第2話 とりあえず説明を受けてみた

 …………うーん。


 ゆっくりと目を開ける。あれ? 目を開けたのに何も見えない。真っ暗だ。って事はまだ夜か。明日は最終面接だからしっかりと睡眠を取らなきゃいけない。腫れぼったい目じゃ、印象が悪いからな、うん。

 ……ん? ってか、面接会場に向かってなかったっけ? 確か雨の中走っていたような記憶があるんだけど……まさか夢? やばいな。夢にまで見るのか。大分就活に毒されてる。これじゃあ受かる会社も受からないぞ。心身ともに充実した時こそ最高のパフォーマンスを発揮する事が出来るのだ。というわけでちょこっと二度寝をば……。


 ――選ばれし者よ、目を覚ましなさい。


 何か声が聞こえる。あー、またスマホで動画見たまま寝ちゃったのか。連続再生にするのはダメだなー。ちゃんと途中でスリープモードになるようにしないと。でも、今は眠くて体動かせないからパスで。


 ――起きなさい、選ばれし者よ。


 随分と変わった動画が再生されてるな。でも、睡眠の邪魔になる事はない。むしろ子守唄にすら感じる。動画を見ながら寝るのが習慣化してるからだな。電気代がもったいない、ってよく母さんに怒られたけど、どうしてもやめられない。もはや動画が流れてないと眠れないまである。良くない事だとは思うんだけど、こればっかりはなー。アルコールを摂取しないと眠れない人ってこんな気持ちなのかなー。


 ――……いつまで寝ているの!? 起きなさいっ!!


 ビクッ!


 反射的に体が起き上がった。キョロキョロと周りを見回し母親の姿を探すも、相変わらず辺りは暗闇のままだ。


 ――やっと起きたのね。まったく……この状況で二度寝なんて……。


 それでも声だけは聞こえた。なんだこれ? まだ夢を見てるのか?


「えーっと……誰かいるんですか?」


 何も見えない恐怖と戦いながら適当に声をかけてみる。なんなら返事がなくてもいい。むしろ、返事がない方がいいかもしれない。というか、ここどこだ?


 ――北原颯空、選ばれし者よ。


 フルネームで呼ばれた。しかも、選ばれし者とか言っちゃってるし、なんかやばい系な臭いがする相手だ。普通に怖い。


 ――まずはあなたに辛い事実を伝えなければなりません。


 辛い事実? ま、まさか……最終面接までいったっていうのはドッキリでしたとか!? それはマジで心が折れるぞ!? やっていいドッキリと悪いドッキリがある!!


 ――あなたは歩道橋から足を踏み外し、命を落としました。


「…………は?」


 思わず声が出てしまった。この人は何を言っているんだ? 俺が死んだ? 歩道橋から落っこちて? ちょっと何言ってるのわからないんですけど。


「……いやいやいや、意味わからないし。そもそもあんたは誰だよ? どっから話してんだ?」


 なんだかイライラしてきた。勝手に人を死人扱いしやがって、冗談じゃない。確かに俺は歩道橋から落ちる。だが、あれが現実なわけがない。だって、現に俺は今生きてんだから。とはいえ、その夢の内容を知っているというのが気になる。新手のテレビの企画か何かか? 超能力者特集とか?


 ――……そうですね。このような大事な話をするのに姿を見せないというのは失礼ですね。わかりました。


 その言葉と同時に強烈な光が暗闇に放たれた。うお! 眩し! すげぇ演出!


 ――私は女神……あなたが生きてきた世界とは異なる世界を創造せし者。


 光が強すぎて目が開けられない俺の耳にそんな言葉が響く。女神……だと? 小説とかに出てくるこの世のものとは思えない美しさを持つとさせるあの……?

 まぶた越しに感じていた光が段々と弱まっていく。俺はドキドキと高鳴る胸を抑えつつ、恐る恐る目を開けてみた。


 うん。あのー、あれだ。

 なんかヒラヒラした服着てるし、今目の前に立っている女性が女神なんだろう。

 確かになんとなく神々しさを感じなくもない。

 それにめちゃくちゃ綺麗だっただろう……うん、


 俺の前に姿を現したのは、服装だけは女神然とした太ったおばさ……ふくよかな体型をした四、五十代くらいの女性だった。


「初めまして。アフロディーテと申します。ファンタジアを創った女神です」

「あ、はい。北原颯空です。よろしくお願いします」


 年上の女性に丁寧に挨拶をされたので、思わず普通に挨拶を返してしまった。そんな俺を見てアフロディーテは優しく微笑む。


「まだ、戸惑っている事でしょう。それは致し方ありません。ですが、全て真実なのです」

「は、はぁ……?」

「北原颯空、あなたは若くして命を落としました。さぞ無念な事だったでしょう。そんなあなたにもう一度生きるチャンスを与えるために、私はやって来たのです。どうですか? あなたがこれまで生きてきた世界とは別の世界で、もう一度人生をやり直そうとは思いませんか?」


