第15話 映画と桐原3
映像は続いているが、べーちゃんの登場シーンが終わって画面は一度切り替わった。
場所が荒野であることに変わりはないが、ただ一人だけ違う登場人物が登場した。
全身黒タイツの怪人である。
目と口以外を隠すフルフェイスマスクを被っているため、中身が何者なのかわからぬ。
多分、学校の映画研究部の誰かなんだろうが。
「なんかどっかの悪の組織に所属する戦闘員みたいですね」
桐原の感想は的を射ている。
なんとなく「イーッ!」とでも叫びそうであった。
何故か荒野にてちゃぶ台を置いて、その前に怪人は正座をしていた。
両手を合わせて、今からご飯を食べるのですと言わんばかりである。
「こいつ何か悪いことしてんですかね?」
ちゃぶ台の上には茶碗や皿が載っており、まあ侘しい一人だけの食事を済ませようといった感じである。
「いや、まあ如何にも悪の戦闘員という姿だが。今のところは」
飯を食っているだけだしな。
脚本側の意図を読み取ろうとする。
まずは彼女が主人公なんですよ、とエッチな塊であるべーちゃんが出てきて。
如何にも悪の怪人なんですよ、といいたげに黒タイツが出てきた。
ショートムービーであるのだから、まあメイン登場人物はこの二人であろう。
「とりあえず食事という如何にも日常的なシーンを入れたことから、この黒タイツは特に悪い奴でもないんだろう。悪の組織の戦闘員かもしれないが」
少なくとも、「いただきます」とでも言いたげに食事に対するマナーを守り、両手を重ねるシーンを入れたからにはその意図があるはずである。
この時点で視聴者側に好意を抱かせるようには努力している。
そんなことを口にする。
「……藤堂君、ひょっとしていつもそんな事考えながら映画を見てるんですか?」
「え、しないのか」
「しませんよ普通。みんな情報なんて目から耳からだだ垂れ流しですよ」
垂れ流しでさえ残る物があって、視聴者が感動できるものが名作映画でしょうに。
そんな気持ち悪い評論家みたいな見方は普通はしねえんですよ。
この映画はあの映画の影響を受けているねとか言い出した時点で、もう普通の人はうわ、この人凄い気持ち悪いとか思うんですよ。
何をスタッフからのメッセージを読み取ろうとしているのです。
「本当に気持ち悪いですよ」
桐原が俺を貶した。
ええ、俺そんなに気持ち悪い人種だったの?
本気で衝撃を受けている。
「大丈夫です。私は藤堂君がどんな変態的嗜好でも受け入れますので」
そんな慰めはいらない。
「一日中歩いた後の靴下とか、エッチなことしているときに舐めさせたりしてあげます。匂いを嗅いでもいいです。口に含むことも許してあげましょう」
俺はどんな変態だと思われているのだろうか。
桐原の印象に眉を顰めつつも、画面を見つめる。
場面は同じだが、ご飯をぱくぱく食べている怪人の後ろから制服姿が映った。
顔は見切れているが、あのオッパイの大きさはべーちゃんに違いなかった。
『ヒャア!』
彼女は怪人の後頭部を思いきりヤクザキックで蹴飛ばした。
怪人はちゃぶ台ごと吹き飛んで、横転している。
すかさず、身長180 cmのべーちゃんは駆け込んで腹部に強烈な蹴りをぶち込んでいる。
あれ効果音で誤魔化すとかじゃなくて、本気で蹴りをいれていないか?
