第13話 映画と桐原1
「藤堂君、運命の選択です。私と甘酸っぱくエッチな事をするか、一緒にド素人の自主製作映画を見るか。どちらかを選んでください」
「その二択は選ばなきゃならんのか?」
放課後の帰り、桐原から選択肢を突き付けられる。
どちらも嫌であった。
明確に嫌であることを告げて、どちらも選ばぬ選択肢をとりたい。
前者は、まあ桐原などは背も小さければ乳も貧しいとはいえ。
痘痕どころか毛穴一つすら見えぬような陶器じみた肌と、蠱惑的な瞳と唇をした美少女である桐原とエッチな事をするのが嫌とは言わぬ。
東洋人の究極として、完成された美しい――まだ高校生という複雑かぎりなき未成の魅惑に溢れている桐原に心惹かれるものが無いと言えば嘘である。
俺は桐原の容姿について、何一つ嫌いでなかった。
なれど、その果実を一つ齧れば、代価として桐原と俺が恋人同士であるという強烈な罰が与えられることになる。
それだけは心底嫌であった。
色々理由はあるが、彼女からの告白とて以前に断っている。
さりとて、後者である自主製作映画というものは何というか、死ぬほど辛いものというか 拷問以外の何物でもない。
自主製作映画を観たことが無い人にはわからぬかもしれないが、ハッキリ言えば苦痛であるのだ。
何が言いたいのかサッパリわからない作品とかが普通にあるのだ。
ウェブ小説などを知る者なれば、それに例えると、まあ中学生が生まれて初めて書いたチート物主人公が活躍するだけの初々しい素人作品よりも。
それにも劣る低質であることが珍しくないのだ。
中学生が書いた文章には作中に設定矛盾が幾つ生じようとも、作者がやりたかった趣旨さえなんとか理解できれば見なかったことにして読めこそするが、自主製作映画にはスタッフが何をやりたかったのかさっぱりわからぬときがある。
俳優も監督も脚本も小道具も予算も何もかも足らぬばかりの虚しい連中が寄り集まって何かを作ると、作っている方さえ何がしたかったのかよくわからぬものができるのだ。
小説や演劇と違い、視聴者側が作品の欠缺を脳内補填することさえ許されぬ、自主製作映画の視聴が拷問でなくてなんであろうか。
結論から言おう。
「どちらも嫌だ。選択肢を選ばねばならぬ理由が俺に存在しない」
「受け流すわけにはいきません。親友たる『べーちゃん』の頼みでもあります」
「べーちゃん?」
俺の頭の中に、『べーちゃん』の姿が思い浮かぶ。
何か特別な固有名詞というわけではなく、桐原の友人である阿部さんのことである。
阿部という苗字の後ろである「ベ」を伸ばすことを由来として、彼女はべーちゃんと呼ばれていた。
桐原とは対照的な存在である。
背は高く、身長180 cmほどであり下手な女子バレーボール選手よりも立派な体格をしており、それに比類した乳の立派な大きさを保持している。
体の大きさとは逆に性格は温厚で、少し暗そうに見えるが魅力的な美人さんだった。
俺と桐原のクラスメイトでもあり、彼女は風紀委員を務めている。
彼女が風紀委員に立候補したときなどは、誰もが薄々思っていたのだが「ウッソでしょ、べーちゃん! そのオッパイの大きさで風紀委員なんか無理だよ! べーちゃんが一番風紀を乱してるよ!!」と桐原が大声で思いきり侮辱していた。
彼女の大きな掌で、桐原は背中を思いきりぶん殴られていた。
まあ、べーちゃんの事は置いておいてだ。
「べーちゃんが私に対して、藤堂君とエッチなことをするか、自主製作映画を観ろとほざきよります」
「なんでべーちゃんが桐原にそのような頼みをせねばならぬ」
俺とべーちゃんとの間に特に関わりはない。
桐原が彼女と親友も同然の仲であり、昼休みなどには特に意味もなく桐原がべーちゃんの乳を揉んでいるのが視界に入る時もあるが、まあ何ができるわけもなかった。
桐原に「お前、べーちゃんの乳を揉むなよ」というわけにもいかぬ。
単なる女の子のスキンシップと言われてしまえば、むしろこちらが気まずくて顔を赤らめてしまいそうである。
「まず、前者については藤堂君が視姦してくるという、べーちゃんからの悲痛な訴えが本日あったからです」
「怒っていいか?」
そのような覚えはない。
いや、確かにべーちゃんの姿は風紀違反だと思っているが、別に情欲を抱いたことはないのだ。
「何故そのような誤解が?」
「私がべーちゃんの乳を特に意味もなく揉んでいるときに、眉を顰めて私たちを睨んでいるのが原因では?」
なるほど、そのような誤解を招く種は存在した。
目つきが悪い身長2mの大男に睨まれては、べーちゃんとて萎縮して恐怖するのも無理はないだろう。
原因としては何一つ私は悪くなく、主に桐原の振る舞いに問題がある。
なんで特に意味もなくべーちゃんの乳を揉むんだよ、お前。
べーちゃんも抵抗しろよ。
「男性が私の体に情欲を抱くのは仕方ないとして、まあ桐原がちゃんと彼の欲望を受けていないのにも原因があるのではないかと。ちゃんと彼女として処理をしてあげたほうがと。何か甘酸っぱいエッチなことでもと、べーちゃんに強く薦められました」
「男性の欲望に理解があるのかないのかわからんな、べーちゃん」
とりあえず、桐原が俺と恋人関係にあるなどと嘘八百を吹聴していることだけは理解した。
俺は桐原と甘酸っぱいエッチなことなどする気は欠片もない。
何か彼女の誤解を解く手段を、後日見つけるとしよう。
それはそれとして。
「……うん。まあ、前者の選択肢が生まれた理由はわかった。死んでも選択しないが。で、何でド素人の自主製作映画を見るなんて、わけもわからん後者の選択肢が産まれたんだ」
「藤堂君が照れ屋さんで、そんなムードのある雰囲気にもなれないっていうなら映画だと。これを薦められました」
桐原が学生鞄から、外付けSSDケースを取り出した。
もちろん、貧困たる桐原はそんなもんは持っていないから私物でないことは理解している。
何がそこに入っているかも想像がつく。
「べーちゃんが薦めてくれた自主製作映画が、このデータに入っております。これで雰囲気を盛り上げれば、二人とも自然とエッチな雰囲気になるだろうと」
「……ならないだろう」
俺は自主製作映画なんぞに何一つ期待していなかった。
映画スタッフへの怒り憎しみ以外を視聴者に喚起させられるものだと認知していないのだ。
自主製作映画は99%がくだらぬゴミである。
「まして桐原とエッチな雰囲気になんぞなるわけないだろう」
「おお、言いましたね」
にやり、と桐原が笑った。
別に言質を取られたというわけではないし、最初に拒否したとおり選択肢を選ぶ必要もない。
べーちゃんの誤解を解くために、明日直接あって弁明すればよいだけであるが。
うん、と少し頷いてやる。
「いいだろう。べーちゃんが薦めてくれた自主製作映画とやらを家で観ようじゃないか」
俺の言葉に、ヒャア、と桐原が小さく鳴いた。
桐原と出会ってからかなり経つが、この鳴き声の意味はいまだに分からなかった。
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