魔法少女と魔法少女と、俺

浴川 九馬

0.秘密

0-1

 誰にだって秘密がある。

 たとえそのためにどんな愚行を犯そうとも、

 人は秘密を持たずにはいられない。



  ◆   ◆   ◆



 私は、秘密のために愚行を犯した小市民だ。

 進学に伴った東京デビューで、田舎者だと思われたくないばかりに、業者から『2022年春版・魔物対策マニュアル』を受け取らずに済ませてしまったのだ。

 後でネットで調べておこうという軽い考え。

 その結果が現在の、紫色に澱んだ空の下での逃走劇である。


 ヒャウヒャウと空気の抜けるような音をたてて私を追いかける、浮遊する細胞のような球体の群れ。

 それらの名前は『ネス』と言ったはずだ。存在だけは、私の生まれ育った片田舎にも伝わっていた。この冬から首都圏に出没しているという魔物の中でも、一番大量に存在する種類。

 彼らは人間に寄ってたかって取り憑いて、その心を壊してしまうんだとか。


 そして、そんな魔物を退治するのが……



「こっちだ!」


 曲がり角の右手から、男の人の声が聞こえた。声は続ける。


「目を閉じてそのまま走り続けろ!」


 恥も外聞もなく、その言葉に従う。言われた通りに角を曲がって、黒いスーツの男の人を確認したら、目をつぶってまっすぐに走り出す。

 視界のない中、小さな爆発音がいくつか聞こえた。そして何か、金属が転がる音。パン、と後方で弾けるような音。


(一体何が!?)


 そう思った瞬間、身体は衝撃と共にがくんと止まる。何かと思って目を開けば、私はそのスーツの男の人に片手で抱きとめられていた。

 険しい顔立ちの人だ、と思った。顔つきは不機嫌で、けれど歳は同じくらい……十代後半くらいに見えた。

 スーツは折り目正しく、反して黒い髪は少しぼさついていた。私を支えているのとは逆の腕には拳銃を持ち、引き金を引いている。先ほどから聞こえていた爆発音は発砲音だと、今分かった。


「荒っぽい扱いをして申し訳ない」


 こちらを一瞥もしないまま、横一文字の唇が開く。


「銃を見ると、やはり冷静でいるのは難しいだろうから、先ほどのように言うことになっている。協力に感謝する」



 ……魔物が出現するようになっても、東京は依然として日本の首都である。

 首都機能の分散が論じられることはあっても、そこに住んでいる大半の人たちは、変わらず生活している。何故か?


 魔物を倒す、魔法少女がいるからだ。



「あの……」

 ふらつく脳で、思ったままの質問を口にする。

「魔法少女の方、ですか……?」



  ◆   ◆   ◆



「違う」


 発煙弾から溢れる霊木の煙に燻され、みっともなく動きを鈍らせる雑魚ネスどもを、退魔弾で次々と撃ち抜く。

 俺にとってはさんざん訓練したルーチンワークで、だから片手間に垢抜けない女子と話をするくらいの余裕も当然ある。


「対魔局の者だ。……見えるか? 少女に」

「で、ですよね……」


 計算通り、弾を撃ち尽くしたタイミングで、彼女を追っていた連中を全滅させることができた。とはいえ、安心はまったくできない。ネスは最も弱いが、最も大量に現れる、虫のような連中だ。

 だがそれも、本当に四六時中、場所を問わず出現するわけではない。


 頭上を見上げる。

 澱んだ紫の空。魔界からの穴が近くに開いている証拠だ。


「空はこの有様で、警報も出ていたはずだが……どうして追いかけられていたんだ?」

「う」


 気まずい表情の彼女は、謝罪混じりに事情を話した。他の地方から引っ越してきたばかりで、魔物対策を知らなかったこと。前日まで部屋の片付けで忙しく、ずっと寝こけていたことなど。


「あの私、これからどうすれば良いんでしょうか。避難所とか、あったり……?」

「あるが、今からでは間に合わない」

「えっ……」

「詳しくは対策マニュアルを読んで欲しいが、基本的に魔物のおおまかな襲撃地域と時間は数日前には判明し、警報が出る。警報はスマホアプリでも確認できる」

「めちゃくちゃ近代的ですね……!」

「当該地域の住民は、その間は地域外に出てもらうか、避難所利用を申請するか、難しければ即席の結界を申請してもらうことになっているが……」

「け、結界を……申請!?」

「なお、その申請もアプリでできる」


 wifi繋がったらすぐ入れます! と声を上げる彼女に、俺は続ける。


「話した通り、避難所は事前申請制なんだ。収容可能な人員には限りがあり、今から向かっても迷惑がかかる」

「じゃっ、じゃあどうすれば……」

「少し待て」


 拳銃に退魔弾を込め直し終えると、俺はイヤホン通信機からの指示に意識を注いだ。

「……運が良いな」

 そして、思わず漏らす。


「え……その、避難所とかが使えたり……?」

「避難所より楽だぞ。何せこちらから向かう必要がない」


 ぽかんとした顔の彼女を後目に、俺は対魔局の方角を見た。


 紫に澱んだ空が、深い青に塗り替えられていく。

 甘く、美しい、夜の色に。



「魔法少女が来る」

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