「……なるほど、藤堂君に言わせれば『静から動への暴力的転換』シーンというわけですね」
「俺はそんな気持ち悪い考察の仕方をしていない」
静から動への暴力的転換も糞も、これ何の罪もない怪人に主人公が暴力を加えただけじゃねえか。
そして、主人公はどうみても制服姿の女子高生だ。
なんだ、これ。
「ストンピングしてますね、べーちゃん」
片足で怪人の腹を押さえ込み、踵をねじってぐりぐりと押し込んでいる。
えげつないな、べーちゃん。
何がひどいって、多分効果音を入れるやり方とかを映画研究部の連中がろくに理解していないのか、もう本当に何の効果音もなく、生々しい暴力が続いているだけなのだ。
これは明らかに本気で殴っているだろ。
何が撮りたいんだよ、こいつら。
もう特撮でもなんでもねえよ。
こいつら特撮の意味をSFXだと理解しておらず、なんかヒーローが怪人を殴っていたら特撮だと思っているんじゃねえだろうな。
そんなことをブツブツと呟く。
「気持ち悪いですよ藤堂君。なんかヒーローが怪人を殴っていたら特撮でいいでしょうに」
「俺は気持ち悪くないよ! そんなの全然特撮じゃねえよ!!」
日曜日の朝にこんなもんが流れていたら子供はどうなるのか。
変な性癖を植え付けられるぞ。
べーちゃんは怪人の頭を掴んで引きずり上げて、更に顔面に拳を打ち込んでいる。
「ヒャア!」
べーちゃんがまた鳴いた。
明らかに桐原の真似をしているよな、べーちゃん。
自分の学生鞄を開いて、ごそごそと漁っている。
ここでちょっと可愛らしいたぬき目でニンマリしているのが怖い。
べーちゃんの大きな胸の前で、その両の手で一本の荒縄がびーんと伸ばされた。
血文字タイトルが画面にぶつけられ、コールされる。
『デッドロープ』
技の名前か何かのつもりなのだろうか。
デッドロープじゃねえよ馬鹿。
べーちゃんは倒れ伏している怪人の体を起こして、首に荒縄を撒いた。
「これでも喰らえ! デッドロープだ!!」
べーちゃんが叫んだ。
怪人の首に巻いた荒縄を、そのまま両の手で持ち上げたのだ。
ただの絞首刑である。
いや、マジで何をしているんだよ、べーちゃん。
怪人はなんか本気でジタバタと暴れている。
まあ、このままだとガチで殺されるしな。
「怪人もなかなか抵抗の仕方が上手いですね」
「いや、これ本気で命の危機を感じてるだけじゃねえかなあ……」
ヒャアヒャア言ってるべーちゃんのたぬき目、ちょっと座っていて怖いもの。
べーちゃんの魅惑的な太腿に、怪人がパンパンとギブアップの意味を込めてタップしている。
そもそも――この作品のタイトルは何なのだろう。
『デッドマン』とは何ぞや。
せめて『デッドウーマン』じゃないのか。
そんな比較的どうでもよいことを頭に思い浮かべる。
真剣に考察を始めると、また気持ち悪いとか桐原に言われてしまう。
俺は首を傾げ、椅子に座る桐原を上から覗き見た。
「ヒャア!!」
ヒャア、と桐原が叫んだ。
動画に出ているべーちゃんも同じく、「ヒャア!」と叫んだ。
怪人は首を括られて、力尽きて手がだらんと地面に落ち、何の抵抗もしなくなった。
『空想特撮映画 デッドマン』と血文字で書かれたタイトルが、小さく画面の端に浮かんでいる。
お前、これ特撮でもなんでもねえよ。
娯楽目的で作られたスナッフフィルム(殺人動画)だよ。
「べーちゃん。これエッチな雰囲気を盛り上げる動画だって言ってたんですけどねえ」
これで興奮できる人はさすがに気持ち悪いですよねえ。
桐原がそう呟く。
いや、マジでべーちゃんはなんでこんなもんを桐原に貸し与えたんだ。
エッチなムードの盛り上げようなんかねえよ。
「……あれだ、まあ、なんだ」
俺は桐原にハッキリと気持ち悪いと言われたことを気にしていたし。
この映画から、何か特別な意味を見出すのも怖かったので。
「明日、べーちゃんから直接話を聞こうか」
桐原の肩を優しく叩き、そう訴える。
それで真相が明らかになるかはわからないが、とにかく情報が足りない。
「じゃあエッチなことは?」
「それはしない」
それだけは、ハッキリと桐原に言ってやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます