第22話 ミニスカと桐原2
桐原を咎めたのは、ミニスカのケバい女だった。
まだ16歳だというのに、明らかに自然でないアイメイクが施されている。
ド派手なリップこそしていないが、軽い口紅を使用していて唇は赤の発色が人目を惹く。
小顔に見せるためか、軽くチークなども頬に入れている。
彼女は進学校の女子高生という自覚があるのだろうか?
とても健全とは言えないし、そのように化粧を好むのは俺の好悪であれば悪だった。
いや、世間では彼女など美少女と言う範疇に入るのだろう。
それは認めよう。
俺がケバいと感じる化粧でさえ、世間一般では自然なものなのかもしれぬ。
女の子の化粧を、自分を可愛く見せたいという努力の秘蹟をケバいなんてと言うなカスと、一年生の頃の桐原に本気で叱られてからは気を付けているのだが治らん。
はて、ひょっとしてアレはミニスカへの侮辱を嫌悪して、俺を罵ったのか?
なんとなく、そんな気がした。
まあ、どうでもよい。
俺の偏見や偏食はどうにも気を付けているが、不治の病というレベルで治らなかった。
父などはとうに匙を投げている気がしている。
「桐原」
振り向いた、桐原に対して口を出そうとする。
雑談の枠を超えて、少し騒いでいた俺たちが悪いのだから、ミニスカに対して謝罪しようと。
そう告げようとしたが、ミニスカと桐原は視線をずらさず、お互いを心底憎み合うように睨みあっている。
これでは何も言えなかった。
女同士の喧嘩を遮っても、何も良いことなどないと本能で知っている。
それでも何か仲裁の言葉を口にしようとして。
「藤堂君は黙っていてください」
「藤堂さんは黙っていてください」
二人に叱られるのだ。
発言権を奪われた俺は、虚しく口を閉じた。
ミニスカをもう一度よく見る。
彼女はちょうど、べーちゃんと桐原の狭間にいるような存在で、身長160 cmに発育優良とはいえる普遍的なボディをしている。
俺にとっては桐原と比べるとどうしても見劣りするが、他の男性なら彼女の方が好みだというのも珍しくないだろう。
それは良いし、そもそもこのミニスカとて俺のような男などお呼びではないだろう。
だが、ミニスカートはないだろうに、お前。
この進学校には制服改造に対する禁止事項などはなく、学校で一番風紀を乱している風紀委員たるべーちゃんですら特に問題はないとしていた。
完全に膝どころか太腿をばっちり見せるミニスカートなどは淫猥の類であると、この藤堂は看做している。
だが校則には違反しておらず、ただ淫猥であることを禁止の理由としてしまっては、ネクタイを乳で挟んでいるべーちゃんなどは明日にも通学自体が禁止されてしまうのだ。
致し方なかった。
「お互い必要時以外は喋りかけない約束だったでしょう、うにちゃん」
桐原が、眉を顰めて言い返した。
ミニスカは播磨地方の珍しい苗字だったと記憶している。
雲丹亀だから、うにちゃんか。
なるほど。
「アンタに気軽に愛称で呼ばれたくないわね」
「じゃあ『うにがめ』とか呼ばれたいんですか。苗字が可愛くないって小学生の頃から嫌がってたのを記憶していますが? そもそも、癖が抜けなくて私の事もきーちゃんと呼んだ癖に何を言ってるんです」
個人的には「うにがめ」なんて可愛らしい苗字だと思うが。
それが男の苗字なら本当に格好良いだろうし、女だと可愛らしい名だと思う。
桐原が平仮名っぽく名前を呼ぶと、本当に鈴を鳴らしたように可愛らしい響きに聞こえるのだ。
横から口を挟む。
「俺は可愛くて、いい苗字だと思うが」
「……」
桐原が、何故か俺をジロリと睨んだ。
なんだよ、俺は桐原の言葉を否定しちゃいけないのか。
なんでお前は何も喋るなと言いたげな目で見るんだ。
ミニスカは――いや、雲丹亀は、ちょっとだけ躊躇ったようにして、それからぽつりと呟いた。
「有り難う、藤堂さん」
ちょっとだけはにかんで、嬉しそうな声色に満ちている。
あれ、コイツなんかイメージと違うな。
化粧してるし、ミニスカだから如何にも気の強そうに見えたんだが。
何故か、どうしてよいのか戸惑ったようにして、焦ったようにわたわたと手などを動かしている。
「そ、そうだ、藤堂さん。あのね。お話ししたいことが」
「あっちいけ、うにちゃん。消え失せろ」
何か言いたいことがあるような雲丹亀に、桐原が険のある声で罵った。
どうも彼女を遠ざけたいようである。
言い聞かせるようにして、何か説教でもするように吐き捨てた。
「……私と、うにちゃんは、袂を分かったはずです。小学一年生で隣の席になったころから、そりゃもう私と長年一緒に遊んでくれたのは記憶していますよ。友情も確かにありました。でも、私たちの仲は完全に決裂したじゃないですか」
なんで喧嘩しているんだろうな、お前ら。
小学一年生の頃からといえば、10年以上の付き合いになるのか。
それだけの関係なのに破綻したのか。
「きーちゃんのせいでね。何もかもアンタのせいでね」
どうも雲丹亀のいうところを信じれば、桐原の方に原因があるようだが。
はて、原因。
桐原が先日、それとなく触れていたな。
確か、アレは夏目漱石の――。
「そうですよ。だから何ですか。私は悪いなんて欠片も思っていないですよ」
夏目漱石の「こころ」的な。
どうしても避けられない致命的な決裂があったと口にしていたような。
日本人なら誰でも触れたことはあるだろうが、人間のエゴイズムと倫理観について語られた作品である。
桐原は雲丹亀との致命的な決裂を、その「こころ」に例えた。
だとするならば、あの作品に例えるとするならばだが。
俺が想定するならば、桐原は客観的にならば裏切りとまでは、言えない何かを。
同時に、桐原自身はとんでもない裏切りを、雲丹亀に対して行ったと後悔して、少なくとも罪悪と認識していることになるが。
「だから失せろ、うにちゃん。もう私と貴女は会話などしないと、それはうにちゃんから言い出したことじゃないですか」
そこまで、この二人との関係を知らない俺にはわからない。
俺はそっと、近くでラーメン半炒飯セットなどを嬉しそうに口にしていたべーちゃんに視線をやる。
風紀委員なのだから、服装の乱れと治安を止めるのは彼女の役目だった。
なれば、発言権を二人に禁止された俺がべーちゃんに救いを求めても許されるはずだった。
べーちゃんは俺と視線が合い、そっと。
そっと、目をそらして、私は関係ないもんとばかりに関わりを拒否した。
美味しそうにラーメン半炒飯セットを喰らっていた。
彼女は服装の乱れを自らの暴力的な体で違反していたし、治安に至っては欠片も守る気などなかった。
マジで風紀委員の適性がないな、べーちゃん。
俺はべーちゃんを心から罵り、そして桐原と雲丹亀の喧嘩を見つめて。
「俺は関係ないよな」
と静かに口走った。
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