第14話 生まれ変わって

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 と、いうのが、今は平民であるエリナの前世、エリスティナ・ハーバルの末路だ。

 偶然にも前世と同じような赤毛に青い目で生まれたエリナは、名前まで前世とよく似ていた。

 違うのはエリナの顔にはそばかすがたくさん散っている、ということだろうか。

 日に当たってレストランの日雇い仕事をするエリナの肌は、貴族だったころとは違ってまともな手入れもしていない。


 けれども、エリナは今の自分が大好きだった。

 平民で、竜種とかかわりのないこともそうだし、平凡な容姿も好ましい。

 孤児であることには少しのさみしさ覚えたけれど、両親の顔も名前も知らないのは返って気楽でよいと思えた。


 幼い頃、転んで頭を打って思い出したエリナの前世は散々で、自分で自分がままならない立場だった。

 その証拠に、下町にはやっている娯楽小説には、エリナの前世である悪役王妃エリスティナがモデルの悪役がたいそうな頻度で登場する。


 悪役王妃、エリスティナ。

 竜王の伴侶に選ばれたというのをいいことに贅沢三昧をして国庫を損なわせ、あげく不貞を働いた王妃。

 番である平民の少女をいじめ尽くし、最後には当代の竜王に断罪され、不帰の森へ追放処分となった悪女である。


 エリスティナだったエリナからすれば嘘八百も甚だしい内容だが、あれから90年近く経っても話題にされるとは、悪役王妃エリスティナ、というのはなかなかに悪くないのではないだろうか。なんだか響きがかっこいいし。


 唯一気がかりなのはかつての家族だが、ハーバル家は人間貴族とはいえ貴族で、平民のエリナがやすやすと情報を入手できるべくもない。

 まだ幼かった妹や母はどうなったのか、それだけ知りたかった。


 ちなみに、不帰の森は今はない。地図上から消滅したのだ。

 聞けば、エリナが生まれるよりずっと前に、20年前に即位した今の竜王――即位前の――が、森を焦土に変えたらしい。


 つまり、エリスティナとクリスが過ごしたあの家も、畑も、もはやこの世のどこにもにありはしない、ということだ。

 大切な思い出の場所だったのに、竜種は何もかもを簡単に破壊してしまう。

 悲しい――おっと、おお、怖い怖い。

 余計な感傷をごまかすように、エリナは首をぶんぶん振った。


 エリナは洗濯ものをぱん、と広げ、物干しざおに干していく。

 今日のご飯は何にしよう。お給料が入ったから、肉を少し買おうか。シチューなんかいいかもしれない。

 そんなことを考えつつも、エリナは生まれ変わってから何度目かの決意をさらに固めた。


「絶対、竜種と結婚なんかごめんよ。今世は一生、竜種にかかわらず生きてやるんだから!」


 ふんすふんす!と鼻息を荒くして、エリナはもう一度、ぱん!と小気味いい音を立てて洗濯物を広げた。


「今日は景気よくシチューにしましょ!ミルクとバターをたっぷり使ってやるんだから!」


 平民のほうが貴族よりいい暮らしをしている、なんてこの国では常識だろう。……人間貴族の間では。

 今生は人間貴族に生まれなくて、本当によかった!と思いながら、エリナは安いアパートのベランダから家に引っこみ、財布を握り締めて町へ駆け出した。

 太陽はまだ高い。きっと今日はいい日になる。だって、毎日こんなに自由なのだから!


 ……そう、思っていたのだけれど。


「なにこれ」


 シチューをかき混ぜているとき、家の外で物音が聞こえた。

 具体的には、エリーの住む二階のベランダの下あたりで。平和なこのご時世ではあるが、下町でも貧富の差がないわけではなく、行き倒れも少なくない。たまにこの辺をうろつくものにはガラの悪いのもいるが、恵まれない孤児だってまだまだいるのだ。

 エリナはそういう子供たちに施しを与えるのが好きだった。貴族だった時の習慣が抜けていないせいだ。

 自己満足、というひともいる。しかし自己満足上等、である。エリナは今世はしたいことをするのだ。


 さあ今日は野良犬?野良猫?それともおなかをすかせた子どもかしら、なんて思って、アパートの階段を駆け下りて、その「おちていたもの」を目にしたエリナは思わず疑問符満載の言葉をつぶやいた。

 もうひとつおまけに。


「いや、ほんと、なにこれ。でかい男が行き倒れてるなんて予想してないわよ」


 などとつぶやき、額を押さえた。

 夜でもわかる鮮やかな金髪は、今は後頭部しか見えない。

 倒れているがけがはしていないようで、エリスティナはそこだけはほっとした。

 怪我でもされていたらトラブルのもとだからだ。

 薄情かもしれないが、厄介ごとには首をつっこまないのが処世術である。だってエリナは平凡に生きていきたい。

 エリナはそろりそろりと踵を返し、見なかったことにしようとして――……。


 ぐきゅうるるるる。


 と、なんともまあ、間抜け極まりない腹の虫の音に、ぴたりとその動きを止め――しばしの逡巡のあと、はああ、とため息をついて、行き倒れた男の足をむんずとつかんだ。

 そして掴んだその男の足を引きずり、がんがんと階段に男の顔をぶつけながら、意外と重かった男の体重に苦心しつつ、ほうほうのていで自分の部屋へと連れ帰ったのであった。


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