第35話 確率の女神が勝負に与える不可抗力
降りた俺は10のワンペア。それに対して父親の手はクイーンのワンペア。自分の手札だけで役を完結させている。どういう運をしているのかと聞きたくなる。そして、俺の隣に座っている美空先輩はと言うと。
「これって私の勝ちでいいんだよね」
「ストレートなんでそうですね」
「飛び石になっている2枚を引いてくるとはお見事だ」
チップが父親から2枚、俺から1枚それぞれ美空先輩の方へと移る。
「おおー、ビギナーズラックだねぇ」
嬉しそうにチップを積みながら美空先輩はカードをディーラーへと戻す。父親の方は少し驚いたような悩んでいるような複雑な顔で美空先輩の顔を見ている。
自分の力だけでここまでの会社を作ったことにあの父親は誇りを持っている。そこには父親本人が実力のうちだと豪語する運という部分も多く含まれている。この運はなかなかひっくり返せたことがない。
だけど、俺は知っている。
美空先輩は、この世界で一番確率という存在を考えている。それがどれだけの効果があるのかはわからないけど俺はこの人よりも運がいいと思った人に会ったことはない。
たぶんこの勝負は美空先輩が圧倒する。そして、そのことを俺の父親は知らない。
それに気付くまで、いやそれを認められるまではこの勝負は俺の方が有利だ。
俺の予想は当たっていた。美空先輩はその後も勝ちまくり、俺はほとんど降りてチップを守っていたが、意地になって張っていく父親のチップは減っていく一方だった。
「うーん、このポーカーは初めてやったけど、7枚あるから役が作りやすくていいね」
それにしたって何度もフルハウスや4カードが揃うようなものじゃない。それももう5ゲーム続けてすべて父親の一つ上の役を持ってきているんだから恐れ入る。これで父親のチップは2枚。俺も4枚まで減ってきて、美空先輩の一人勝ちの
「ふむ」
少なくなった自分のチップを
「おい、タバコを持ってこい!」
ドアの近くで立っている秘書らしい男に向かって怒鳴る。さすがに秘書くらいだとこの言動にも慣れているみたいで軽く会釈をして部屋を出て行った。
「少し休憩だ」
「はいはい。わかったよ」
少しの休憩時間。俺の隣に座っている美空先輩はテーブルの上に置かれたカードを1枚手に取り、表から裏までじっくりと眺め始めた。
「何かおかしなところがあります?」
「うーん、特にはないかな。って言っても私はよくわからないけど」
そう言われて俺もカードを拾い上げてみる。こういうトランプを使ったギャンブルの場合、よくある不正はカードの裏の絵柄に数字やマークがわかる何かを仕込んでおくものだ。
どこかのドットの数が違っていたり、特定のマークが四隅で分かれていたりするんだけど、見たところすぐには見つからない。
「このゲームは場に出てる表になったカードが重要だね」
そう言いながら、さっきの勝負で使われたままの5枚のコミュニティカードを指差す。
「そうですね。全員に見えているカードですから、手札と合わせてどんな手ができるか」
「違う違う」
俺の言葉を遮るように美空先輩はちっちっ、と舌を鳴らして立てた人差し指を振る。
「順番が違うんだよ。私たちに2枚ずつ配られてから場にカードが並ぶわけでしょ? つまり当たりの確率は手札が配られた後に決まると思わない?」
「つまり、自分の手に入ってくるカードは重要じゃなくて手札が入ってからそれに見合うコミュニティカードが出てくる確率だけ見てるってことですか?」
「うん。だって自分の手札が決まるまで何が欲しいかなんて決まらないから」
美空先輩はあっけらかんとしたように言い切った。確かに7枚のうち2枚の手札より5枚のコミュニティカードの方が重要というのはわかる。でも手札の2枚は自分にしか使えないカード。それが勝負を分けることはあるはずだ。
ワンペア揃っていればそれだけで大きなアドバンテージになるし、連続した5つの数字の範囲ならストレート、同じ色ならフラッシュの可能性が見える。バラバラでもエースが1枚あればワンペアで勝ち切れる可能性もある。
でもそういうことを考えていることが美空先輩が言うところの確率の思考実験にとっては不純物になるんだろう。
そんな話をしていると、特に急いだ様子もない秘書が涼しい顔でゆっくりと戻ってきた。
「おい、遅いぞ。何をやっていた!」
「失礼いたしました。灰皿が見つからなかったもので」
淡々とした声で答えた秘書はタバコと灰皿をテーブルに置くと、一本を取り出して父親に差し出した。
火がついたタバコが薄暗い部屋にやけに明るく見える。煙を
「さて、そろそろ続きを始めようか」
「あぁ、どうせもうすぐ終わりそうだしね」
さすがの父親も美空先輩が普通じゃないことは認めざるを得なくなっただろう。さっきから俺のことなんて気にしていないかのように美空先輩の顔色ばかりを窺っている。
敵を見誤ったやつに勝利はない。
昔、この父親がどこかで言っていたような気がする。それを自分自身で証明してくれそうだ。
薄暗い部屋の片隅で、輝が無表情にこちらを見つめている。目が合って、視線だけで合図を送る。
「必ず勝ってお前を連れて帰る」
それに気付かなかったのか、輝の表情はさえないままだった。
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