ぐちゃぐちゃ

舞寺文樹

ぐちゃぐちゃ

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。

 

 平凡な僕は非凡な僕になるために模索した。なぜ非凡になりたいか。それは、その……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。

 

 僕はこう見えても陸上部だ。百メートルを十一秒台で駆け抜ける。全国で名を馳せるほどではないが、周りの人に比べれば速い方だ。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。

 

 僕は泡立て器を握った。カタカタと音を立てて、生クリームを、ふわふわにした。それを搾り袋に入れて、焼き上げたシュー生地に注入する。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作り。

 

 僕はあの大好きなギタリストみたいになりたくて、エレキギターを買った。最初は難しかったけれど、今ではその真紅の君が相棒さ。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。

 

 僕は本が大好きだ。昔の文豪の作品から今のラノベまでなんだって読む。恋愛だってホラーだって。文字が僕を包み込むあの感じがたまらない。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。趣味、読書。

 

 僕は読むだけじゃ飽き足らなくなった。だから、自らペンを握った。今度は僕が、みんなを包み込む番なんだと、一念発起した。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。趣味、読書。将来の夢、小説家。

 

 お前、なんでもできるよな。この前の体育祭だって、リレーお前のおかげで勝てたし。お前の作るシュークリーム絶品だし、ギター弾けるし。

 しかもこの前、なんか小説のコンテストで表彰されてなかった?お前すげーよ。

 

 しかし、友也は全く嬉しくない。なぜかって?そ、それは……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。

 

 僕には好きな人がいる。な、名前は……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 僕は毎日朝早くに、タータンに出てトレーニングをした。少しでも大会で良い成績が出れば、君が応援してくれるんじゃないかなと思って……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 君はこの前紅茶のパウンドケーキを作ってた。だから僕も頑張って、シュークリームを作った。そーすればそれが何かのきっかけになると思って……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 君はあのバンドのあのギタリストが好きだと言った。だから僕は必死にあのバンドの名曲のギターを練習した。そうすれば君が、僕のギターに乗せて愛を歌ってくれると思って……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 君はよく休み時間に本を読んでいる。西陽に照り返る君の茶髪が美しいから書店に向かった。君の好きなジャンルはわからない。だからなんでも読む。そうすれば、あの小説みたいな恋愛憧れるよね。って君に言える日が来ると思って……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 僕は君にこの気持ちを伝えたい。どうしても伝えたいけど僕はシャイだ。だからその気持ちを小説にして、出版する。そうすれば僕の小説を君が手に取るかもしれない……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 だから僕は、非凡になりたい。僕が非凡な人になれば、君は振り向いてくれるかもしれない。そうすれば、僕は、僕は……。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 「一番線ドアが閉まります」の声が遠くから聞こえた。僕は走るのをやめた。仕方なしに駅のホームのベンチに腰掛けて、次の電車が来るまでの三十分の使い方を考えた。

 二番線ホームには後一分で出発する鈍行列車が止まっている。君は多分あの列車に揺られて、家に帰るのだろう。

 「二番線ドアが閉まります」の声が向かい側から聞こえてきた。列車はゆっくりと走り出して、夕闇に消えた。

 二番線ホームには誰もいない。と思いながら小説の活字から二番線ホームに視線を移す。黄色いベンチに座る人影が一つ。マフラーに顔を埋めながら小説を読んでいる。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。恋愛事情、片想い中。

 

 僕は咄嗟に小説の活字に視線を落とした。目が合うのが怖かった。

 激しく鳴る心臓を抑えて、ゆっくりと字面を追う。しかしダメだ。読めない。文字と文字が知らんぷりして僕を相手にしてくれないのだ。

 僕はベンチから腰を上げて、自販機へ足を運んだ。師走の夜に似合うのは「あったか〜い」のコンポタか。それともココアか。百二十円を入れた後、僕の右手の人差し指は迷子になった。下からガラガラと、お金が出てきて、どうやらタイムアップのようだ。

 

「あの、すみません」

「あ、はい」

「先買ってもいいですか?」

後ろを振り返ると、僕よりも半頭身くらい背の高い男子高校生が困った顔をして立っていた。

「あ、ごめんなさい。先いいですよ」

「ありがとうございます」

同い年だろうか。それとも年下だろうか。高校生の制服とは不釣り合いなくらい端正な顔立ちだった。

 その男子高校生は、ココアを二本買って何処かへ消えた。

 二本、そうか、二本か。今読み途中の小説のワンシーンが、僕の頭に浮かぶ。

 僕は、二百四十円自販機に入れて、コンポタを二本買った。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、脱シャイ。

 

 僕はコンポタ二本を握りしめて高架橋を登った。君のいる二番線ホームへの架け橋。心の中で、何度も何度も復唱した。

 

「おつかれ、寒いね。これ、飲む?」

「おつかれ、寒いね。これ、飲む?」

「おつかれ、寒いね。これ、飲む?」

 

段々自信がなくなってきた。君を目の前にして、こんなこと言えるだろうか。

 

「おつかれ、寒いね。これ、飲む?」

「おつか、れ、さむいね。これの、む?」

「お、つか。れ。さむ、い、ね、これ、の、む?」

「オ、ツか。レ?さむ、い。ネ。これ、の、む?」

 

 残念ながら、ゲシュタルト崩壊してまったらしい。僕は、高架橋の真ん中で立ち尽くした。北風が駆けてきて、僕の耳を引っ掻く。コンポタを握りしめた手のひらと目頭だけがじんわりと温かくて、前がぼやけた。

 せっかく買ったんだ。君と話せるチャンスだ。ほら、コンポタ渡せれば非凡なんじゃない?

 僕は自分にそう言い聞かせて、高架橋から下る階段を一段ずつ降りた。

 

 二番線ホームの人影は一つだけ。しかし君じゃない。さっきの男子高校生だ。君はどこかとあたりを見渡すが、どこにもいない。

 もう一度振り向く。が、男子高校生しかいない。強い北風が吹いて、その男子高校生は身を屈めた。茶色いチェックのマフラーがなびく。

 君はその男子高校生の胸元から顔を覗かせてこう言った。

「え!ココアいいの?さすが私の好みわかってる!」

 

 僕は高架橋を逆走した。両手にコンポタを握りしめて歯を思いっきり食いしばりながら、階段を駆け降りて、さっきのベンチに座った。

 よく見える。君の幸せそうなその笑顔が。よく聞こえる。君の甘える声が。僕はもう、どうしようもできなくなって泣いた。

 涙で濡れたこの世界はあまりにも残酷で、涙で濡れた君はぐちゃぐちゃで見れなかった。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。趣味、読書。将来の夢、小説家。

 

 君に読ませる小説なんかもうないさ。今まで書き溜めた君への愛は、家に帰ったら全て油性ペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしてしまおう。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。趣味、読書。

 

 僕はもう本なんか読まない。そもそも、君がいなければ本なんか読まなかった。本棚の小説たちはぐちゃぐちゃに引き裂いて燃やしてしまおう。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。

 

 僕はもうギターなんか弾かない。今までに掻き鳴らしたフレーズだって、君にとってはぐちゃぐちゃメロディにしか聴こえないだろうから。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作り。

 

 僕はもうシュークリームなんか作らない。今まで作ってきたお菓子と僕の今のこの気持ちをぐちゃぐちゃに練り合わせて、ハエにでも食べさせればいい。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。

 

 僕はもう走らない。いくら走ったってその先にもう君はいない。僕の前に伸びる一本道は、ぐちゃぐちゃの獣道だけさ。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。

 

 僕は、結局は非凡にはなれない。

 君が振り向きますようにと願った最終形態。

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。部活、陸上部。特技、お菓子作りとギター。趣味、読書。将来の夢、小説家。

 

 これは僕じゃない。こんなぐちゃぐちゃな姿な僕は偽物だ。最終形態はただのぐちゃぐちゃだ。

 

 僕は僕の中にあるもの全てをボウルに入れて、ぐちゃぐちゃに和えたものを皿に盛り付ける。ナイフとフォークと、それからスプーンを置いて君を招いた。

「どうぞお食べ」

君は横に首を振る。

「ほら早くお食べ」

君は口をキッと結んで、何も動かない。

「ほら、早く食えよ」

君の口を無理やり開けて、そのぐちゃぐちゃの何かを詰め込む。

「まずい」 

君はそれだけ言って、いなくなった。

 

 部屋の天井にはいつも不思議な人が住んでる。朝起きるといつもその人からご信託をもらう。

「今日は、随分と黄色いな」

「黄色?」

「ああ、黄色いぞ今日は」

「僕が?」

「違う、お前の周りがじゃ」

何を言ってるんだと、起き上がる。昨日の夜のコンポタが、枕元に散乱していた。

「ああ、確かに黄色いな」

「お前の枕元、ぐちゃぐちゃだな」

「だな、」

 

 名前、鈴木友也。年齢、十八歳。特徴、シャイ。

 恋愛の結果、脱ぐちゃぐちゃ。

 

 

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ぐちゃぐちゃ 舞寺文樹 @maidera

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