異世界転生特典で万能な才能をもらったはずが、なぜか人から物をかすめとる天才になっていました

松尾 からすけ

とりあえず異世界に転生してみた

第1話 とりあえず人生を終えてみた

 北原きたはら颯空さく、二十一歳。独身。無職……というか学生。

 特に語る事もないくらいに普通の人生を歩んできた俺は現在、颯爽さっそうと大空を自由に駆け巡って欲しい、という両親の思いが込められた名前に違わず、颯爽と土砂降りの街を走っていた。

 先ほど自分の事を学生と言ったが、より細かく言うと学生と社会人の狭間で、社会の厳しさの片鱗を味わう就活生というやつだ。うん、マジで辛い。パソコンのメール画面を開くのが怖い。お祈りされ続けてこのままだと祈り殺されそう。

 こんな予定じゃなかったんだ。他の科目よりちょっと数学が得意だっていう薄っぺらい理由で理系を選び、そのままなし崩し的にほどほどのレベルの理系の大学に入った。そこまではいい。腐っても国公立だったし、就職には強いって有名だったし、大学一年の頃は何の心配もしていなかった。

 だが、俺は今リクルートスーツに身を包み、必死の形相で走っている。その理由……いや、原因は何か? それは俺が大学院に行かなかったからだ。

 一般的に、文系よりも理系の方が就職に有利といわれている。その理由の一つが、理系は大学院まで進む人が殆どで、大卒の連中よりも即戦力になりやすいというものだ。至極まっとう、別におかしい事など何も言っていない。……では、どうして俺は大学院に行かなかったのか。


 そんなの決まってるだろ! 女子だよ女子! ボーイミーツガール!! ガールアンドガール!!


 いやおかしいよね? 俺の学科は七十人ちょっといるんだけど、その中で女子はなんと二人だぜ? 一割を余裕で下回るってどういうこと? ハズレ枠の助っ人外国人でももうちょい打率いいだろ。


 てなわけで、男子校に通っていた俺が夢見たキャッキャウフフのキャンパスライフは見事水泡に帰しましたとさ。ふざけんな。

 だから、理系の大学なんてさっさと卒業して女性わんさかの会社に就職しようって思ったわけさ! はっはっはっ!


 ……って、意気揚々と就活を始めたんだけどさ。いやー、人生って甘くないわ。


 女性がたくさんいるのって必然的に文系の連中が入ろうとしてる会社なんだよね。だから、俺みたいな軸ぶれぶれの理系の学生なんてお呼びじゃない感じ。十社くらいエントリーシートで落とされてから焦りマックス。流石にやばいだろってなって、急遽理系の会社にシフトチェンジしたんだ。そこからはちょこちょこ面接まで漕ぎ着けられるんだけど……。


『大学院に行かなかった理由は何?』


 女がいないからだよ。言わせんな、恥ずかしい。


 ……とまぁ、当然そんなこと言えるわけもなく、しどろもどろに適当な事をくっちゃべった結果全敗。未だに内定ゼロ。梅雨も明けそうな時期だっていうのに、俺の心は梅雨前線真っ只中。やべぇよやべぇよ。


 だが、捨てる神あれば拾う神あり。いや、俺の事を捨ててきた神は紙だわ。そのまま便器に投げられて流されろ。

 なんと、これから某有名携帯会社の最終面接なのだ。我ながら驚いてる。

 いやー、三次面接の時にもうどうにでもなれ、って感じで自分を曝け出したら意外にも気に入られちゃってさ。最終面接ですよ。お偉いさんですよ。このチャンス、逃すわけにはいかない!


「……って気合い入れてたのによ! 人身事故とかまじで勘弁してくれ!」


 悪態を吐きながらひたすら足を動かす。傘なんて差しても差さなくても変わらない豪雨の中、鞄を抱えて東京の街を全力疾走。余裕で間に合う時間の電車を選んだっていうのに、地下鉄止まるとかマジ泣きそう。もう三駅分も走ったから太ももぱんぱんだっつーの!


「はぁはぁ……くそっ! 目的のビルは向こう側なんだよなぁ……!」


 片側四車線のバカ広い道路を憎々しげに睨みつける。こんなの横切れねぇわ。あっちに渡れる横断歩道が遥か遠くに見える。しゃあねぇ……乳酸の溜まった足にはきついが、目の前にある歩道橋を渡るしかないか。

 階段を一足飛びに駆け上がる。俺は一陣の風、いやはやてだ。誰も俺を止めることはできない。あ、ごめん嘘。普通に一旦休みたいわ。

 階段を上りきったら常識の範囲内で走って行く。こんな土砂降りの昼間だから人なんてほとんどいないけど、ぶつかって転ばせでもしたら事だ。急ぎながらもそこは最大限の配慮を。よーし、後はこれを駆け下りればゴールはすぐそこ……。


 ずるっ。


 あっ……。


 突然襲われる浮遊感。勢いよく歩道橋の上から飛び出したからなんだけど、思考が完全にストップしたせいでその事実に辿り着くことができない。そのままゆっくりとコンクリートの地面が近づいてきた。


 そして、俺の意識はそこで途絶える。

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