第11話 落とし物
アマネさんの家は、俺とトモの最寄りから四〇分ほど電車にのる必要があった。
立地的にはそれほど距離もなく見えるのに、電車だと少し遠回りになるのがやや不便だ。一人だったら自転車で行ったかもしれない。
トモとは最寄り駅で待ち合わせすることになっていたけれど、昨日の段階で遅くなるから待ってほしいと連絡が来ていた。アマネさんにもだいたいの到着時刻は伝えているので問題はないけれど、高校からそのまま来ている俺はトモが来るまでの時間手持ちぶさたとなってしまう。
(どこか入ってつぶすほどでもないし……)
適当に、近くの公園をぶらつく。駅から数分の距離にある大きな公園には、平日のこの時間でも人通りが多い。
ぼーっとしていると、見るからになにか探している人がいた。きょろきょろと地面を見回して、重い足取りで数歩進むと、はぁとため息をついている。
時間はまだある。
なにを探しているのかはわからないけれど、それらしいものがないか俺も気にしてみよう――と歩けば、青いうさぎのストラップが転がっているのを見つけた。
(全然関係なかったら恥ずかしいけど)
相手は、近くの女子校の制服を着ていた。変に声をかけて、ナンパかなにかだと思われないかも心配だけれど、探しているのがこのストラップの可能性もある。
「あのぉ……なにか探しているみたいですけど、もしかしてこれとか違います?」
おっかなびっくりに、青いうさぎを盾にしながら話しかけてみると、
「あっ! それです!」
持っていた俺の手ごと、うさぎを両手でにぎられた。女の子は俺より少し小柄で、可愛らしい手ににぎられるような形となってしまい、なんだかドキドキする。
「よっ、よかった! そ、それじゃあ……その……」
俺はそそくさとその場から逃げようとしたのだが、女子が手を離してくれなかった。
「お礼させてください。よかったら、お茶かなにか」
「たまたま見つけただけだから、気にしないでよ」
と遠慮したのだが、結局押し切られるように、自販機でホットの紅茶をごちそうになってしまう。指先が冷えていたので、ありがたいにはありがたい。ただあのままでも、彼女は自分で見つけていたと思うし、よけいな気遣いだったのではないか。
(それで紅茶までおごってもらうと、かえって悪いな……)
「本当にありがとうございました。……これ、すごく大事なものなんです」
改めて、深々と頭をさげられる。「そんなそんな」と俺は挙動不審になった。
「……あの、ムサ高ですよね? あたし、イノ女で」
「う、うん。俺、高二で」
「あたしも高二です。あ、百(もも)瀬(せ)千(ち)世(よ)っていいます」
「百瀬さん……えと、俺は栗坂恵です。よろしくお願いします」
名乗り返して、軽く会釈した。コミュ力がないため、突然のできごとにおたおたした対応しかできず歯がゆい。もっとスマートな受け答えはできないのだろうか。
「タメですよね。だからよかったら、呼び捨てで敬語もなしで」
「えっ……じゃあ、敬語だけなしでもいい? 百瀬さんもよかったら」
「ありがとうございます。そうさせて……もらうね、栗坂君」
そう言って、百瀬さんはにこりと微笑む。
肩にかかるくらいの黒髪を二本のおさげにしていて、特徴の薄い黒縁眼鏡という地味な装いの百瀬さんだけれど、よく見るとすごく整った顔立ちだ。どこか中性的にも見えるし、今の微笑みやしゃべり方は俺がやりたかったスマートさだった。
(なんか、かっこいい子だ。それにこの声どこかで……)
どこか聞き覚えがある。百瀬さんの声を頭の中で検索にかけていると、
「……栗坂君の声」
「俺の声?」
「可愛らしいなって。あっ、ごめん。初対面の男の子に可愛いなんて悪いよね」
一瞬、百瀬さんも俺の声に聞き覚えがあるのかと思ってしまった。
小さいころあったことがあって、偶然の再会だった――みたいなことは、多分なさそうだった。よく考えると、俺に女の子の友達がいないのは、小さいころからずっとだ。ちなみに、同性の友達もほとんどいないから「えっ、あのころは男だと思ってたら、実は女子!?」というのもできない。だいたいそれはもうトモで十分だ。
そのまま、二人してペットボトルの紅茶を飲みながら、たわいもない話をした。
「最近、ちょっといろいろあって余裕なくしてたから……栗坂君がいなかったら見つけられなかったかもしれない。そっちの道も、あたし一度見たはずだったし」
「なにか悩みとか?」
「うーん、悩みってほどじゃないけどね。友達……親友が、最近ちょっと様子がおかしくて……」
「百瀬さんも!? 俺も! 俺も親友が……最近よくわかんなくて……」
不思議な偶然もあるものだ。
聞けば、先ほどのうさぎも親友とおそろいで買ったものらしい。
(いいな、親友とおそろい。俺もなにか……トモと……男女だと変な感じかな? そんなことないかな。性別と友情は関係ないし……)
百瀬さんが話しやすく、トモとの約束の時間まであっという間にすぎた。
別れ際にもう一度お礼を言われて、連絡先まで交換してしまった。
女子の友達ができたということなのだろうか。幼馴染みと親友はいるが、友達は初めて――いや、アマネさんとミィさんがいる。ただ二人はVTuberとしては友達だけれど、まだリアルで友達かといわれると判断に困る。トモとだって、まだリアルではそんなに関わりがあるわけじゃない。
(これから……ううん、トモとアマネさんとは、今日もっと仲良くなるぞっ!)
登録者一○万人を目指して――というと打算的だけれど、まずは性別不詳組のみんなで団結してセレネさんとのコラボ配信を実現したい。
セレネさんは『予定さえあえば是非参加してほしいです』なんて人気VTuberあるまじき腰の低さで誘ってくれているけれど、できる限り配信をがんばって、今よりも少しでも人気になってコラボ配信にお邪魔したいという見栄に近い欲がある。
なんせ、ただのコラボ配信ではなく、呼ばれたのはあの大企画『宴百年年末大宴会』なのだ。その名のとおり、セレネさんが毎年恒例で主催している大晦日の企画配信。もともと単なる個人の企画配信だったけれど、人気もあって交友関係も広いセレネさんがVTuber仲間をゲストに呼んでいる内に、どんどん規模が大きくなって、気づけばVTuber界隈でも一大イベントとして知られている。
参加できるだけで光栄なことだけれど、人気VTuberがたくさん集まってくる中で、『性別不詳組ってなに? 誰あの甘露ケイって無名VTuber? なんでイベント呼ばれたの?』みたいに場違いな空気にはなりたくなかった。
(俺一人でもがんばるつもりだけど、性別不詳組で呼ばれているし、できればみんなでたくさん配信したい)
自分なりに気合いを入れ直して、トモと合流したら、
「あっ、ケイ! ……その、今日はよろしく」
トモは頬を赤らめて、どこか視線を泳がせる。
「えっ、えっ……トモ?」
放課後に集まったのだから、てっきりトモも制服だと思っていた。
しかし、そこに現れたトモは、なぜかめちゃくちゃおしゃれしていた。
――気合い入りすぎじゃない!?
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
途中から非公開になっておりました本編ですが、11/27コミック完結に合わせて修正版を公開していきます。
本日「第2章 性別不詳組、本格始動」の最後までを投稿していきますのでよろしくお願いいたします。
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