夏色
in
7月30日
第1話 7月30日 【1】
『
補色関係、互いの色を引き立てあう相乗効果の関係。
昔言われた言葉を思い出した。けれど誰が言ったのか自分と誰のことを言ったのかを思い出すことができなくて。
次に思い出すのは降り始めた雨のなか目の前で俺の名前を呼んでいる子供の足元。
きっと俺がなにかひどいことをしてしまったのだろう。だけど俺はなにも言わずに背を向けて視界からその姿を消す。そうするとすぐに視界は真っ暗になってとてつもない罪悪感に包まれながら目を覚ますんだ。
どうやら俺はいつの間にか眠っていたらしい。目を開けると見慣れない白い天井が広がっていてここはどこだろうかと眼球をぐるりと一周させると白いカーテンに覆われた自分の部屋で使っている一般的なものよりも一回り大きいまるで雪原のような真っ白いベットに寝ているのがわかった。
もしかして俺は死んでしまったのだろうか。
こんなに一面白い空間にいたことがないので冗談半分に思いながらもとりあえず不安をかき消すように今生まれてきたかのように大きく呼吸を行うと。
「んっ」
嗅ぎなれないアルコールのような刺激臭がつんと鼻を刺し思わず一人で声を上げながら顔を横に背けてしまう。しかし顔を背けるほどのことが起きたのに俺は少し安心していた。なぜなら臭いを感じ取れるということはまだ生きている証だから。
けれど再び俺は声を上げてしまう。背けた顔を再び天井へと戻すと突然、人間の顔が皆既日食のように天井の細長い蛍光灯の光を遮って現れたからだ。
「うわあっ」
「情けない声上げないでくださいよ。起きてたんですね」
その正体は俺が所属しているサッカー部の一つ下の後輩である
「頭のほうは大丈夫ですか?」
ベットの背が高いからかそこまで高くない身長の双葉はたぶん背伸びしていた状態から拳一つ分ぐらいに近づいていた猫みたいな顔を背が縮んでいくように離すと心配そうに俺の様子をたずねた。
その表情に俺は『ああ頭のほうって馬鹿にしているんじゃないんだな』と思いながら顔が引いていくにつれて見え始めた体操着姿の双葉にようやくここが俺が通う中学校の保健室だとわかり大丈夫かと聞かれた理由を探し始める。
大丈夫ってそうだよな保健室で寝てるんだもんな。確か今日は午後から部活に出てそれから……それから。
「……どうしたんだっけ?」
結局俺はなにが起きたのか思い出すことができず質問に質問で返してしまうと対して双葉は気が抜けたようにため息をつくと片足に重心を乗せて少し呆れたように答える。
「先輩は練習中になんかぼーっとしてるから顔面にボールが当たって倒れたんですよ」
双葉の言葉を聞いた瞬間、倒れる以前の記憶と共にボールが顔面に当たった瞬間の映像が頭のなかで勝手に再生されて痛くもないのに三度声が出た。
「いって……」
俺が通う中学校は現在夏休みに入りそして夏休み期間中にもある部活に参加しておりそこで俺は顔面にボールが当たり倒れたことを思い出す。
「先輩は無理に部活に出る必要ないんですから」
そして双葉の言う通りそもそも俺は部活に参加する必要はなかった。
「……もしかしてまだ引きずってるんですか? いい加減切り替えてくださいよ別に先輩のせいじゃないんですから。それに先輩がいなかったらそれまでの試合勝ててかもわからないですし」
夏休みに入りすぐに行われた中学三年生の俺には最後の公式大会が三回戦負けと終わり俺の通っている中学校では公式の大会が終われば引退という決まり、ではないが風習で学校生活を半年以上も残したまま早くも部活動引退になった。
しかし他の三年生が受験勉強に移るなか、俺は未だ部活に参加している。部活に出ること自体は特に禁止されているわけではないが受験勉強に早めに移れるようにという学校の方針みたいで部活に出続けていることは母親からはあまりよく思われていない。
それでも部活に参加している理由がある。単純に部活が好きだし単に受験勉強をしたくないというのもあるけれど一番の大きな理由は罪滅ぼしをするためだった。
忘れもしない最後の公式大会の三回戦目。そこそこ名前の通っている学校相手に二点先制されたが前半終了間際に一点を取り返しこれ以上ないぐらいチームの士気は上がっていた。
そして一対二のまま迎えた試合終了間際の後半四十分、守備的ポジションだった俺も参加していた背水の陣の攻撃、俺は運よく敵のゴール正面の半円が描かれたペナルティエリア手前でパスを受け取った。
普通なら、いや絶対にシュートを打つ場面だった。なのにあろうことか俺はパスを選択してしまった。守備的ポジションの俺なんかよりゴールする可能性があるだろうって責任から逃れるように。
そして逃げ腰のボールは味方に届くことなく敵選手へと渡ってしまいそのままあっという間にダメ押しの三点目を入れられると同時に試合は終わった。
誰が見てもわかった俺のせいで負けたとことは。だけど誰も俺を責めなったみんな口をそろえてよくやったって俺のせいじゃないって。
逆に責められていたほうがキッパリと線引きできたかもしれない。見苦しく部活に参加し続けている自分を客観的に見ると。
「とにかく安静にしてたほうがいいですよ。部活のほうは大丈夫なんで」
そう言うと双葉は俺を囲っているU字の白いカーテンを開けると廊下側ではなく一階の保健室から外に直接繋がっている大きい窓を開けまだ練習中ならば日没ではないはずなのにやけに薄暗いグランドへと戻っていった。
少し体を起こして俺もそこから運ばれてきたんだろうなと思いながらその背中を目で追うとほどなくして俺のかわりに身振り手振り指示を出す双葉により練習が再開したのを確認し再びベットに体を預けた。
だけどそれは双葉に言う通り安静にしようと思ったわけではなかった。今の俺に指導されても得るものなんてなにもないと思ったからだ。激しい練習でもなかったのに集中できずにぼーっとして倒れてしまう俺になんて。
しかしベットに横になったもののすぐさま俺は暇を持て余した。引退する前は学校に行って部活に出て休みの日には友達と遊んで一日なんて本当にあっという間に終わっていたというのに。
そのなかでもう一度外へと視線を向けると先程までの曇り空は先週まで梅雨だったとは思えないほどの強い日差しに変わり始めていて透明なはずの窓が少し寒いぐらいにかけられたクーラーがすぐ隣にあったはずの夏と俺を隔てているように思えこの季節に置いて行かれてしまいそうな疎外感を感じた。
いたたまれなくなって外へ向けた視線を保健室のなかへと泳がせるとふいに目が合ったベットから正面の壁に取り付けられた茶色の丸い時計は五時を半分以上過ぎたところを指していた。
最後に時間を確認したのが確か二時頃でそこからの記憶がなかったので四時間前後も俺は寝ていたという事実に驚きながらもすぐに二転三転して事の発端を考え始めた。というか俺はどうして倒れたのかと。
それはボールが顔面に当たったから、なのだが曲がりなりにも好きなサッカーの練習中にこんなことになったことがないので驚きつつもその理由は一向に出ない。
それでも頭をひねり続けるとうるさいぐらいに感じたグラウンドの声は先程まで聞こえなかった時を刻む秒針の音にかき消され始めそしてそれが耳元で動いているのかと錯覚するほどまで大きく聞こえるようになった時あの言葉、そして俺の名前を呼ぶ声と子供の足元が脳裏をよぎった。
『黄介と__ちゃんは補色関係なんだね』
思い出した。あの時不意にこの言葉と俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたから俺は足を止めたんだ。
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