 ……なるほど。なんか捲し立てるように説明をされたけど、そのおかげで大体企画の趣旨はわかった。流行りの異世界転移物が現実に起こったらどんな反応をするのかってモニタリング的なやつに違いない。とりあえず、キャスティングをなんとかしろ。コスプレが完璧過ぎるあまりに女神役の女性のミスマッチが際立つぞ。絶世とまではいかないけど、そこそこ美人な人くらい用意できただろうが。この女神は昼間リビングに横たわりながら煎餅片手にワイドショー相手に文句を言ってる類のお人だぞ。

 ただまぁ、多少の粗を華麗にスルーしてこういうのに付き合うのが大人としてのマナー。就活の荒波に揉まれた結果、『これなんの番組っすか?』なんて野暮な事は聞かないほどに俺は成長したのだ。空気を読む、これ大事。


「えーっと、ファンタジアでしたっけ? その世界について教えてもらってもいいですか?」

「もちろんです」


 アフロディーテが柔らかく頷く。とりあえず、これくらいの質問が無難なところだろ。


「私が創り出した世界ファンタジアは剣と魔法が織りなす世界です」

「ほうほう」

「…………」

「…………」

「…………」


 え? 終わりっすか?


「あ、あの……もう少し詳しく教えてもらっても?」

「詳しく……人間以外の種族がいます」

「はぁ、他種族ですか」

「はい、他種族です」

「…………」

「…………」


 嘘でしょ? なんでニコニコしてられるのこの人? ちゃんと台本渡してる?


「えーっと……そういう漫画とか小説とか読んだことあるので、なんとなくイメージは湧くんですが、それでも細かいところが気になるんですよね。転生なのか転移なのかとか、スキルはあるのかとか」

「転生……転移……すきる……」


 アフロディーテの笑顔が凍りつく。そのままゆっくりと後ろを向き、何やらゴソゴソやり始めた。


「えー……命を落としているわけだから基本的には転生です。それで……うーん……『すきる』というものがなんなのかよくわかりません」

「……スキルは特殊能力みたいな感じです」

「あー……なんかそんな感じのはあったりなかったりします」


 随分とふわっとしてんな、おい。あったりなかったりって結局どっちかわからないだろうが。ってか女神よ、カンニングペーパーをガン見してんじゃねぇ。ついでに懐から老眼鏡を取り出すな。


「……んもう! だめね! おばちゃんには難しいわ!」

「へ?」

「はい! これ渡すから自分で読んでみて!」

「え? え?」


 アフロディーテがトントンと自分の肩を叩きながら諦め顔で紙の束を渡してきた。急にどした? 更年期によるあれですか?

 戸惑いつつもそれを受け取り、一枚目を読んでみる。


『ファンタジアで暮らす人大募集!

一緒にファンタジーの世界を生き抜く人募集中!

初心者、大歓迎!

笑顔あふれるわいわい楽しい職場です!

冒険者で一攫千金、億万長者も夢じゃない?

全年齢対象! 男女不問!

今ならお好きなタレントお一つプレゼント!

お問い合わせは女神まで』


「バイトの求人かっ!!」


 思わず勢いよく床に叩きつける。初心者大歓迎ってなに!?? 笑顔あふれるわいわい楽しい職場ってなに!? 作り笑いを浮かべたバイト達の集合写真がないのが逆におかしいレベルだわ!? ってか、問い合わせ先を確認しろっ!! 女神ポンコツにお問い合わせしたところで何も解決しねぇよ!!

 ……い、いや、落ち着け。とりあえず女神から渡された紙ものはまだあるんだ。それを見てから判断しよう。さて続きは……。


『ファンタジアについて

特徴…………………………………………2

知っていただきたい事……………………3

安全上のご注意……………………………5

転移について………………………………7

転生について………………………………10

他種族………………………………………13

タレント……………………………………18

こんなときは?……………………………28

保証とアフターサービス…………………30

相談窓口(女神)のご案内………………31


取扱説明書トリセツかっ!!」


 随分と親切だな、おい! アフターサービス充実してますってか!? だから、相談窓口が役に立たねぇって言ってんだろ!!

 はぁはぁ……まじでどうなってんだ。これ考えた奴、絶対転移系とか転生系のラノベを読んだことないだろ。こりゃあれだわ。真面目に相手するだけこっちがバカを見る奴だわ。さっさと進行させて早いとこ家に帰ろう。

 やけくそ気味にファンタジアの取説を読み進めていく。……なるほど。ムカつくけどわかりやすいわ、これ。

 女神アフロディーテが創り出した世界、ファンタジアは文明レベルが中世ヨーロッパ程度の王道ファンタジー世界だ。騎士団や冒険者、亜人、魔族、魔物、なんでもござれって感じ。そんでもって魔法はあるけどスキルはなくて、その代わりにタレントって呼ばれる才能を、ファンタジアの人達は生まれた時に女神から授けられるらしい。


「タレント、ねぇ……」


 俺は一枚目に視線を戻す。この『今ならお好きなタレントお一つプレゼント!』ってのは、そういう事なんだろ。異世界へ行く特典的な。所々おかしな点はあるけど、一応それっぽい設定はあるようだ。ただ、一つ気になる事がある。


「あのーアフロディーテ様。一つ聞きたいことが……」

「ん?」


 大まかな流れを把握した俺が女神へと目を向ける。


「いや、クッキー食べながら女性誌とか、ばっちり寛いでんじゃねぇよ!!」

「あらやだ、ごめんなさいねぇ。ついつい待ち時間暇だったものだから、おほほほ……」


 どこからか持ち出した椅子と机で寛いでいた女神が誤魔化し笑いをしながら読んでいた雑誌を閉じた。頼むから配役変えてください。こっちが無理して企画に乗っかろうとしても、一瞬で世界観崩されます。

 俺はジト目を向けながら、気を取り直すように一つ咳ばらいをした。


「とりあえず取扱説明書はあらかた読ませてもらったんですが、異世界へ行く目的が書いてありませんでした。だから、それが知りたいんですけど……テンプレ通り魔王討伐とかですか?」

「やだわぁ、討伐だなんて。そんな野蛮な事」

「え?」


 顔をしかめる女神を見て、俺は目をぱちぱちとまたたいた。


「本当、最近の若い子は発想が怖いわぁ。やっぱり色んなピコピコとかで遊んでるうちにそんな考えになってしまうのよねぇ、ボリボリ」


 いや、ピコピコって。おばさん通り越しておっさんだろ。この人、絶対ゲーム機の事全部ファミコンっていうタイプだわ。ってか、クッキー食うなや。


「まぁ、あなたが魔王を倒したいって言うなら止めはしないけど、それが目的ってわけじゃないわよ? 最初に言ったでしょ? 不幸な死に方をしたあなたにもう一度人生をやり直すチャンスをあげたいのよ」


 クッキーをもしゃりながら女神が慈愛に満ちた笑みをこちらに向けてくる。いや、どんだけ慈愛に満ちてても、口の周りが食いカスで満ちてたら台無しだから。


「ファンタジアのために何かをしてもらいたい、なんて理由であなたを異世界に送ろうなんて、そんなエゴを押し付けるつもりはないわ」

「エ、エゴ?」

「そうよ! エゴよ! そんなの、ボリ、与えられた使命とか世界を救う勇者とか耳障りのいい言葉を並べて、ボリ、重責を押し付けてるだけボリィ!」


 お、おぉ……!! 色々な異世界モノを敵に回している気がするけど、確かにそうだ。これまでの女神とは一線を画する考え方。麦チョコ食べる感覚でクッキーを口に放り込んでるっていうのに、不覚にも感動してしまった。


「自由! そう自由よ! ファンタジアに行ってもあなたは何も縛られる事なく、その自由に生きる事ができるのよ!」

「じ、自由ですか……」

「えぇ! 目的が何かと尋ねられたら、やりたい事望む事もできずにその生を終わらせてしまったあなたに他の世界で思う存分生を謳歌してもらいたいの!! ……後は私のノルマのため」


 今最後に小声でとんでもない事言わなかった?


「というわけでファンタジアに行って二度目の人生を楽しもう!」

「ちょっと待て。ノルマってなんだ?」

「じゃあ、早速その手続きに移るわね」

「いや、ちょ……!」

「そんなに心配する事ないわ! ちょこっと必要書類に記入するだけだから! なにも怪しい事はないから!」


 ニコニコと笑いながらアフロディーテが机の上に一枚の紙を置いた。俺は無表情のままそれを見つめる。


 この企画を考えた連中及びこの女神をキャストした奴、もれなく体育館裏に集合な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る