糖質を口にしたかった。

 

「飯を食ってんじゃねえぞ藤堂君。貴女の彼女が喧嘩を売られてるのを見て、何も思わんのですか」

「ご飯を食べないでください藤堂さん。アタシの話を聞いてください」


 俺のその様子を見て、二人が俺を罵る。

 発言権どころか、飯を食う権利すら与えないつもりか、お前ら。

 俺は昼食には最低2500㌔カロリーを摂取せねば衰弱するのだ。

 愛と勇気だけが友達の、アンパンで出来た英雄の顔が濡れた時よりも弱くなる自信があった。

 それこそ命がかかっている緊急事態でもない限りは。

 そのように呟こうとするが、発言権がないので視線で訴える。

 仔犬のように、憐れみを期待する意思を籠めて。

 

「……私の作った煮物だけは先に食べてていいです」


 桐原が、ふと良いことを思いついたとでも言いたげに呟く。

 許可を得たので、桐原が作ってくれた煮物に箸を伸ばす。

 丁寧に里芋をつまみながら、口に運んで食す。

 桐原の味付けは悪くなかった。

 俺のそんな様子を見て、雲丹亀が呟く。


「きーちゃん、料理できたっけ」

「覚えました。藤堂君のために。ああ、そうですよ。私の『彼氏』である藤堂君のためにね!」


 桐原が『彼氏』の部分を妙に強調しながら呟く。

 びっ、と親指を自分に向けて、そのまま首筋を掻っ切って、雲丹亀の眼前で下に向けるというプロレスラーのような挑発ジェスチャーをしている。

 雲丹亀も負けずに、中指を立てる挑発サインを見せつけた。

 どれだけ憎しみあっているんだお前ら。

 とても16歳の美少女同士がやる行為とは思えん。

 それにだ、桐原よ。

 俺とお前の関係は見せかけの物にすぎず、現実的には男女関係にない。

 こんな俺にとっては何もかも虚しい現実を、いきなり強調してどうしたというのか。

 雲丹亀に視線をやる。


「……」


 彼女はイラつきを隠そうともせず、軽いアイラインの施された眉を顰めていた。

 煮物を口に含んでいる俺の顔を眺めた後に、静かに尋ねてくる。


「藤堂さん、よく食べますね」


 俺に発言権はない。

 だが、何か聞かれた以上は喋っても良いだろう。

 というよりも返答をしないと、なんか頭を蹴とばしてきそうな殺意を彼女は滲ませている。

 どうも理由は判らないが殺気に近い覚悟を感じるのだ。

 

「クラスメイトの自己紹介でも喋ったと思うが。カロリーを取らないと俺は死ぬんだ」

「私のお弁当も食べますか」

「うん?」


 雲丹亀が、ひょいと小さな包みを見せた。

 お弁当包みであり、中には小さなお弁当が入っているのであろう。


「それは雲丹亀のだろう。俺が食べてどうするんだ」

「私は学食を食べるので大丈夫です。なんならサンドイッチでも買って、午後からの休憩時間に食べますよ。心配しないでください」


 別に雲丹亀が大丈夫かどうかではなく、俺が食べる意味そのものがないと言ったのだが。

 なんで俺が食べるんだよ。

 彼女のお弁当をもらう理由が何処にもない。


「食べてあげなさいよ、藤堂君」


 はん、と鼻で笑いながらに桐原が呟いた。

 状況が判らないが、頭の良い桐原にとっては予定調和の流れであったようだ。

 俺は眉を顰めるが、流れとしては食べなければならない様子である。

 だがなあ。


「雲丹亀、俺は偏食家なんだが」

「……嫌いなのは残してくれてもいいです」


 で、あるか。

 ならば執拗に嫌がる理由もなかったし、ここで食わないとでも言おうものなら、二人から殴られそうであった。

 別に女に殴られてもなんとも思わんが、言葉で罵られてしまうと精神的に傷つく。

 気持ち悪いだの、藤堂君はハッキリ言って人間のクズだのと、ちんちんついてんですかだの、桐原に普段から罵られて俺は傷ついていた。

 この上で、雲丹亀にまでアレコレ言われたくはなかった。


「なら頂こう」

「では、どうぞ」


 ちょっとだけはにかんだ顔をして、雲丹亀が両手で大事そうに包みを渡す。

 俺は受け取って開封し、中身を見た。

 彩のしっかりとした、プチトマトやブロッコリー、ポテトサラダなどが入ったもの。

 なんというか、女の子らしいお弁当である。

 

「さあ、藤堂君。言ってやってくださいよ、何が食べられないか」

「うん」


 正直言えば全部嫌いであった。

 生のトマトは好きではないし、ブロッコリーはそのままなら問題ないけれどマヨネーズがかかっている。

 ポテトサラダなど原材料がマヨだし、まあこれを桐原が作ってきたならば絶対に食べないな。

 そう口にして、目を閉じて口にミニトマトを放り込む。

 やっぱり酸味が嫌いだった。


「有り難う、雲丹亀。ちゃんと美味しくいただくよ」


 社交辞令を呟く。

 とりあえず、我慢して全部食べよう。

 相手は桐原じゃあないんだから、俺のわがままなど通用しない。


「見ましたか、うにちゃん! この藤堂君の口ではそれらしい言葉を呟きながら、実際にはもうなんで俺にこんなもの食わせんだよって言いたげなクズそのものの顔。何一つ隠せていませんよ!」


 え、俺そんな顔をしてたの。

 ギョっとして桐原を見る。

 雲丹亀は傷ついたように俺を見ているので、事実ではあるようだ。

  

「うにちゃんも知っているでしょう。藤堂君は一年の時からこうであったし、あの頃はまあ今よりも酷かった。社交辞令すらマトモに口にしない異常者でしたよ。プチトマトを口にして、マッズ、なんてもの食わせるんだなどと言って吐き出す。私たちのような美少女から弁当をもらっておきながら、そこまでほざく奴が藤堂君でした! それを社交辞令ぐらいは言えるまで矯正したんですよ!!」


 一年の頃の俺って、そんなに酷かったかなあ。

 

「この桐原銭子が、色々と指導鞭撻をしてやって、ここまで成長させたんです!!」


 指導鞭撻って、俺の行動を気持ち悪いだの、人をあからさまに侮辱するのをやめろだの。

 何かと出会って初手から速攻で見下すのはやめなさいだの。

 たまに指摘してきたことなのだろうか。


「育てたのは私だ。うにちゃん、育てたのはこの桐原銭子なんですよ!!


 桐原がそう言い切って、びっ、と親指をまた自分の胸へと向ける。


「人の育てた肉とったら殺してもいいというルールが神戸には存在します。もちろん、神戸住民であるうにちゃんもそのルールはわきまえているはずです。潔く諦めなさい」


 神戸にあったっけな、そんなルール。

 桐原の家庭だけのローカルルールじゃないかな。

 そもそも、桐原はさっきから何の話をしているんだ。

 全く意味がわからんぞ。


「じゃあ、じゃあ、なんであんなタイミングよかったのさ……」


 雲丹亀は少し眉を曇らせて。

 本当に悲しそうに言葉を連ねる。


「私が藤堂さんの事を口にして、明日こそはって、きーちゃんに相談した次の日。なんでいきなりきーちゃんが藤堂さんと付き合う事になったの? 明らかにタイミングがおかしいよね!?」


 マジで何の話をしているんだ。

 俺は桐原を見る。

 視線が合う。


「ヒャア!」

 

 桐原は何故か奇怪な鳴き声を発した。

 相も変わらず意味はさっぱりわからなかった。



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