さとちゃんはかわいい

平賀学

さとちゃんはかわいい

  さとちゃんはかわいい。

 それに自分がかわいいって自覚がある。子どもの頃からそうだった。人形みたいなんて陳腐な表現だけど、実際そんなふうに整った容姿の人間というのは、それだけで一目置かれる。みんながさとちゃんの一挙一動に注目した。小学生の頃だって、さとちゃんはキャラクターもののプリントがされたシャツなんて着なかった。控えめなフリルと、黒を基本にしたワンピース。お母さんがお金持ちらしくて、おさがりなんて一度も着てなかった。女の子はみんなそれを真似ようとして、安っぽいコピー品みたいなのを着ていた。

 さとちゃんはいつも女子の輪の中心にいた。わたしは、けば立った、何度も洗ってよれているシャツを着ていたけれど、さとちゃんはそんなわたしを微笑んで傍に置いた。みんながわたしのことを場違いだって目で見ていたけど、さとちゃんが受け入れているから文句は言わなかった。

 ちやほやされるさとちゃんをうっとおしがる子もいたけど、さとちゃんは自分が大人からどう見られているかよくわかっている子だった。さとちゃんをいじめる子がいたら、正義感の強い先生のいるときに、そっと俯いて、はらはらと涙を流した。さとちゃんは先生に強く言いつけたりせず、あくまで向こうから事情を聞いてくるのを待った。さとちゃんは、ちゃんと大人の目がないところで陰口を言う子だから、大人には「いい子」だと思われていた。いじめられていたわたしを友だちにしたのだって、間違いなくいい子だ。そんなさとちゃんを一方的に悪く言う子は「悪い子」になって、学校で身動きがとりづらくなったりした。

「そんなやり方してると、後で陰でやり返されるよ。あの子たち陰湿だから」

 わたしが助言すると、さとちゃんはきょとんとしたあと、けらけら笑った。

「大人の前で点数稼ぎもできないような頭の残念なやつにできることなんて、たかが知れてるし。いいよ別に。何かしてきたら、それこそ私にもう二度と絡みたくないって思わせるから」

 誰もいない、放課後の教室では、さとちゃんは机の上に座る。長い足を組み替えて、くすりと笑ってわたしを見た。

「それよりあんた、自分の身の振り方考えなよ。中学校上がって、私と別のクラスになったら、またいじめられるかもよ」

 さとちゃんの目はとても楽しそうだ。さとちゃんにとってわたしはさとちゃんのかわいさと優しさをアピールするための道具にすぎない。そして、わたしがさとちゃんに反乱するなんて考えてもいない。実際そのとおりだったから、俯いた。

「まあもし同じクラスになったら、また同じグループに入れたげないこともないよ」

 上の方からさとちゃんの声が降る。ブランドもののスニーカーのつま先が揺れた。


 結局、中学に上がってもさとちゃんと同じクラスになった。

 わたしはさとちゃんのアクセサリーで、周りもそれをわかっているから、わたしはいてもいなくても、喋っても喋らなくてもおんなじだった。休み時間はぜんぜんついていけない恋愛話に、笑顔を作りながら相槌を打って、でもわたしの相槌なんて誰も聞いてないし必要としてなかった。

 学校で、どこかのグループに所属しているというのはとても大事なことだ。いろんなグループを渡り歩くタイプの子もいるけど、わたしにはそんな社交力なんてなかった。体育のときにペアを組んでもらうのも、昼休みに一緒にお弁当を食べるのも、校外学習に行くのも、普段から一緒に過ごすグループがないとみじめな思いをすることになる。そしてたいていの子は、そういうのを避けたがるし、だからわたしはさとちゃんから離れられない。

 でも、毎日空気みたいに扱われて、わたしが疲れていってること、そして限界が近づいていたことには、さとちゃんも気づいてないみたいだった。


「明日から学校一人で行くね」

 放課後、自転車を押しながら、隣のさとちゃんにぽつりと言った。

 たぶんこれでわたしの学校生活おしまいだ。わたしはさとちゃんがいないと何にもできない。友だちもいない。さとちゃんを通じた知り合いしかいない。その子とだって、さとちゃんを通じないとまともに話せない。

 でももうお人形扱いは十分だった。

 さとちゃんは、きっとわたしのことを笑って捨てるだろう。それでいいんだ。

 なかなかさとちゃんから返事はなかった。怒ってるんだろうか。そろそろと顔を上げてさとちゃんを見ると、薄く口を開けて、虚を突かれたような表情をしていた。それはわたしの予想とはずいぶん違った。

「何言ってんの」

 ようやくさとちゃんは喋った。

「あんた一人で? 何? 私の友だち嫌になった?」

 かわいい、きれいな顔が歪んでいた。今まで見たことがなかった。

 そのとき自分の胸が不自然にどきどきするのを感じた。

 わたしが言葉に詰まっていると、人形みたいな顔に、まるでわたしと変わらないような、そんな表情を浮かべそうになったから、口をふさぐように続けた。

「嘘、冗談。わたしがさとちゃんから離れるわけないじゃん」

 そしてさとちゃんが好むだろう、へつらうような笑みを浮かべた。

「気持ち悪い冗談やめろ」

 吐き捨てるように言って、さとちゃんは自転車にまたがった。

 わたしはいつものようにその後に続いた。


 さとちゃんはそれからも相変わらずわたしを傍に置いた。

 でもさとちゃんが早熟だといったって、同級生たちだって成長していた。

 大人っぽい小学生は高校に上がる頃には周りと大差なくなっていたし、さとちゃんがただかわいいだけじゃなくて、性格が悪くて、周りをみんな小馬鹿にしていることは、他ならぬさとちゃん自身の口から同級生たちに伝わって、高校に上がる頃には周りから以前ほどの人はいなくなっていた。

 さとちゃんは自分の言うことを聞く家来を作るのは得意だったけど、友だちを作るのは苦手だった。


 昼休みは屋上に続く階段で、さとちゃんと二人でごはんを食べる。わたしはお弁当。さとちゃんはサンドイッチと、野菜ジュース。さとちゃんは体重管理を徹底していて、長い足は昔のように細い。

「二組ないわ。デブとブスばっか。僻みうざったいし、男子も女子もガキばっかり」

 小学校のときは誰をうわさ話で孤立させるかで遊んでいたさとちゃんが、ストローに歯型を付けながらそう言う。それに相槌を打つのはわたししかいない。

「そうなんだ。わたしもね、今のクラス居心地悪いんだ。気の合う子いないし」

 そう言うとさとちゃんが安心するとわかっている言葉を選ぶ。ずっとさとちゃんの傍にいて、顔色を伺ってきたから、それくらいわかる。

「ああ、でも、優しい子もいるんだよ」

 そして、同じくらいさとちゃんが嫌な言葉もわかる。

「宿題、やるの忘れてたら、写させてくれたの。なんて名前だったかな」

 こちらを見るさとちゃんの目の、奥底の方に見える色に、背筋をなぞられるような感覚がする。


 怯えるさとちゃんはかわいい。もうわたししか残っていないんだ。


「忘れちゃった。それに今度からはさとちゃんに見せてもらえばいいよね」

 微笑むと、そうだよ、とさとちゃんは言った。

「あんた馬鹿でトロいんだから、同情で優しくされてるだけだから。そんなのも気づかないの」

「そうだね。わたし、馬鹿だから」

 昔みたいに、お姫様みたいな余裕がなくなっているのがまた、どうしようもなくおかしくて、わたしは思わず笑った。

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